40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文12-10:<アラブ大変動>を読む

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※2012年2月24日のYahoo!ブログを再掲。

 

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実際に何かが起きた時と、ぼくが気になって調べ出すときにいつもかなりのタイムラグがある。これもそう。

だいたいアラブの方面に行ったことないし、アラブ系の友だちもいない。せいぜい日本代表のサッカーでアジアカップとかワールドカップ予選でアラブ系の国名を見るくらい。ごちゃごちゃしていて、国が混在していて、混乱していて、紛争が絶えない、そんな感じ。

ところが知らないうちに革命が起きていたみたい。2011年はビンラディンカダフィが亡くなり、大きく世界は変わっていった。ちょっとキャッチアップしようと考え本書を読んでみた。

2010年末から2011年前半にかけてアラブ世界を席巻した「民衆革命」の波は、こうした強権的な政権の、世界でも類のない長期存続に対して、民衆が街頭行動によってNOを突きつけた、初めての出来事である。(中略)一連の民衆による街頭での抗議行動は、いまやアラブ諸国22カ国中少なくとも17カ国で発生している。

ほええ。22分の17カ国で民衆の抗議行動が起きている。これをアラブの春というそうだ。

歴史的にアラブ諸国が置かれてきた共通の国際政治上の位置づけとは、何だろうか。単純化すれば、欧米諸国のこの地域への利害関心の根深さから、現地政権はそのパートナーとして安定的存続が必要とされてきた、ということである。内政面にいかなる問題があったとしても、国際社会の「意向」はその長期政権の存続を黙認、あるいは支援してきた。

なるほど。アラブの春の素地には国際社会の意向があったんだね。

政権と指導者の絶対的な権力独占に文句を言いさえしなければ、生命の安全は確保できるし、政権が設定するゲームルールに則っていれば、ポピュリスト政策によって最低限の生活の安定は得られるのである。

しかし、ついに民衆は耐えかねたようだ。じゃあ、何がきっかけだったんだろう。

なぜ「アラブの春」が突然起きたのだろうか。(中略)その背景に、ソーシャルネットワークの普及があることは確かだろう。だがそれ以上に、1990年代後半以降急速に広まったアラビア語の衛星放送の存在が重要である。(中略)アラブ世界の情報革命は、改めて「アラビア語を話す人々」の情報共有の契機を生んだのである。

そうそう。ぼくがアラブの春の存在を知ったのもSNSからで、SNSの威力ってすごいって感じだったんだけれど、実際にはテレビ、つまりアル=ジャズィーラの存在が大きかったんだ。

ひとつの国で起きた出来事が、同じ言語と文化のネットワークに乗って周辺国に広がったのではなく、世界中どこでも見られる政治へのフラストレーションが若者世代のファッショナブルな戦術に乗って、各地で同時多発的に噴出しているのである。

ほうほう。この辺の感覚はちょっとピンと来ない。ぼくが鈍いんだろうけれど、ファッショナブルな戦術っていうのがやっぱりよく分からない。

忘れてはならないのは、現在「アラブの春」の攻撃対象となっている強権的な政権こそが、半世紀前には欧米の中東支配に異議を唱え、アラブ諸国の「真の独立」を求めて成立した政権だということだ。

これは大事なポイントだよね。欧米から独立を勝ち得て、強権的な独裁を黙認され、そして民衆に蜂起される。本当に歴史は繰り返される思いだ。例え便利なツールが生まれようとも。

まっさきに起きたチュニジアジャスミン革命。その背景として以下の説明がある。

人々を突き動かし蜂起に向かわせた要員として私が特に重視するのは、高い失業率と若者の人口比の高さです。

若い力が中心となった。すっかり年老いた国の日本では考えにくい。日本のことについてもうちょっと別の視点からの本を読んでみたい。

現在、イスラーム教徒のなかで民主主義を支持する人は95%ぐらいでしょうか。民主主義はイスラームとは相容れない、と考える人はせいぜい5%程度ではないかと思います。(中略)問題は選挙がまともに行われていないことなのです。選挙を公正に行いなさい、というのが今回の民主運動の主張でもあるのです。

ううむ。特にエジプトでは選挙が酷かったみたい。公正な選挙が行われないことの恐ろしさを日本では想像しにくい。民主主義が切望され、ようやくエジプトも変わろうとしている。

ぼくが知らないうちに世界は変わりつつある。こういう状況だと日本は置き去りにされるとか、日本もよそ事ではないとかそんな言説が飛び交うようになる。

うーん。こういう本がちゃんと一般に出版されてる状況は素晴らしいと思う。最新の情報を必ずしもみんなが共有する必要はないわけで、ちゃんとした専門家が冷静に分析し、レポートする。例えみんなが読まなくともこうやって誰かが読んで、それをまたまとめたりする。こんな風に。小さな積み重ねでしかない。

日本はいつか劇的に変わる時が来るだろう。変わるときは変わる。そういうもんだ。きっと。遠い外国の状況を眺めつつ、それとは切り離して自分の国を考えていきたい。

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(感想文の感想など)

アラビア語を話す人々であるアラブ人が多数派を占める国がアラブ諸国となる。中東から北アフリカの地域だ。

アラブ諸国には行ったことがない。でもアラブ人が少数派であり、中東に位置するイスラエルには行ったことがある。

イスラエルイスラエルで歴史的にも政治的にも宗教的にも特殊なので、また別の機会になにか書きたいなと思うところではある。