40代ロスジェネの明るいブログ

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感想文18-46:フィラデルフィア染色体

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※2018年10月30日のYahoo!ブログを再掲。

 

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ウィキペディアによると、フィラデルフィア染色体とは、『慢性骨髄性白血病および一部の急性リンパ性白血病に見られる染色体の異常。22番染色体と9番染色体間での転座によって、c-ablとbcrという遺伝子が融合し、異常なタンパク質を生じる。造血幹細胞を無制限に増殖させるようになる。』とある。

感想文を書く前に、自分のために、まずは用語を簡単に整理しておきたい。白血病は「急性」と「慢性」に大別できる。急性白血病は、がん化した細胞が急激に増殖するので、またたく間に命を奪ってしまうことがある。有名人では、夏目雅子本田美奈子アンディ・フグ、漫才師カンニング中島忠幸らが犠牲になっている。

本書では急性ではなく、慢性、 つまりがん化した細胞がゆっくりと増殖する白血病に対する治療薬の開発について描かれている。その中でも慢性骨髄性白血病で見られる「染色体」が「転座」する現象である、フィラデルフィア染色体が本書のタイトルとなっている。

じゃあ、「染色体」とは何か。DNAとヒストン(タンパク質の一種)で構成される巨大な複合体であり、細胞分裂の際に色を染めると観察できるので、染色体と名付けられた。染色体という命名は、DNAが発見されるよりもずっと前のことだ。ヒトは、23ペアの計46本の染色体を有している。うち22ペアは男女同じだが、残る1対は性染色体(XY:男性、XX:女性)となっている。ちなみにニワトリはZW:メス、オス:ZZでヘテロがメスなのだ。性染色体それ自体、面白い話がたくさんあるのだけれど、脱線するのでこの辺にしておこう。

染色体異常は病気と関連する場合がある。例えば21番染色体が3つあるとダウン症になる。性染色体の増減による病気もある。他方で、常染色体の増減は致死的なケースが多いので、死産となってしまい、そもそも生まれてこないパターンがほとんどだ。

では、「転座」だが、早い話が染色体の一部が入れ替わってしまう現象のことだ。入れ替わったとしても、DNAの情報の総体それ自体は同じなので、影響のない場合もあるが、フィラデルフィア染色体の場合、入れ替わる場所が影響して、慢性骨髄性白血病を引き起こす。

転座はDNAの総量に影響しないが、タンパク質の発現に変化をもたらす場合もある。結果的に病気の原因になる場合もあるかもしれないが、何かしら表現型(見た目)に影響を与えることがあり、転座が種の分化を促進するという説があるくらいだ。いかん。また話がそれた。

本書は、慢性骨髄性白血病CML)と呼ばれる希少疾病の原因−フィラデルフィア染色体−の発見・解明から、特効薬−グリベック−の開発・上市までも半世紀にわたる歴史をつまびらかに追った、医療ノンフィクションである。(p.357)

 訳者あとがきにこのように書かれている。新薬誕生―100万分の1に挑む科学者たち(感想文08-66)でも登場したグリベック。世界初の分子標的薬であり、慢性骨髄性白血病の患者でない私でも知っているほど、非常に有名な薬だ。

ちょうど本庶佑先生のノーベル生理学・医学賞受賞があり、がん治療薬が話題になっていて、そう言えばこの本を読んだことないなと思い至り、読んでみたのだった。

本書は医療ノンフィクションであるが、射程は医療にとどまらない。科学史的経緯を踏まえて基礎的な分子生物学を丹念に描いており、ある程度知識があったとしても読み進めるのは難しい。理系の修士号を持っている私でも難しかった。

フィラデルフィア染色体は、bcrとablの一部が結びつく転座だった。この融合遺伝子が、融合タンパク質を作っていたのだ。(中略)この融合タンパク質は、活性を増したチロシンキナーゼとなっていたのだ。(中略)継続的なリン酸化が、白血球の過剰産生をもたらすシグナル伝達経路を刺激する。(p.117)

CMLは、転座→融合遺伝子→融合タンパク質→キナーゼ(リン酸化酵素)→白血球の過剰産生という流れで起きる。この機序が分かるまでに、多くの研究者による地道な研究の積み重ねがあった。

しかし、グリベックとして上市されるまでには、苦難が待ち受けている。ポイントは2つある。1つはこれまでにない全く新しいタイプの薬であるという点。もう1つはCMLは希少疾患であるためマーケットサイズが小さいのでビジネスとして旨味がないと経営陣が判断したという点だ。

Bcr/Ablは「腫瘍遺伝子時代の低い枝に生った果実」なのだと彼は言った。希少疾患なので、CMLマーケティングの観点からは魅力に欠けることはわかっていた。(中略)しかしつながりが明確なので、このキナーゼは治療の原理を証明するには格好の標的となりえた。(p.154)

CMLは希少疾患であり、当時は不治の病だった。しかし、病気の機序は解明されていた。分子標的薬は非常に有望だった。患者からは強く望まれている薬だった。

STI-571は、細胞株の研究が終わって3年近くも、また初期の毒性研究と企業合併からはおよそ2年も、前臨床試験の状態のままだった。キナーゼ阻害のプロジェクトは1984年に始まっていた。リード化合物は1990年までに合成されていた。それから7年経っても、まだフェーズⅠの臨床試験は始まっていなかったのである。(p.218

 リード化合物が合成されてもなお、臨床試験を始めることができなかった。開発していた製薬企業が合併し、社長が交替し、マーケットの小さい希少疾患の薬について、莫大な資金のかかる臨床試験を開始するという決定はなかなか下りなかった。

ここで本書の主人公的存在であるブライアン・ドラッカーの執念が開発を前進させる。グリベックの場合、人を動かしたのは、科学的整合性でも事業性でもなかった。CMLを治療する薬を世に出すという、一人の人間の強い執念だった。

一つの画期的な薬が世に出るまでのストーリーはワクワクさせると同時に、グリベックですらここまで苦労するのかと愕然ともした。しかし、勇気をもらった。諦めず、信念を持って取り組めば、いつかは道が拓けるのだ。きっと。

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(感想文の感想など)

地道な基礎研究がこうして薬となって多くの人命を救うというストーリーには胸を熱くさせられる。

とはいえ、リン酸化が未だにちゃんと理解できてないんだよな。