40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文14-05:法服の王国 小説裁判官

f:id:sky-and-heart:20200623084022j:plain

※2014年2月9日のYahoo!ブログを再掲
 
↓↓↓
カラ売り屋以来の黒木亮さんの小説。経済小説が中心だった中で、こういった法律関係は新境地とも言える。
裁判所、つまりは司法は、国の三権の一つであり、かなり重要な地位を占めているにもかかわらず、普段から裁判官との接点はほとんどない。裁判員制度裁判員に選ばれれば少しは身近になるのかもしれないけれど、あまり知らない裁判官という職業、生態について、本書を通じて少しは知ることができた。
裁判と言っても、メインに取り上げられているのは、行政裁判だ。その中でも原発訴訟であり、国の政策としての原発推進の是非を公務員である裁判官が判断しなければならないというその困難さが、描かれている。そして、今もなぜか都知事選の最大の争点が原発になっており、まさにタイムリーなテーマにほかならない。
三権分立と言っても、厳密に分けられているというわけではないし、分けることは難しい。立法府である国会の法律案は、行政官である公務員が作文している。また、最高裁長官は内閣が指名し、天皇が任命するので、その時代の与党の意向を無視することは構造的にできない。権限は確かに分けられてはいるが、実態的に能力や人事権によってコントロールされる状態にある。
本書では、ブルー・パージやドサ回りと辛い立場を経験する村木健吾、若い頃は苦労するが裁判官としては華々しい活躍をする津崎守、原発訴訟に奮闘する妹尾弁護士、そして、最高裁長官に上り詰める巨魁の弓削晃太郎、その他にも多数登場する人物たちが、異動と邂逅そして成長していく姿を活き活きと描いている。
本書で気になった箇所を挙げておこう。

和解で処理できれば、判決を書く手間もいらず、控訴されて自分の判決が破られるリスクもない。

裁判官の話として思い出すのは、「家栽の人」だ。そこでも描かれていたが、裁判官に判決を書くノルマがあり、上級審で判決が破られるとバツがつく。こういったことを回避する秘策として和解があるというのを初めて知った。

有力幹部の子分になり、親分が出世すれば子分も出世するのは、裁判所も民家企業も同じである。

裁判官は特殊な職業と思われがちだけれど、普通のサービス業の用語で理解することもできる。処理件数が売上であり、各裁判官の目標をノルマとする。処理能力や判決の強固さで能力が判定され、勝ち負けがあり、人事異動がある。学閥があり、派閥があり、上司に睨まれると僻地に飛ばされたり、そもそも裁判官になれなかったりもする。

「辛酸入佳境」(しんさんかきょうにいる)(中略)足尾鉱毒事件を告発した田中正造が好んだ言葉で、辛酸を舐め尽くし、耐え忍んだ者のみが味わうことのできる素晴らしい境地があるという意味である

うーむ、こういう言葉を初めて知った。いつか何かで辛酸を舐め尽くしたら言い放ってみたい。今のところ舐め尽くす予定はないのだけれど…。

本書は、311以降に書かれた小説であり、フィクションではあるものの裁判官の生態や歴史を通じて、原発問題を新たな側面から描いている。原子力ムラと揶揄された科学と行政の癒着に加えて、裁判官と行政の癒着を透かして見せている。
訴訟検事という裁判官が検事を経験する仕組みや、国側に不利な判決を書く裁判官を異動させるなど、様々な方法で介入し、司法を歪めてきた。
原発行政訴訟についてはこれまでほとんど考えたことのないテーマであったが、原発問題の重要な本質であり、根幹であることを思い知った。
日本では行政訴訟で勝つ確率は極めて低い。身の安全や財産を守るはずの裁判という仕組みは、私たちが思い描いているほど、純粋でも誠実でもなく、非常に泥臭く不合理な人間活動の上に成り立っているということを肝に銘じておくことが大事だろう。
↑↑↑
 
(感想文の感想など)
そういえばこの本を読んだ後に、実際に裁判官と懇談する機会があった。その裁判官は、本書の存在をご存知ではなく、ブルーパージや行政訴訟と国との関係についてあんまり語っていただくことはなかった。変に詳しいヤバイやつと思われたかもしれないけれど。
一方で、逆転裁判のように「異議あり!」って実際の裁判で言うんですか?と質問したら、そちらについては、異議あり!」と言うことは全くありません、しかしたまに「異議!」ということはあります、とのこと。なるほど。勉強になるな。