40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文10-80:生殖医療と家族のかたち

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※2010年10月22日にYahoo!ブログに掲載したものを再掲。

 

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著者の石原先生とは、以前、仕事の関係で何度もお会いしたことがある。現場の産科婦人科医として明瞭な主張があり、そして、本書で示されているようにスウェーデンでの生殖医療の調査を行うなど、海外の状況にも明るい医師だ。

スウェーデンの生殖医療の現状について詳しく書かれた一般書はこれまでなかった。どちらかというと高福祉高負担型のモデル国として取り上げられることが多い国だ。

日本人にとってスウェーデンへの馴染みは薄い(と思う)。スウェーデンに行ったことのある人は人口の5%もいないだろうし、ノルウェーフィンランドとの位置関係を正確に言える人はこれまた5%くらいだろう(たぶん)。

ところが、1年を通して最もスウェーデンが取り上げられる時期がちょうど今からちょっと前。そう、ノーベル賞だ。最も知名度の高いスウェーデン人は、ラーションでもイブラヒモビッチでもなく、ノーベル。

さて、本書では生殖医療っていうか、知られざるスウェーデン社会について色々と書かれているので、ちょっと気になった点をまとめてみよう。

ふむふむ。ヨーロッパでは事実婚の仕組みが充実しているということは聞いたことがあるけれど、日本で言う非嫡出子がマジョリティっていうのは、なかなか驚き。それで連れ子と一緒に生活しているのも珍しくない。

同居はしているけれども遺伝的な親子関係のない父親を、「ボーナスパパ」と呼ぶことがある。

だそうな。当然、ボーナスママとか、ボーナスチルドレンというのもある。「連れ子」とか「継母」とかよりはポジティブな印象を受ける。こういうネーミングひとつで、日本では多様な家族形態が推奨されていないのが分かる。

もはや日本における「核家族」数の比率は、減少の一途をたどっています。実は、現在の日本のもっとも標準的な家庭は、一人で住む「単身家庭」であるといってよい状況になっていることは、あまり知られていません。

ふうむ。ホント、そんな感じになりつつあるよね。家族どころか個人をバラバラにしている。孤独、孤立、孤食、お一人様。とはいえ、人間は一人で生きることなんてできやしない。そういう風に設計されていない。砂のように乾いてしまった個人のつながりを取り戻すことは、新しい価値を生み出すかもしれない。

ちょっと話が逸れてきたね。印象に残った文章を書き出してみよう。

「家族が欲しい」という思いは、必ずしも「遺伝子を引き継ぐ」子どもが欲しいということと、ことによると最初から完全に一致してはいないのかもしれません。むしろ、これまでの不妊治療、特に生殖医療が「遺伝子を引き継ぐ」思いの強化装置として機能してしまった可能性があります。

なるほど。こういう風に考えたことがなかった。代理懐胎で子をもうけたことで有名な向井亜紀さんは、「高田の遺伝子を残したい」といったようなことをその動機として挙げていた。ちゃっかり自分の遺伝子も残しているのはさておき、まさしく代理懐胎という生殖医療が遺伝子を引き継ぐ強化装置として機能してしまった好例だろう(本件については代理懐胎でなくとも遺伝子を残す方法はあるのだけれど)。

その結果、遺伝子を残す思いが強化されてしまった現代において、遺伝子を残せなかった人の悔しさも同じく強化されてしまっている。まあ、生殖医療の発展だけでなく、「利己的な遺伝子」といった昨今の生物学的な読み物の影響も少なくないと思う。

そのほかに、

日本とスウェーデンで、現在、大きく出生率が異なっている理由は、日本の女性が、子どもを持つ年齢を遅らせているということだけではありません。(中略)子どもを持たないという積極的選択、あるいはなんらかの理由により子どもを持てないという消極的選択が、コンスタントに行われているという以外には説明の方法がないのです。

そもそも人口が少ないので、単純に比較することは難しいけれど、スウェーデン出生率は1.9で、日本は1.3。いよいよ日本は人口が減少し、賦課方式の年金が崩壊するカウントダウンが始まっている。子どもを産めという掛け声は遠く、虚しく響き、子どもは増えない。

生殖医療にやたら費用がかかるとか、助産師がマッチョな思想で無痛分娩を否定するとか、生まれてもあずかってくれる保育園がないとか、会社に子育て支援の仕組みがないので辞めないといけないとか、色々と制度的な問題はあるかもしれないけれど、費用対効果的に子どもを産み育てるためのお金が無いというのがホントのところなんではないだろうか。

実家が裕福でない場合、少なくとも教育費だけで1千万円かかると言われているのだから、いきなり負債を1千万円抱え込むことに等しい。若い世代は自分たちの生活で精一杯なのに、遺伝子を残す余裕なんてない。ある程度、年齢を重ねると給与が上がり、遺伝子を残す経済的なゆとりが生じる頃には、生殖能力が落ちている。それで生殖医療を受けるとなったら、これまた多額の費用がかかる。

生殖医療によって家族の形が変わると言われて久しい。でも、実際には家族を持てなくなる状況に日本が追い込まれている。家族の形が変わる以前に、家族の絶対数が減ってきている。移民を受け入れることについて議論はあるけれど、家族が欲しいという思いをないがしろにして、移民受け入れを進めても、きっとうまくいかないだろう。

本書のスウェーデン像から学ぶ点は多いはず。しかしながら、物事は単一のモデルを軸にして動かすことはできない。人口が減少していく日本において、どういった社会の仕組みが適切なのか。初めて直面する事態なので、試行錯誤し、苦しみながら、システムを設計していくことになるだろう。

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(感想文の感想など)

2019年6月17日の日経新聞によると、2018年の出生数は91.8万人、出生率は1.42とのこと。出生数は減っているが、出生率は緩やかに回復しているらしい。

かたやスウェーデンは1.85でそこそこ高い。でも2を超えていないので、人口は徐々に減少していく。ちなみにお隣の韓国の出生率は0.92。1を切るのは珍しい事例。