40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-10:土・牛・微生物

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タイトルはかの名著「銃・病原菌・鉄」を意識しているのだろうか。同じような指摘がAmazonの評価欄に載ってるのを見て、やっぱりそう思うよね、と。

地球最後のナゾ(感想文19-05)を読んで、土なる存在に初めて意識が向いた。土壌が劣化してきて、地球がヤバイみたいな説を耳にするが、土について私が知っていることは本当に少ない。本書は私が読んだ土関連本の2冊目に当たる。

土壌劣化の問題は、人類が直面する差し迫った危機の中で、もっとも認識されずにいるが、同時にきわめて解決しやすいものでもある。楽観的な環境問題の本を読む、心の準備はいいだろうか?(p.3

とかく地球ヤバイ、人類ヤバイ、色々ヤバイみたいな、不安産業かよっていうくらい煽りに煽る系の本が多い昨今、本書はなんと希望に満ちている。土壌劣化してるけれど、簡単に解決できるよ、っていうことが示されている。

土壌の健康を保つ鍵は、土壌生物の世界に、微生物による無機物と有機物からの栄養の循環とリサイクルにある。ここに良い知らせがある。微生物の寿命が短いということは、土壌に生命と肥沃さを回復させる-そして収益限界にある農地の生産性を高める-ことが可能であるばかりか、想像以上の速度でできるということなのだ。(p.50-51

気候変動とか海洋汚染とか人類の叡智が及ばないんじゃないっていうくらい巨大な課題に匹敵しそうな土壌劣化だけれど、目に見えない家畜である微生物が解決してくれると言うのだ。しかも、わりと早く。

訳者あとがきにこうある。

土壌生物と共生する農業。キーワードは「不耕起」だ。私たちは、農業とは田畑を耕すことだという固定観念を強固に持っている。しかし耕さない農業だって?多くの人には、おそらく有機農業や無農薬栽培の支持者であっても、にわかには信じられないかもしれない。(p.326

そう、本書のキーワードは「不耕起」だ。大事なことなので、もう1回言っておこう。不耕起が土壌を救うのだ。耕さないでどうやって作物が育つの?と思うのだが、不耕起はすでに多くの国で実践されるようになっている。

農地土壌は一般に、菌根菌の数も多様性も大幅に失っており、数種の最近が優位になっている。耕起が特に、菌糸の網目を断ち切り、絶妙に研ぎ澄まされた自然の栄養輸送システムをずたずたにしてしまう理由は、理解に難くない。(p.178

耕すと土の生態系が潰されてしまう。耕す→土壌の生態系壊れる→作物育たない→肥料与えるというサイクルが土壌劣化を進めてきた。だったら、耕さなければ良いという、これまでの農業=耕すという発想の原点を覆す、まさにイノベーティブな発想の転換となっている。

土壌の栄養はどうなるかというと、それは微生物が頑張るわけで、じゃあ、微生物のエサはどうするのというと、家畜の糞が有効だよねってことで、こうして牛の話が出てくる。まあ、別に牛だけに限らないのだけれど。

畜産が地球環境を破壊しているという言説があり、だから肉食なんて止めようとか、これまたお肉大好きな私にとって悩ましい主張が存在するのだけれど、畜産が地球環境回復に一役買うよってことになったら、言説の根拠は覆ってしまう。まあ、それでも肉は食べないようにしようという主張はなくならないだろう。あんまり極端なことは言ってくれるなと思うし、科学を装った根拠に基づく主張は、やっぱりその根拠をしっかりと科学的に見極めるべきかなと思うところ。とはいえ、こういう論争に与するのは時間がもったいないなと忌避したい気持ち。

世界の土壌はすでに、少なくとも大気の2倍の炭素を保持している。深さ3メートルまでで、土壌は地球上の大気とすべての動植物を合わせたよりも多くの炭素を含むと推定される。ほとんどの土壌炭素は表面の1メートル数10センチに保持されている。地表に供給される有機物と、浅く張った根が土壌中に放出する炭素が豊富な滲出液のためだ。これは、表土の有機物含有量が大気中の炭素量、ひいては世界の気候に大きな影響を与えるということだ。(p.254

もう1つ本書で興味深かったのが、土壌がCCSCarbon Capture and Storage)にも貢献するということ。地下に二酸化炭素を貯留する巨大施設を作る取り組みはマジで頭おかしいのではと、現時点では思っている。放射性廃棄物でもあるまいし、貯留した二酸化炭素が漏れたって検知しようもないし。

本書のように土壌に住む微生物に頑張ってもらう方が圧倒的にコストが低い。巨大施設を作るエネルギーも維持コストもかからない。土壌だけでなんとかなるとは思っていないものの、それでも集めて地下に埋めとけみたいな無謀かつ持続性が乏しい取り組みはクレイジーにしか思えない。

土壌の微生物が炭素をエサにして反映し、そこから農作物が育つ、ということになればCCUCarbon Capture and Utilization)とも言える。いやはや不耕起を起点とする土壌回復の取り組みは良いことばかりだ。でも、加速しているということではない。

問題があるからだ。その解決策も分かっている。しかし、実行されない。なぜか。たいてい答えは同じだ。既得権益があるのだ。この場合、既得権益を持っているのは誰か。農業資材メーカーであり、その業界から支援を受けている政治家だ。

農業による利益のほとんどは農家以外の人間が得ていることを物語る。現行の制度で本当に儲けているのは、農家にものを売る人間-慣行農業が依存する資材を売る企業なのだ。(p.310

不耕起農法が農業を変え、土壌を変える。耕すことが土壌の生態系を壊したが、耕すことを止めれば既存のビジネスが破壊される。当然、既存のビジネスで儲けている企業は激しく抵抗するだろう。他方でこの新しい農業によって儲けを生み出す人たち(イノベーター扱いされることだろう)も出てきて、そこでの戦いになるが、早晩に決着するだろう。新しい農法の方が農家にとっても地球環境にとってもハッピーだからだ。

そのすべての基礎は土作りだ。そのための折り紙つきの方法は土壌有機物を増やすことだ。(中略)(食品廃棄物や剪定材を)適切に処理し、堆肥化あるいは炭化すれば、この材料のほとんどはリサイクルして、劣化した農地の肥沃度を回復したり、都会で土作りをしたりするのに利用できる。だが私たちは、それをゴミのように扱っているのだ。(p.300-301

土壌回復から出発し、農業を変え、周辺ビジネスが変わり、そして都市生活も変わっていく。食品ロス問題については、それを土壌を変える有機物として活用しようということだ。食品も元は生物であり、バイオマスであり、昔の日本のように糞尿も肥料として活用できるようにすれば良い。

改めて微生物が注目されている。土を作り、ジェットオイルやプラスチックなどの有用物質を産生し、さらには二酸化炭素を固定する。日本語タイトルが誤解させるが、本書は土がメインテーマではなく、微生物の活用による持続的な社会を構築していくそう遠くない未来を描いている。