40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-11:海と陸をつなぐ進化論

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タイトルだけだと、生物が海から陸へと這い上がって進化した話のような印象を受けてしまう。副題は、「気候変動と微生物がもたらした驚きの共進化」となっており、こう書かれると好奇心がくすぐられる。

私自身の研究テーマは、微化石からの生命進化へのアプローチです。微化石とは、顕微鏡を用いることでようやくその姿を目にすることができるような、ごく小さな化石のことです。(p.4

40歳を過ぎていっぱしにいろいろなことに詳しくなったと思っていたら、微化石という存在を全く知らなかった。ウィキペディアによると『主に顕微鏡でしか同定できない、大きさが数mm以下の特に小さい化石のことである。(中略)一般にはあまり知られていないが、産出する数としては化石の中で最も多い。 』とある。

(珪藻は)10万を超える種がいると考えられ(化石種を含めると50万種とする研究者もいます)、海洋一次生産量の4分の1を担っているといわれています。珪藻の最大の特徴は、その細胞が水を含んだガラス(珪藻質)でできた2枚の殻に包まれていることです。(p.74

珪藻は藻類のグループに位置づけられ、光合成をして生きている。ウィキペディアで調べるとヘッケルの美しいスケッチが多数掲載されている。珪藻は被殻と呼ばれるガラス素材の細胞壁で構成されているので、特に化石として残りやすい。

また、足ふきマットなどでご家庭でも見かける珪藻土は、まさに珪藻の微化石でできているのだ。被殻には微細な孔がたくさんあるので、吸収材とか吸着材とか濾過材として活用されている。確かに足ふきマット用珪藻土に水がすっと染み込むのは、それだけ水を溜め込む小さな孔がたくさんあるという証拠なのだ。

兎にも角にも、微化石を研究の対象としている研究者がいて、そして大発見をしたというのが本書のあらすじとなる。

3390万年前の始新世と漸新世の境界に起きた急激な寒冷化を境に、海洋の一次生産者の主役が一気に入れ替わる巨大イベント=ACEイベントが起きていたようです。(p.171

ACEとは大西洋キートケロス属爆発のことで、キートケロス属というのは、珪藻の一種だ。3390万年前の気候変動(寒冷化)によって、キートケロス属休眠胞子の産出量と種類数が爆増しているのだ。でもって、

ハクジラ類やアシカ、オットセイなどの魚を主なエサとする海生哺乳類の仲間たちはどうやら、魚がエサとする珪藻などのプランクトンが急増した出来事を契機に進化し、その数を増やしていったようです。(p.241

寒冷化→キートケロス属増える→海生哺乳類が増えるということが説明できるようになった。もちろんこれが確定的とまではいけないけれど、極めて小さな珪藻が増えることによって、他の生物の進化にも影響を与えたというのは興味深い。

どのようなシステムによって海洋環境が変化し、それが生態ピラミッドや食物網、生物多様性に影響を与えてきたのかを、現在の3次元空間だけでなく、時間軸を加えて4次元的に考える必要があります。それはすなわち、遠い過去に遡って、さまざまな生物どうしの、あるいは生物と環境間での影響の及ぼし合い、すなわち共進化を考えることです。(p.260

4次元で考える必要があるというけれど、その考えている時間軸も規模感も、微化石からは想像もできないほどとてつもなく大きなものだ。顕微鏡で微化石を観察し、そこから地球規模で大型生物の進化へと仮説がダイナミックに発展するというのは、研究者冥利に尽きるだろう。

干魃や熱波といった異常気象やゲリラ豪雨などの気候変動が社会問題化して久しい。地球が温暖化することが、生態系にどのような影響を及ぼすのか、今の段階でははっきりしない。氷が溶けて、海面が上昇し、特定の島国が沈んでしまうということが危惧されている。しかし、もっと大きな生態系という観点からは、もっと途轍も無いことが起きてしまうかもしれない。

地球規模での変化を捉えるためには、微生物の増減まで補足しなければならないとすると、かなり大変だ。しかしながら、こういった研究の積み重ねがなければ、正しく現状を把握することすらできないのだと、本書を通じて改めて認識した。