40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文18-20:合成生物学の衝撃

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※2018年6月8日のYahoo!ブログを再掲。

 

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「○○の衝撃」というタイトルの本をこれまでにいくつか読んだ。

たった5冊ではあるが、ざっくりと「科学技術の大きな進展」、「国際情勢の大きな変化」、そして「社会そのものが変容した結果に生じた驚きの数値」の3つに分けることができるだろう。本書は、「科学技術の大きな進展」による衝撃に位置づけられるだろう。

そもそも合成生物学(synthetic biology)とは何だろうか。ウィキペディアでは『生物学の幅広い研究領域を統合して生命をより全体論的に理解しようとする学問』とあるが、これだけではよくわからない。

著名な物理学者であるリチャード・ファインマン1918-1988)の言葉

 「自分で作れないものを、私は理解していない。(What I cannot create, I do not understand)」(p.11

を対偶にしてみると、「私は理解している、ならば、自分で作れる」のだ。生命科学が進展し、生命について理解が進んでいるが、しかし、新しい生物を人工的に作り出すことは未だできていない。つまり、人類は生命の本質を理解していないのだ。

米国での合成生物学の歴史には、二つの大きな流れがある。一つは孤高の科学者クレイグ・ベンターらの研究チームによる人工生物「ミニマル・セル」の20年間に及ぶプロジェクト。もう一つは、多くのコンピュータ学者や工学者が集い、「生物学を工学化する」というコンセプトの下で、新たな分野を創出しようとした取り組みだ。(p.10-11

本書は、合成生物学の最前線であるアメリカの研究現場を取材し、まとめている。特に印象的だったのがクレイグ・ベンター1946-)である。ヒトゲノム計画をショットガン法で出し抜いたことで有名となった科学者だ。孤高というのは極めて穏便な表現で、狂気とか横暴とか尊大といった言葉でも足りないような人であろうと思う。

20世紀後半からコンピュータサイエンス情報科学、そして生命科学の融合が一気に進んだ。私が学生の頃は、ひたすら手作業でゲノムシーケンスを読んでいたが、あっという間に機械に置き換わり、自動化が進み、時間が短縮された。

今や微生物が、薬やプラスチックやジェット燃料やクモの糸を作れるようになり、一部はビジネスとして成立している。生物工場という言葉のとおり、生物が工学的に利用されるようになり、私が学生だった頃からは大きく世の中は変わりつつある。

ミニマル・セルの誕生は二重の意味で科学コミュニティに衝撃を与えた。一つ目は、「生命とは何か」という生物学の究極の問いに答えるうえで大きな足がかりとなる「最小の細胞」が、合成生物学による新規の手法によって生み出されたことだ。(中略)もう一つの衝撃は、ミニマル・セルのゲノムを構成する遺伝子の意外な内訳だった。32%を占める残りの149個は、全くその機能が知られていない遺伝子だったのだ。(p.208-210

20163月にクレイグ・ベンターらがミニマル・セルを作製したと発表した。興味深いのが、ミニマル・セルが最小限保有する473の遺伝子のうち、149の遺伝子はその機能が不明で、生命が生命として機能を果たす上で人類はまだまだ知らないことがたくさんあるということを明らかにした。

本書は、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」で始まり、終わることで、一般的な読者を意識しつつ、うまく整理していると思う。とはいえ、「わたしを離さないで」を私も読んだが、基礎的なバイオ研究に思いを馳せるようなことはなかった。

本書を読んで、私は何か「衝撃」を受けただろうか。軍事転用やヒト受精卵への適用、さらには全く新しい生物の合成という可能性について言及しているが、果たしてこれが衝撃だろうか。科学の最前線は確かにアメリカかもしれないが、非倫理的、あるいは倫理なんて気にしないのは、アメリカではなく、ロシア(ソ連)でもなく、中国なのではないだろうか。中国から衝撃的なニュースが届く日はそう遠くないかもしれない。

本書を読んでも、巨大ウイルスと第4のドメイン(感想文16-19)のような知的興奮を味わうことはできなかった。だからダメってわけではないけれど、著者は社会への影響を過度に煽っているように感じるし、読者の理解度をかなり低く見積もっているなとも感じる。商品としてのさじ加減は難しいだろうけれど。

本書は、ゲノム研究の歴史、ゲノム編集、遺伝子ドライブ、デュアル・ユース、DARPAモデルなど、幅広く最新の科学の話題が沢山盛り込まれている。とはいえ、「衝撃」とタイトルにつけるのであれば、もう少し合成生物学に絞って真正面から描いて、その衝撃を伝えて欲しかったなぁ。

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(感想文の感想など)

新型コロナウイルスが人工的に合成されたというウワサもあるが…。感染症パニックによる犯人探しの一環だろうな。

今後、合成生物学の分野はさらに発展していくだろうが、ものづくりなど実用化されるまでまだしばらく時間は要するだろう。