40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文14-25:真珠の世界史

 

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※2014年6月4日のYahoo!ブログを再掲。

 

 

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毒と薬の世界史(感想文09-14)砂糖の世界史(感想文09-52)に続く、○○の世界史というタイトルの本。

毒と薬が歴史に影響を与えること、砂糖が三角貿易で世界史に登場するということは理解できる。でも、真珠?真珠が世界史でクローズアップされるような時ってあったんだろうか、という素朴な疑問から、本書を読んでみたくなった。

高校の時に世界史を履修していたけれど、さっぱり好きになれなかった。今思うと、好きな時代の好きな人物から好きに勉強させてくれれば、もう少し興味を持てたのにとも思う。あるいは、こんな風に何か身近なモノの視点から学べても良いんじゃないかな。

さて、真珠といって思い出すのが、小学生の時の修学旅行だ。行き先は三重の伊勢。うっすらとした記憶の中に、御木本幸吉の養殖真珠について何か施設を見学した思い出がある。そして、伊勢の土産物屋で母親に真珠のブローチを買って帰った。それは養殖真珠ですらない、イミテーションのプラスチック製の粗末な真珠(とも呼べない代物)だったが、存外、喜んでもらったことは覚えている。

それからもう一つの思い出。一昨年、特許庁を見学する機会があって、そこで高橋是清の胸像と一緒に、日本の10大発明についての展示があった。その一つが御木本幸吉の養殖真珠だった。なるほど、確かにスゴイ発明なのだが、そのことの意味についてこれまであまり考えたことがなかった。

さて、前置きはそのくらいにして、気になった箇所を挙げておこう。

20世紀はじめの日本の真珠養殖の歴史的意義は、ヨーロッパの支配者階級が二千年にわたって熱望し、カルティエ社やティファニー社が高値で販売していた真珠という宝石の価値と伝統を瓦解させたことだった。養殖真珠の登場で、真珠は大量消費の大量生産商品になったのだ。

真珠養殖に成功したことによって、供給コストが劇的に低下し、供給量が大幅に増大した。ごく一部の大金持ちしか手に入れることのできなかった真珠の価格は低下し、多くの女性に愛されるようになった。そして、既存の天然真珠業者は競争力を失う。一方で日本の技術は独占状態を生み出し、巨額の富を得るようになるが、その独占状態は永久には続かなかった。これがちょっと経済学的に解説した真珠の経済史(日本からの視点)だ。

5ミリの真珠が出る割合については、海域や各年の条件などによっても異なるため一概にいえないが、本書では1万個につき1.5個と考える。

天然ではこれほどまでに真珠を手に入れる確率は低い。だからこそ貴重であり、珍重され、有難がられた。真珠を探すためだけに乱獲されるアコヤガイもたまったもんじゃないだろうな。

ラス・カサスを読むと、真珠採取も住民絶滅の大きな要因だったことが明らかになる。(中略)スペイン人の真珠への執念がひとつの地域の住民を消滅させたという歴史的事実は忘れてはならないだろう。

ラスカサス(1484-1566)は人名だ。ウィキペディアによると『15世紀スペイン出身のカトリック司祭(中略)当時スペインが国家をあげて植民・征服事業をすすめていた「新大陸」(中南米)における数々の不正行為と先住民(インディオ)に対する残虐行為を告発、同地におけるスペイン支配の不当性を訴えつづけた。』とある。

『銃・病原菌・鉄』を思い出すけれど、真珠の話はなかったように記憶している。ラスカサスの告発にあるように、地域住民を消滅させるほど真珠採りは過酷な仕事であり、多大な犠牲の上に真珠産業が成立していた。現代のブラッド・ダイヤモンドが似たような状況と言えるのかもしれない。

真珠はいつの時代も最高の宝石だった。筆者は見瀬が外套膜上皮細胞の再生機能で真円真珠を作ったことに鑑み、見瀬の真珠形成法をバイオ・ジェミゼーション(生物による宝石形成)として評価したい。

バイオ・ジェミゼーションはあくまで筆者の造語(英語で宝石はジェム)であるが、横文字にすると何だかカッコイイ。例えば琥珀も生物由来だけれど、人工的に大量生産することはできないだろう(たぶん)。そう考えると真珠は何だか特殊な位置づけにある宝石だ。

御木本幸吉という人は日本では同業者に容赦がなく、人々の怒りや恨みを買うことも少なくなかった。しかし、そのような人物だからこそ、国際的な真珠騒動が起こっても、一歩も引かず、ヨーロッパの真珠シンジケートと対峙することができた。西洋に日本の養殖真珠を認めさせたのは、御木本の強烈な個性でもあった。

ふーむ。小さい頃に御木本幸吉の伝記(マンガ)を読んだことがあるような気がする。大きな発明をする人は、エジソンしかりスティーブ・ジョブズしかり、かなり強烈な個性な方が多いような印象がある。真珠の養殖なんて、当時の感覚で言えば狂気じみた行為だろう。そんな狂気に飲み込まれ、それでもなお達成するようなイノベーターは、イノベーションとは何か(感想文13-40)にあるようなフレーミングを変えることができる人、端的に言えば変人、狂人のたぐいだ。

外国の商品や産業形態を模倣して日本の輸出を育てた例は枚挙に暇がないだろう。しかし、真珠養殖は日本人がそのビジネスモデルを一から作り上げ、日本人の独創性と努力で完成した異例の輸出産業だった。

うーむ、養殖真珠恐るべし。そして、こういった真珠の世界史というタイトルで本を書けるのは、ある意味、日本人だけにその資格があるのかもしれない(現時点では、だけれども)。

日本の真珠養殖に使われる貝製の核(芯)の需要が起こり、核の重要な供給地となった。(中略)日本の真珠養殖は海とアコヤガイさえあれば生産できる国産のイメージがあるが、真珠養殖の核心的な部分を輸入に頼る構造になっているのである。

しかし、今、日本の真珠産業は危機に瀕している。赤潮などの環境問題や他国との競争もあるが、材料となる核を輸出に頼っているということが大きな課題だ。これを業界的には、「核戦争」と言うらしい。淡水真珠貝が絶滅の危機にあり、核の入手が困難になってきている。

そうそう、本書ではアコヤガイ以外の貝を利用した養殖真珠も紹介されていたけれど、その大きさ、色とバラエティの多さに驚いた。今の真珠の世界史の覇権において日本の存在感は薄いと言える。

シャネルは、流行という魔法を繰り出すことで、自分の気に入らないものを時代遅れと宣言し、葬り去っていったデザイナーだった。(中略)シャネルは、コスチューム・ジュエリーを流行らせることで、本物の宝石を使ったティアラやチョーカーを古くさくて、カッコ悪いものとして葬り去り、特権階級に復讐した。宝石は富の顕示から服に合わせるためのアクセサリーとなったのだった。

私はファッションにあまり興味が無い。より正確に言うとファッションを気にかけるインセンティブがない。既婚者なのでモテたいという欲求は希薄だし、平日のほとんどはスーツかクールビズで、ファッションが入り込む余地がそもそも少ない。カジュアルの服は、いつも同じ店(どうやら撤退するらしいけれど)で妻に選んでもらっている。

しかし、ファッションに疎い私でも知っているシャネル、クリスチャン・ディオールティファニー、イブ・サン・ローランというブランドと真珠の関係が本書で紹介されるに至って、俄然興味が湧いてきた。富へのアンチテーゼとしてのファッション・ジュエリー。こういった理屈から考えるとファッション業界が急に魅力的に映るから不思議なものだ。ちょっと関連する本を読んでみたい。

真珠養殖という偉大な発明は、確かに世界を変えた。多くの新鮮な驚きを味わうことのできる良い本だと思う。

 

 

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(感想文の感想など)
 

2020年6月10日付の毎日新聞によるとアコヤガイが大量死していて真珠業者がヤバいらしい。記事によると海水温の上昇と植物プランクトンの減少が原因らしく、地球温暖化が影響しているとしたら避けがたい事態かもしれない。

こうなると目指す方向性としては海からの離脱であり、平たく言えばアコヤガイの植物工場版がイメージできる。調べてみると同じようなことを考えている人がいて、まあそうだよねと思うところではある。メタボローム解析とかして、これまでにないような色の真珠を安定的に作り出したり、ほかの真珠を生み出す貝の養殖方法の最適化みたいなことは原理的にはできるのではないだろうか。むしろ今まで環境影響をモロに受ける海でよく養殖してたなと。