40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文16-32:生殖医療の衝撃

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※2016年9月19日のYahoo!ブログを再掲。

 

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最近は、「◯◯の衝撃」というタイトルの本が増えたように思う。「家族」難民 生涯未婚率25%社会の衝撃(感想文14-27)とかイスラーム国の衝撃(感想文15-36)とか。ちょっと前までは、「◯◯はなぜか」というのが流行っていたような気がする。売るためにやや扇情的なタイトルをつけているのだろうか。でも本書は、衝撃がウリなのではなく、生殖医療の現状や最先端を丁寧に描いている良書だ。

著者である石原先生の著書として2010年に生殖医療と家族のかたち(感想文10-80)を感想文としてまとめていた。自分のブログを調べてみて発見した。すっかり読んだことを忘れていた。

石原先生とは個人的に面識がある。石原先生は覚えていないだろうけれど。前書のことを忘れていたけれど、石原先生のことはしっかり覚えているので、本書を本屋で見つけて、懐かしい気持ちになり購入した。久しぶりに生殖医療について考えるきっかけとなった。

予め白状しておくと、私と妻は生殖医療のお世話になることなく2人の子を持つことができた。一方で生殖医療を受けている人はいるし、こどもを授かれないことに苦悩している人もいる。私自身は、医療が発展する中での、ヒトの生と死をずい分前から考えていて、そういう観点から生殖医療にも関心がある。今の仕事とは直接関係はないのだけれど。

本書を通じて知った最新の生殖医療の状況を踏まえて、気になった箇所を挙げておこう。

最近では日本で生まれるこどもの約24人に1人は、体外受精など生殖医療により妊娠したこどもたちなのだ。わが国で生殖医療により生まれたこどもたちの数の合計は、2015年までにすでに40万人を突破した。

3になるわが子と同じクラスでも、生殖医療により生まれた同級生もいることだろう。私自身は、世界初の「試験管ベビー」と呼ばれたルイーズ・ブラウンと同じ年なので、周りには全くいなかった。それだけ新しい技術であるが、すっかり社会に受け入れられ、浸透している。今時、試験管ベビーと呼ぶことは不穏当だし、もはや特別な存在ではないのだ。

「顕微授精」という新技術の発明とその普及拡大は、ことによると「体外受精」を遥かに上回る影響を人類に与え得たのかもしれない。

体外受精に加わった大きな技術革新の一つに、顕微授精がある。これは、男性不妊症への注目とその克服という意味で、非常に大きなインパクトのある技術となった。

わが国で近年、生殖医療により生まれるこどもたちの約4分の3は、凍結保存されていた胚を融解して子宮内に移植し、生まれている。

もう一つの技術革新は、凍結保存技術だ。凍結できる対象は、胚だけではない。精子はもちろんのこと、不安定なため技術的に難しいとされていた卵子も凍結保存できるようになった。

さらに技術は進む。本書では、子宮移植、着床前診断ミトコンドリア置換、代理懐胎が紹介されている。これらは近未来の話ではなく、現実世界の話だ。

子宮移植は、スウェーデン2013年に実施され、翌年に子が生まれている。生体移植なのか、脳死移植なのか、免疫抑制剤を服用しなくて済むように出産後に移植子宮を取り除くのかなど、移植医療と生殖医療の両方の側面を併せ持っている。

ミトコンドリア置換は、ミトコンドリアを原因とする病気を回避するために用いられる技術だ。卵子精子ミトコンドリアというDNAでは3人が親となる。まだこの技術によりこどもは生まれていないが、英、米では認められている。

最近では、卵子若返りとして、自己ミトコンドリア注入が注目されている。科学的に実証されていない点は心配だが、材料も被験者も自分自身という点では、他者からは非難しにくい(本人が納得しているんだから何が悪いのと強弁できそうな)技術と言える。

こんな風に生殖医療は大きく変貌している。さらにややこしいのは、これまでの生殖医療がこどもを持てなかった人に希望を与える技術であったのに、それがさらに進展して、より良いこどもを持つための技術へと変わり得るということだ。

著者の前著では、『生殖医療が「遺伝子を引き継ぐ」思いの強化装置として機能してしまった可能性』を指摘していた。しかし、本書では、

21世紀の移植医療」は、これまで手付かずの未知の領域である「遺伝子レベルの生殖医療」に足を踏み入れようとしている。こうした動きは、従来の生殖医療の延長線上にあるものではなく、「第2次生殖革命」ともいえる野心的かつ革新的なものだ。

としている。これは、新しい世代の生殖医療が「より良い遺伝子を引き継ぐ」思いの強化装置として機能してしまう可能性を示唆している。

そういう中で、日本では生殖医療と社会についてあまり大きな議論が巻き起こらなかった。あるいは瞬間的にメディアが取り上げて、その後一気に風化してしまう。IoTとは何かにあるように技術だけでなく、制度やものの考え方は粘り強く議論することを苦手としているように思う。あくまで印象でしかないけれど。どうしてだろうか。

生殖医療は確実に社会に受け入れられ、新しい技術も着々と試され、適用されつつある。社会制度は疲弊し、現実世界との間に齟齬が起きつつある。

でも私はあまり悲観的には考えていない。確かにヒトの能力や可能性を拡張するが、社会の在り方を根本から見直すような技術とは思えないからだ。

本書では描かれていないが、個人的には'''人工子宮'''の登場を懸念している。ヒトの根源的な能力を代替する装置が生まれた時に果たして何が起きるだろうか

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(感想文の感想など)

意外と当時の感想文で言及していなかったけれど、体外受精技術を確立した業績により、ロバート・ジェフリー・エドワーズ2010年度ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

さて、人工子宮について改めて調べてみた。日本では東北大学で人工子宮と人工胎盤の研究が行われている(参考:妊娠ヒツジを用いた胎児生理学研究)。アメリカでは、人工子宮システム『バイオバッグ』の研究開発が進められており、20174月にNature Communications誌で掲載された(参考:プラスチック製「人工子宮」でヒツジの赤ちゃんが正常に発育)。いずれも羊を対象としており、あくまで早産児の成長を補助する仕組みへの応用を目指している。

2019年のBBCの記事によると10年以内にヒトに適用されるとオランダの科学者が言っている。完全な人工子宮が完成し、妊娠出産から女性が開放される未来はまだ遠いかもれしれないが、超未熟児の命を救う「医療」として世間に受け入れられるようになれば、人工子宮という議論を巻き起こしまくりそうな技術が社会受容の第一歩になるだろう。