40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-46:サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃

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最近、知って気になった新しい言葉「人新世(じんしんせい/ひとしんせい *本書での読みはじんしんせい)」。

ウィキペディアによると、『人類が地球の地質や生態系に重大な影響を与える発端を起点として提案された、完新世(Holocene, ホロシーン)に続く想定上の地質時代』とのこと。わかったようなわからないような。

それもそのはず、私が地質年代のことをさっぱり理解していないからで、ウィキペディアによると『区分の仕方は大きくは古い方から冥王代、太古代、原生代、顕生代の4つの累代、さらに細かく 代、紀、世、期と分類されている』とのこと。

スケールがデカすぎてイメージを掴みにくのだけれど、よく聞く白亜紀とかジュラ紀とかカンブリア紀とかは「紀(period)」のくくり。そのより小さい「世(epoch)」が本書の人新世であり、現在は完新世らしい(今までそんなことも知らずに生きてきた)。ちなみにちょっと前に話題になったチバニアンは「期(age)」のくくり。

ポイントは、そこそこデカいくくりの年代がすでに始まっていることについて、学術的な国際団体が同意するかもしれない、というところまで話が進んでいるよってことだ。

とはいえ、本書ではその議論がどうなっているかの最前線を紹介しているのではなく、サピエンスたる現代人類に異変が起きていること、そして起きている要因や背景を中心に描いている。

この本を読んでいる方々の多くは、自然死ではなくミスマッチ病による死を迎えるはずだ。だがそれは、正しい(あるいは誤った)DNAを持って生まれてきたからではない。ミスマッチ病は、身体とその身体が置かれた昨今の環境との緊張関係によって生じると考えられている。(p.9)

進化の圧力を受けるほど十分な人類の歴史(=時間)はなく、よって異変が起きる原因は、遺伝子ではなく、むしろ環境だということになる。有り体に言えば、仕事で座っている時間が長くなったので腰痛になる人がものすごく増えたという、なんだかわざわざ小難しく説明されるほどでもないという話になる。

足から始まり手に至るという構成で非常に丁寧に書かれている一方で、結論は、

私が持っている特効薬を使えば、人びとが苦しんでいる病的状態の95%以上を元に戻すことができる。その解決法はたった一行で表現できる。「世界中の政府が運動不足と肥満にとり組むこと」。(p.299)

ということになる。

座り仕事が多くなり、運動不足だからとジムに通い、ジョギングをしたり、肩こりや腰痛がひどくなれば整体に通う。こういう人は日本でも少なくないだろう。

かくいう私もそれに近い。新型コロナ対策で在宅勤務が奨励されたが、ほぼ家から出ず、近場のスーパーやコンビニへ自転車で買い物をして、さっと帰るみたいな生活をしていたら、これはマジで体に悪いなと直感し、いち早く普段の出勤に戻した。

今の会社は駅から徒歩20分で、家から駅の徒歩10分と足すと、合計で往復1時間歩くことになる。歩くことは大事というのは、本書で何度も何度も登場する。

人新世という新しいコンセプトについては、あとがきにあるように

人類が発明した多数の新化合物、核実験による放射性同位体、土壌に含まれるリン酸塩と窒素(人工肥料の成分)、プラスチック片、コンクリート粒子、ニワトリの骨など(p.314)

といった人新世たる新しい世へと移り変わったという客観的にサポートする証拠がある。人間という生命体が急激に増え、総じて活動が活発化し、環境を破壊し、互いを殺し合っている。地球の歴史を鑑みると極めて短い期間に人間が環境を変えてしまっていることはよく分かる。

改めて本書に戻るが、非常に大きなスケールの話題であるが、サピエンスの異変はどうにもしょぼい。腰痛、糖尿病、アレルギー、視力低下、骨粗鬆症、腱鞘炎など。

もうちょっとワクワクするような話かと思っていた。まあ、意識づけて歩くようにはしようとは思いましたけれど。他にも人新世の本を読んでみたい。

西本統さんの活躍を言祝ぐ

このような無粋なブログで取り上げる内容ではないかもしれないが、バスケ仲間の西本統さんがモビエボで取り上げられた。

newspicks.com

山里亮太さんらと出演され、華やかな世界で、こうして注目されたことをまずお祝いしたい。さて、このブログを書いている私の実名を公表していないばかりか、そもそも誰かにこの存在を教えるようなこともほとんどしておらず、ひっそりと、あくまで読者は将来の自分という極めて身勝手かつ無責任な態度でちょくちょく更新している。

ほとんどは取るに足らない読書感想文めいた駄文を載せ、急に多面体折り紙を始め、たまに家族のことを書いている。40代ロスジェネという自身の属性をブログタイトルにしているが、そこまで拘りも恨みもあるわけでもなく、炎上もバズりもしないように、ゆるゆると書いている。

先程紹介した動画を見て、何かしら書き残しておきたいと思い、文章をしたため、このブログに載せることにした。これを統ちゃん(普段はこう呼んでます)に教えるかどうかは現時点では決めていないのだが。

前置きはこのくらいにして、この動画を見終わった時に、何かが心に引っ掛かった。何だろう。そうだ。動画の最後に山里さんが今日の学びとして「泥最強」とまとめたことだ。

確かに、自転車の再配置業務と実機の確認、新規ポートの設置、既存ポートの清掃、自転車のメンテナンス、新規開拓などで、朝早くから夜遅くまで365日働き、ワークライフインテグレーションと統ちゃん自身が表現したように、仕事と生活を一体化したような「泥臭い」と形容できる働き方だった。

わずか3名で日々拡大していく業務量をこなしている姿には感動すら覚える。しかしながら拭えなかったのが、「泥」という表現への違和感だ。

かの名著SLAM DUNKから引用しよう。

華麗な技を持つ河田は鯛…。お前に華麗なんて言葉が似合うと思うか赤木。お前は鰈だ。泥にまみれろよ。

体育館で大根の桂剥きをする板前修行中の魚住純の名台詞だ。

あいにく統ちゃんが仕事をしている姿はこの動画でしか見たことがない。確かに「泥臭く」働いている。感動すら覚える。しかし、バスケのスタイルは華やかなのだ。

長い手足を活かしたディフェンス、滞空時間の長い高いジャンプ力、速い縦への突破、スピードを優先したファンブル混合比率高めのドリブルによる速攻、精度の高いストップアンドジャンプショット、受け手への配慮を些か欠いた下投げノールックパス。こうした派手なバスケをするイメージが強く、泥っぽさを微塵も感じさせないこととのギャップが違和感の一つだ。

もう一つは「泥臭い」という言葉の曖昧さあるいは二面性だ。一般的に泥臭いという表現は、川魚へのネガティブな評価であったり、あるいは洗練されてない様子(unsophisticated)を指し示す。

他方で、必死さ、愚直さ、真摯さ、粘り強さ、一生懸命さという感じで、ポジティブに捉えられることもある。しかしながら、必死に頑張っている人に対して、「泥臭いね」とは、普通は言わない。

改めて動画を見直すと、田中道昭立教大学教授は、

「ものすごく手間ひまのかかるものすごい泥臭いビジネス」(43:58)

と発言していた。そして「泥」という言葉が出てくるのは、ここが初めてだ。

なるほど、違和感の正体がわかった。田中教授はビジネスを泥臭いと形容していたのだ。働き方を泥臭いとは評してはいない。一方で、山里さんは泥最強とその日、学び取った。

要するに、田中教授は統ちゃんのことを「経営者」として認識していた一方で、山里さんは「従業員」として認識していた、というパーセプションギャップが根本にあるのだ。

数年前はバスケ後にいつもの居酒屋(動画にも映っていたお店)で飲むと、統ちゃんはだいたいヒートアップしてきて、持論を語り出す。統節(おさむぶし)と呼ばれているが、その頃から、経営者か思想家(あるいは宗教家)向きだとは思っていた。現在、厳密には経営者ではないかもしれないが、動画を見ると、むしろしょうもないベンチャー企業の社長よりも経営者然としていると感じた。

今の会社の前のポジションで、企業経営者と接する機会が多くあった。大きな会社も中小企業もスタートアップもあった。競争を勝ち抜いてその座を手にした人も父親から引き継いだ人も引退した人も会社を潰した人も上場した人も社長の座から引きずり降ろされた人も知っている。

だが、私がこの経営者は優れているなと感じた人は、例外なく、ビジョンがあり、熱意を持ってそれを語れる人だった。優れた経営者は教祖に近く、否応なしに人を惹きつけるものだ。泥臭く働くことは美徳かもしれないし、感動を呼ぶかもしれないが、それが人を惹きつける重要なポイントにはならない。

そして統ちゃんには明確なビジョンがあったし、熱意を持ってしかも誰に対しても伝わるように説明することができた。そこがこの泥臭いビジネスが成功に向かって進めていけている最も大事なポイントである、と私は思う。だからこそ協力してくれる組織が現れ、ポートのスペースを貸してくれる方の理解が深まり、ユーザーが増え、事業が拡大していった。

ビジネスの世界はおそろしく苛烈だが、世の中を変えるのにこれ以上に合理的な方法はない。

私は統ちゃんのように若い人がビジョンを持ち、新しくビジネスを立ち上げ、そして社会を、世界を変えていく世の中になることを強く願っている。もちろん、若くなくても起業して良い。私自身だって、そういう一人になりたい。

私はこの動画を見て感動を覚えた。だからこそ「泥最強」とまとめられてしまったことに違和感が残った。せっかく、良い動画だったのだ。泥臭いというのはポジティブに用いられることもあることを重々承知しているが、新しく一歩踏み出そうとしている人の背を押す言葉としては不適切であり、また統ちゃんの生き方をまとめる言葉としても不適切であろうと思い、こうして駄文をしたためた次第である。

ともかく、今後の統ちゃんの活躍を楽しみにしている。また、一緒にバスケして飲みましょう。

感想文20-45:16歳からのはじめてのゲーム理論

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広大なミクロ経済学の中できらびやかな分野といえばゲーム理論だ。2012年度にゲーム理論を学んで、もっと早く出会っていれば良かったと悔やんだ。こんなに面白い研究分野があったのかと。

数学が得意(トレードオフなのか国語と社会はさっぱりだったの)で理系に進んだものの、男子校生活から早く抜け出したいと工学部や理学部を選ばず、さほど強い興味のない農学部に進学した。それはそれで良い思い出になったものの、私の進学についてきちんと相談できる師と呼べる人は周囲にいなかった。

そもそも父親は高卒だし、母親は大卒だけれど教育系だったし、親戚を見ても理系は誰もおらず、大学進学者も数えるほどだった。年上の親戚よりも成績は私の方が良かったこともあり、アドバイスしにくいと捉えられたかもしれない。そもそも商売人が多い家系で、学問そのものに詳しい人はいなかった。

もっと学問全体を俯瞰して、そこから自分が真に面白いと思えるものを選んで、人生を歩んでいれば、また違う人生だっただろうし、今と違う仕事をしているかもしれないなと夢想しているが、今の人生に大きな不満があるというわけではない。人生とは選んでいるようで選ばれているだけかもしれない。

さて、もっとも美しい数学 ゲーム理論(感想文09-53)を読んだときには、さっぱりゲーム理論を理解していなかった。感想文は書いていないが、2012年度の社会人学生時代に神戸 伸輔『入門 ゲーム理論と情報の経済学』で勉強し、囚人のジレンマや展開型やナッシュ均衡と完全均衡などを学んだが、まだまだ理解は及んでいない。

また、ジョン・ナッシュの半生を描いた映画『ビューティフル・マインド』を見る機会があったが、そこでは天才性と引き換えに精神疾患に苛まれる数学者の話で、ちょくちょくゲーム理論っぽい話が登場するが、映画を見るとゲーム理論に詳しくなるというわけでは、残念ながらない。

考え悩む人が、考え悩む人たちの社会の中で、どうやって考え悩むのか、どうやって意思決定するのか、それを研究する学問があります。その学問は、「ゲーム理論」と呼ばれています。(p.004)

私が老齢してきたことも影響しているが、単純さと複雑さの間にある人間社会というものについて、考えることの面白さがわかってきた。どんな小さな組織、例えば家族や息子のサッカーチームや小学校の卒対などでも、あるいは大きな組織や集合体、例えば会社やコロナ禍の都民や米大統領選の有選挙権者などでも、多くの人が悩みながら意思決定していく。

逆に言うと、ゲーム理論をベースに考えていくと、協力しないことや十分に話し合わないことが誤った意思決定に導いていく様が見えてくる。私はそんな誤った意思決定を歯がゆく思う。それは自分の思い通りにならないことへの不満ではなく、なぜ協力したり、情報を共有したりしないのか、あるいは協力や情報共有できない理由や障壁の存在を考えようとしないのか、というモヤモヤだ。

本書は、そんな「社会のことをよりよく理解したい」人に、ゲーム理論に触れていただくための、物語集なのです。(p.006)

結論を言うと、私のようにゲーム理論をかじったことのある人にとっては、あまり身にならないと思う。さすがに簡単すぎる。とはいえ、入念に考えられており、読みやすく、16歳でも読み解きやすくできている。よって、私の長男が高校生になったら、勧めることにしようと思う。

気になった箇所を挙げておこう。

たとえ他の人と意見が一致しても、それは話し合いを終える理由にはならない。もっと情報を共有すると、意見は変わるかもしれない。(p.058)

これは大変重要な示唆で、例えば夫婦間で話し合いがあり、それが例えば離婚という結論で一致したとしても、互いにもっと話し合うことで異なる結論にたどり着くことがあるということだ。互いに誤解している場合もあるだろうし、そもそもの前提が覆されることもあるだろう。逆も然りで、付き合っているカップルが結婚するという結論に至っても、よくよく聞いたらパートナーに借金があるとか、経歴を詐称していたとかあって、やはり結論が変わることがある。囚人のジレンマでは互いに自白が支配戦略となるが、それぞれの状況が筒抜けだったら黙秘が支配戦略となる。

「人が何かをするのには、理由がある。」これは、我々人間の社会生活において非常に重要な考え方なのではないか、と私は思います。そしてそんな「人間の社会生活」を分析するのが、ゲーム理論なんですよ。(p.142)

本書でも言及されていたが、何かをしないことにも理由があるのだ。人間の行動は面白く、私の好きな言葉の一つに「Action speaks louder than words.」があり、何をしたか、あるいは何をしなかったかということが雄弁にその人の心理を表している。そいつが口で何を言っていたかは当てにはならないのだ。

さて、現実社会は更にややこしくなっている。情報は反乱し、フェイクニュース(と自称ファクト)が混在し、SNSがあり、メディアが情報を乱反射し、それらが意思決定に影響を与える。大阪都構想住民投票アメリカの大統領選挙はその際たる事例だ。

私たちが行動する際には理由がある。でもその理由が正しいかどうかは別問題だ。正しいかどうかはその時点では判然としない場合もあれば、単純に情報が足りない場合もあろう。そういった不確かな情報を前提にどうするかを考える際にもゲーム理論はきっと役立つことだろう。

感想文09-53:もっとも美しい数学 ゲーム理論

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※2009年8月19日のYahoo!ブログを再掲

 

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トム・ジーグフリードっていう外国の科学ジャーナリストが書き、冨永星さんが翻訳した書。富永さんをどこかで見たと思ったら「素数の音楽」も翻訳している。

ゲーム理論って取っ付きやすいネーミングに反して、数学は絶望的に難解だ。そして今では色々なことに応用されている。経済学の分野が好例だ。

そしてゲーム理論を経済学に持ち込み大きな仕事を果たしたのが、かの「ジョン・ナッシュ」。ナッシュの人生を描いた映画「ビューティフル・マインド」のおかげで世間的にも有名な数学者だ。残念ながらぼくはその映画見たことないんだけれど・・・。

本書の原題は「A Beautiful Math: John Nash, Game Theory, And the Modern Quest for a Code of Nature」。あからさまに「A Beautiful Mind」にあやかっている。

ふむ。

英語ではMindとMathは字数が一緒で何となく似ている。一方で、日本語だとマインドとマスで似てない。だから邦題で「ビューティフル・マス」にしなかったんだろう。

まあ、そんなことはさておき、久しぶりに数学の本を読む気がする。といっても本書は数式なんてこれっぽっちも出てこない。そして悲しいことにゲーム理論の美しさを感じることは出来なかった。

とはいえ、本書はゲーム理論の歴史的背景を紐解き、そして今どういったことに応用されようとしているのか、最先端ではどんな研究が進んでいるのかについて分かりやすく書いている。

1つの分子を正確に把握することが出来ないように、一人の人間の行動を予測することは困難だ。しかし、気体の温度から分子の振る舞いが分かるように、人間集団の行動を予測する方法がある。ゲーム理論はまさに人間集団の行動を予測することに有効であると考えられている。

17世紀にアイザック・ニュートンが物理学を、18世紀にアダム・スミスが経済学を、そして19世紀にチャールズ・ダーウィンが生物学の基礎を築いた。20世紀には量子力学、遺伝学、分子生物学が花開いた。

本書を読み進めれば、ゲーム理論が経済学、量子力学、生物学とつながり、統合し、新しい地平が開けようとしていることが、分かる。世の真理にゲーム理論は深く結びついているのだ。

といっても実感を持ってゲーム理論の壮大さを認識できるかというととそうでもない。

そもそもゲーム理論が何なのかその根っこが分かんないからだ。もうちょっと勉強してみたい。

さてさて、本書でもたくさん登場するけれど、よくもまあ人間はいろんなゲームを考えつくなぁと素朴に思う。

そういえばカイジが映画化される。カイジでは数々のゲームが登場するけれど、中でも限定ジャンケンは秀逸だ。ゲーム理論の格好の題材になるだろう。

ビューティフル・マインドカイジ。二つの映画はゲーム理論でつながっている。

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(感想文の感想など)

映画ビューティフル・マインドは見ることができた。カイジは見てない。

ゲーム理論をちょっとだけかじった今、読み直してみたいな。

感想文20-44:絶滅できない動物たち

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絶滅動物は甦らせるべきか(感想文20-36)に続く、絶滅に関連する本。私は動物が好きだし、絶滅しそうな動物をなんとか救いたいという気持ちがある。

本書は、『絶滅できない動物たち』という逆説的なタイトルだ。原著では「Resurrection Science: Conservation, De-Extinction and the Precarious Future of Wild Things」となっており、日本語タイトルがやや煽情的なのはわりとよくあること。本を売るためだから、致し方ない面があることを否定しない。

これらの物語は、現在、生命維持装置につながれているごく一部の動物、すでに姿を消してしまった動物と、その動物を発見し、研究し、追跡し、捕獲し、愛し、執着し、哲学的に考察し、救いだし、復活させようとする人間の物語だ。(p.xiii)

本書では、キハンシヒキガエル、フロリダパンサー、タイセイヨウセミクジラ、アララ、キタシロサイといった実在する絶滅危惧種とその保護について取材し、詳細に記述されている。そこには環境保護や種の保全が、別の問題との比較されること、優先順位をどう決めるのかということ、保全活動そのものの価値について、はたまた技術の進展によりDNA情報だけを保存する意味などについて考察がある。ケースバイケースだし、すっきりとした答えはどこにもない。

本書は現存する生物から、リョコウバト、ネアンデルタール人の復活へと歩みを進めていく。iPS細胞とゲノム編集技術により、恐竜は難しくとも、リョコウバトやネアンデルタール人の復活は現実味を帯びつつある(実際には技術的に達成への道のりはまだまだ遠いが)。

脱絶滅(De-Extinction)が今後の環境関連で重要なキーワードになりつつあるが、それをポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかで意見は分かれることだろう。私個人は、技術が未熟な状況で近未来について過度に危惧したり、その危惧に基づいて技術を規制するのは反対という立場だ。しかしながら、危惧やリスクを予め考えて議論しておくことは重要だと思う。

とはいえ、なんだか落ち着かないのも事実だ。そもそも、環境を破壊しまくり、人類同士がひっきりなしで殺し合っている状況において、脱絶滅がいったいどこまで地球環境に影響をもたらすのだろうか。また、一個人からすると巨大すぎる地球というフィールドに生きる生物の多様性について、ビビットにイメージを持つことができない。こんな大きすぎる問題をどう捉えれば良いのだろうか。

臆面もなく告白すれば、私はこれまで環境保護についてきちんと学んだこともなければ、深く考えたこともない。言い訳すると、環境問題は学んだり考えたりする対象として、その輪郭を捉えられそうにないなと、どこか敬遠してきた。また、因果関係(例えば地球温暖化二酸化炭素)や誰にとっての環境なのかについて考えていくと、途方に暮れてしまう。最近、ニュースになった瀬戸内海がきれい過ぎて漁獲量が減っていると言われると、ダイバーにとってはきれいが良くても、魚にとっては棲みにくいのかと驚かされる。

地球はかつてわたしたちの歴史、生活の起源であり、生存の源だったが、今や抽象的な概念、わたしたちの日常体験の背景になった。現在、54%の人間は都市部に居住している。(中略)現在、身の回りの動植物に詳しいと自信をもって言える人間はどれくらいいるだろうか。おそらくこれが、種の消失の物語にわたしたちが一瞬しか関心を示さない最たる理由だろう。その価値が、わたしたちには抽象的なのだ。(p.317)

本書の主題を煮詰めていくと、「種の価値」とは何かほとんど分からないということになる。生物多様性は重要であり、そのために環境を保全することは重要だという意見に私は同意する。しかし、絶滅しそうな動物をいったいどのくらいコストを掛けて保護し、また絶滅した動物を復活させるプロジェクトの意義については、こういった本が多く出るくらい議論が尽きない。

ハイパーオブジェクトはあまりに巨大な時間次元・空間次元で、物体(オブジェクト)とは何かという今までの定義のどれにも当てはまらない。非局所的で壮大で、人間では複数の世代に、もっといえば数十億年に及ぶ。(中略)地球温暖化はハイパーオブジェクトだ。天候も海洋もタイセイヨウセミクジラもそうだ。(p.319)

改めて環境をどう考えればいいかどうか分からないという私個人の悩みに立ち返ると、私にとって思考の寄る辺となっている科学あるいはミクロ経済学の2つだけでは、環境問題を取り扱うのは不十分ではないかという、根本的な原因を考える必要が出てきた。
では何が必要なのか。かつて袂を分かった倫理学なのだろうか。あるいは哲学なのだろうか。40歳を過ぎてそこに改めて足を踏み入れる時が来た(来てしまった)のだろうか。

そのあたりをもうちょっとインプットしないと、本書の感想を書くのは難しいなと気付かされた一冊。

感想文20-43:日本が生んだ偉大なる経営イノベーター小林一三

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小説、阪急電車(感想文08-14)の感想文を書いたのはまだ20代後半で、長男が生まれてちょうど1年になるくらいの頃。その頃はまだ父親は働いていた。まだ現役だったこともあって当時のブログで言及していないのだと思うが、父親は阪急電鉄株式会社の社員だった。ちなみに父方の祖父は満州鉄道の社員だった(流転の子(感想文17-35)参照)。鉄道家系に生まれたが、私はあいにくその道を進むことはなかった。

京都在住の父親はまだ健在だが、昨今のコロナ禍のため久しく会っていない。別段、懐かしいわけではないが、本書を読んだきっかけは、そういえば父親は小林一三を尊敬(あるいは崇拝)していたなと、最近になって思い至ったからだ。

これまでも経営者に関する本を読んできた。ナイキのフィル・ナイト(感想文20-05)カルピスの三島雲海(感想文18-40)IHIの土光敏夫(感想文18-36)アサヒビールの樋口廣太郎(感想文18-21)出光興産創業者の出光佐三(感想文15-49)川崎製鉄(現JFEスチール)の西山弥太郎(感想文15-16)カシオ社の樫尾4兄弟(感想文17-43)といったところ。

その当時の多くのサラリーマンと同様に、父親の心には愛社精神なるものが確かに存在し、また会社も社員を家族のように扱う幸せな時代に働いた。仕事について多くを語らなかった(ほぼ毎日、酔っ払って帰ってきてた)が、阪急ブレーブスを愛し、阪急電車が関西私鉄で最も優れている電鉄と公言し(この点については同意いただける方も多いだろう)、休日に家族で阪急デパートで買い物したり、宝塚ファミリーランドに行ってはホワイトタイガーを見た。自社株があったので、株主優待券で阪急電車をタダで乗ることができた。私の大学進学時には、自転車で通えるか阪急電車で通える国公立にしろと言い、事実、阪急沿線の大学へ進学した。

そんな父から何度か小林一三という名前を聞いたことがある。創業者くらいにしか思っていなかったが、本書を読んで凄まじい経営者であることを初めて知った。小林一三(1873-1957)と父は生きている時代は重なるが、面識があったかというと、全く無かっただろう。父が就職するずっと前に亡くなっていたからだ。しかし、小林一三に薫陶を受けた方やあるいはご子息とであれば、もしかしたらお会いする機会くらいはあったやもしれない。

小林一三と同い年生まれは、与謝野鉄幹、下村観山、泉鏡花、朝河貫一。ん?、朝河貫一?って維新の肖像(感想文18-07)の?なんとまあ、実在する人物だったとは。また一つ学びが増えた。

小林一三は偉大で傑出した人物であるため、関連書籍も山ほどある。全部読むほどの時間的余裕はないので、2018年出版でそこそこ分厚い本書を読んでみることにした。そうすると、私が知らないことがたくさんあり、そうして幼少時には謎だった父親の行動の意味がわかってきた。

謎①「映画は東宝にこだわる」・・・ドラえもんゴジラシリーズは東宝だったのでよく家族で見に行った記憶がある。一方で東映まんがまつりを見たくてお願いしたけれど、なかなかOKをもらえなかったのも覚えている。東宝東映の違いを知らないので、なぜこの映画には連れて行ってくれないのだろうと不思議だったが、東宝は東京宝塚の略で、小林一三が創った会社だったのだ。なるほど。

謎②「ビールはサントリーへのこだわり」・・・まだプレモルとかなかった頃、サントリーはさほど人気のあるビール会社ではなかった。いつしか私も社会人になり、会社の系列とビール会社の関係をそれとなく知るようになり、三菱の系列会社にお世話になっていた頃はキリンビールしか飲まなかったものだ(今では味でプレモル選んでるけれど)。なぜか父はサントリービールにこだわっていた。小林一三の次女である春子はサントリー創業者鳥井信治郎の長男・吉太郎に嫁ぎ、その息子の信一郎が3代目サントリー社長となっていた。そういうことだったのか。

謎③「父親の再雇用先」・・・定年退職となった父は再雇用となって、たぶん5年くらい働いた。それは池田文庫という図書館だった。たいして本を読まない父がなぜ図書館に?と疑問だったが、そこは小林一三が開館した企業図書館だったのだ。ちなみに池田というのは池田市にあるからで、私は池田にある公的な図書館で働いていると思っていたが、どうやらそうではなかったのだ。そもそも企業図書館なるものが存在することも知らなかった。

改めて小林一三の濃密な人生をざーっと振り返ると、山梨で生まれ育ち、上京を経て慶應義塾に入学し、三井銀行に就職(その当時に渋沢栄一と接点あり)し、阪急電鉄の前身となる箕面有馬電気軌道へ転職。沿線の土地を買収して、郊外に宅地造成開発を行い成功を収める。同時期に宝塚歌劇団を創る。阪急電車は神戸まで延ばすことに成功(競合する阪神電鉄と確執発生)し、社長に就任。ターミナル・デパートとなる阪急デパートを生み出し、ホテル事業を手掛けた。さらに劇場経営を行い、東宝へと発展。関東では東急電鉄の経営に携わり、五島慶太が経営を引き継いだ。さらに阪急ブレーブスという球団まで創り、プロ野球の発展に貢献した。

電力会社の東京電燈の経営を立て直し、電気の超過需要状態だったので、大量の電気を必要とする会社として、昭和肥料株式会社(後の昭和電工)と日本軽金属を設立。

日本が戦争へと突入する前には、商工大臣に就任し、次官として官僚トップだった岸信介安倍晋三の祖父)と激しく対立し、岸ら革新官僚が進める統制経済に猛反対した。
戦後は公職追放の憂き目に会うが、東宝労働争議でアカを排除し、そしてコマ劇場の設立を最後の仕事とし、84歳で亡くなった。

最小限に書き出しただけでこんな感じになるが、それぞれの事業への理念や創業時の苦労や競合との戦いや事業拡大時の借り入れや政情不安や戦争といった予期せぬ環境変化とそれへの対応が、本書では事細かに描かれている。しかも、きちんと傍証となる資料を用いてのことなので、これ以上に小林一三を描く作品が本書以降に登場しないのではないかと思うほどだ。

小林一三という実業家が今日でも研究の対象となりうるのは、その商業理念(良いものを安く大量に売る)が近代的であるばかりではなく、商業理念を介して(つまり自らが商業的に成功を収めることで)理想社会を日本にもつくりだすことが可能だと堅く信じていた「思想家」でもあったからである。(p.234)

小林の描く理想社会は全てではないにせよ、実現したように思う。そして、阪急電鉄に勤めた父(あいにく阪急沿線に住まなかったが)の子として生まれ、小林一三が手掛けた事業サービスの恩恵を受けた私も、その理想社会で育てられたと言っても過言ではあるまい。

小林一三を私が尊敬する人物の一人に追加したい。誰を尊敬しますかと問われれば、高橋是清(感想文13-29)後藤新平(感想文12-40)そして小林一三と答えることにしよう。

感想文17-35:流転の子 - 最後の皇女・愛新覚羅嫮生

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※2017年8月3日のYahoo!ブログを再掲

 

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さて、まずはこの本を読むに至った経緯を書いておこう。

今年、仕事で色々とお世話になった方が還暦を迎えた。そこでその方の還暦祝いパーティの席で、生まれ年である60年前の1957年にまつわるクイズを出すことにした。

ウィキペディアで1957年にあったことを調べていたところ、天城山心中のことを初めて知る。ウィキペディアによると『1957年12月10日に、伊豆半島天城山において、4日前から行方不明となり捜索されていた学習院大学の男子学生の大久保武道(当時20歳)と、同級生女子の愛新覚羅慧生(あいしんかくらえいせい:当時19歳)の2名が、大久保の所持していた拳銃で頭部を撃ち抜いた状態の死体で発見された。当時のマスコミ等で「天国に結ぶ恋」として報道された事件。』とのこと。

何とまあ、どえらい事件があったものだ。そんな事件の存在を初めて知り、何か関連する本がないかと思い、本書を読むに至ったのだ。

本書の主人公は、愛新覚羅嫮生(こせい)であり、慧生(えいせい)の妹に当たる。ウィキペディアでは、結婚しているので福永嫮生として載っており、『清朝の最後の皇帝にして満州国皇帝であった愛新覚羅溥儀実弟溥傑の次女』とある。

嫮生さん(親しみを込めて勝手に呼ばせてもらいます)は、1940年生まれでまだご存命である。同い年生まれは、加藤一二三津川雅彦益川敏英鳥越俊太郎志茂田景樹板東英二王貞治立花隆張本勲浅丘ルリ子リンゴ・スターC・W・ニコル麻生太郎、ペレ、ブルース・リー篠山紀信野口悠紀雄といったところ。こう並べるとまだまだお若いという感じがする。

さて、非常にか細いが、ほんの僅かに私と嫮生さんには繋がりがある。というのも父方の祖父は、満州鉄道の社員であり、戦後に命からがら満州から日本に帰ってこれたのだ。

本書を読んでまざまざと思い知らされたのが、満州から日本に引き揚げてくるのはとんでもなく大変だったことだろうということだ。非常に運が良かったとも言えるし、奇跡的とも言える。祖父が日本に戻れなければ、私の父は生まれていないし、私自身も存在していない。

戦争が終わり70年以上経つが、今日本で生を受けている人は、祖父母、曾祖父母が戦争を生き抜いたという奇跡の上に成り立っているのだ。改めて自分の命について考えさせられる。生きるというのはそれだけで尊いものだ。

私の祖父は高校生の頃に亡くなった。戦争の話を聞いたりもしたが、芋ばかり食べたとか、むちゃくちゃ寒かったとかそういう話しか記憶に残っていない。満州から引き揚げたことについてもしかしたら聞いたことがあったのかもしれないが、覚えていない。

年上のいとこからは祖父が溥儀の弟の口利きがあって、何とか帰国できた的な話をしていたが、どこまで本当なのか今となってはよく分からない。私の祖父は歴史に登場するような偉大な人間ではなく、いち満州鉄道社員である。それでももしかしたら嫮生さんの父親である溥傑と接点があったのかもしれない。

ここに描かれるのは、日本と中国、二つの国で流された血の悲しみと贖罪の思いを一身に抱え、歴史の波に翻弄されながらも、不安と閉塞感漂う「孤の時代」に絆と再生への祈りを放つ、「魂の息女」の物語である。(p.14)

本書は私自身のルーツとも関わっているかもしれないという意味からも興味深い。そして、戦争の悲惨さだけではなく、人間の強さ、絆、家族愛を信じたくなる一冊だった。

嫮生さんの人生は、波乱に満ちている。日本の降伏、満州国の解体、中国大陸での流転、日本への引き揚げ、姉の死、父との再開、結婚、出産、文化大革命日中国交正常化、父の死、母の死、夫の死、阪神淡路大震災

愛新覚羅一族は満州国崩壊とともに歴史の渦に巻き込まれ、苦難の日々を送った。わずか5歳でこの世の地獄を見た少女は、成人し、いったんは父の国に渡ったが、日本で生きる道を選び、5人の子の母として「平凡」を生き抜くという、「非凡」を貫いた。(p.427)

嫮生さんは、苦難が多い人生であったが、両親や夫だけでなく多くの人に愛され、大切にされ、幸せに生きていることが分かる。

私は、結婚し、子どもが生まれ、何かを果たしてしまったかのように思えてしまう。幸運にも戦争に巻き込まれることも、震災で大きな被害を受けることもなく、生きている。

何かを為す。私は最近、そのことを強く思うようになっている。子どもに手がかからなくなりつつある。私の人生をこれからどうするか。人生の折り返しを迎え、新たな決断をすることになるだろうか。

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(感想文の感想など)

嫮生さんは未だご健在のようだ。

現時点で新たな決断とまでは至っていない。くすぶってはいる。