40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文15-16:鉄のあけぼの

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※2015年4月15日のYahoo!ブログを再掲
 
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法服の王国以来の黒木亮さんの小説。本書は川崎製鉄(現JFEスチール)創設者である西山弥太郎を主人公とした小説だ。
西山弥太郎(1893-1966)はあまり知られていない。ウィキペディアにすら載っていない。私もこの本を読むまで恥ずかしながらその名前は存じ上げなかった。同じ年生まれは、村岡花子毛沢東
ちなみに川崎製鉄は、ウィキペディアによると『1950年に川崎重工業川崎重工)より独立して発足してから、2003年に日本鋼管 (NKK) との間で事業統合しJFEスチールに商号を変更』とのこと。
私の人生で製鋼業のことはさっぱり関わりがなかったし、興味もなかった。ただ、黒木亮さんの作品が好きという理由だけで、本書の文庫版を購入するに至った。
そして、西山弥太郎という偉大な人物を強く尊敬するようになった。体力があり勤勉で懸命に働くその姿から、「働くこと」自体に偽りなく純粋な価値を感じることができる。
本書で気になった箇所を挙げておこう。

昭和10年2月-背広にコート姿の西山弥太郎は、米国東部ペンシルベニア州の鉄の町、ピッツバーグを訪れていた。

当時の社長から1万円(現在でいえば1,500~2,000万円くらいの価値)をもらい欧米視察旅行したとのこと。それだけ将来を嘱望され、目をかけられていたことが伺われる。まあ、それ相応の働き方をしていたのだけれど。

高炉で生産された銑鉄は、硬くて脆く、加工性に欠けるため、炭素、燐、硫黄、珪素といった不純物を可能な限り取り除き、しなやかで粘りのある鋼にする。これを「製鋼」と呼ぶ。

へぇ。そもそもどうやって鉄が作られるか全く知らなかった。こんなにも身近な素材なのに。ちょっと調べた結果をまとめてみよう。

まず自然界に純粋な鉄は存在してない。すぐに酸化するので酸化鉄として存在する。技術的に難しいのは、その酸化鉄を還元して、酸素を取り除くこと。方法は、高温で一酸化炭素と一緒に焼く。そうすると銑鉄(せんてつ)ができる。その銑鉄に含まれる不純物を高温で酸素と一緒に焼き、不純物を酸化させて取り除く。こうして0.3%~2%の炭素を含んだ鉄合金である鋼(steel)ができる。
一つ賢くなった。

昭和21年2月27日に公布・施行された公職追放は、昨年1月に改訂され、経済界、言論界、地方指導者層にも拡大された。それにより、伊藤忠商事の二代伊藤忠兵衛、阪急電鉄創業者小林一三東京急行電鉄社長五島慶太王子製紙社長足立正らが軒並み職を追われた。

公職追放というおどろおどろしい言葉は知っていたが、その中身は知らなかった。ウィキペディアによると様々な人が追放の憂き目にあっている。松下幸之助八木秀次堤康次郎菊池寛正力松太郎などなど。

川崎造船時代に松方が欧州で収集した1万点以上の美術品、通称「松方コレクション」のうち浮世絵8000点は、のちに東京国立博物館に収められ、西洋絵画や彫刻の一部、371点は戦後フランス政府から返還され、国立西洋美術館開設のもとになった。

松方とは、川崎造船所の初代社長である松方幸次郎のこと。今の西洋美術館があるのは、松方コレクション、つまりは松方幸次郎のおかげ。前庭にあるロダン地獄の門も松方コレクションなのだ。

乗客・乗員37人全員が死亡し、日本の航空史上、最悪の惨事となった。飛行機は庶民にとって高嶺の花なので、乗客は社会的地位のある人たちばかりだった。

これは日本航空の旅客機「もく星」号墜落のこと。1952年4月9日に起きた飛行機事故だ。つい先日もドイツの飛行機が墜落した。飛行機事故は怖い。発生確率は低いが、助かることはほぼない。

ノーネクタイで裸足の足を組んで冗談を交えながら話す西山は、大会社の社長というよりも鉄屋の親父で、長年平炉の溶鋼の輻射熱を受けて慢性的な軽度の炎症を起こしている目を時おり片手でこすりながら話す姿は、まさに「平炉の神様」だった。

鉄屋の親父である西山は多くの人に慕われ、尊敬された。なぜなら誰よりも熱心に働き、現場を大切にするリーダーだからだ。
本書でもう一人、印象的だったがの、岡山県知事の三木行治(1903-1964)だ。三木は医師でありながら、法学を学び、厚生省の行政官となり、局長まで務める。厚生省は次官のポストを用意して引き止めを図るが、岡山県知事になる。水島臨海工業地帯の開発で、西山と連携し、この開発の成功は西山と三木の二人の情熱と邂逅がなし得た。ちなみに三木行治はちゃんとウィキペディアに載っている。
解説にあるように『製鋼業界などの関係者を除くと、さほど知られた存在ではない』西山弥太郎を主人公とし、作品を作り上げた黒木亮さんに感謝したい。これほどの人物が今まで取り上げられることなかったわけだが、存外、私たちが知らないだけで、こういった偉大な人はひっそりと眠っているのかもしれない。
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(感想文の感想など)
補足しておこう。川崎造船所(現、川崎重工)の創業者は川崎正蔵(1836-1912)。1986年に正蔵は、総理大臣を2度(第4・6代)務める松方正義の三男である松方幸次郎(1866-1950)を後継者に指名する。松方が社長を務める川崎造船所に1919年に本書の主人公である西山が入社する。そして西山は1950年に分社独立した川崎製鉄の初代社長に就任する。
今では、川崎造船所川崎重工業となり、川崎製鉄JFEスチールへと商号は変わっている。ちなみ川重は1.6兆円。JFEは2.3兆円。鉄の方が売上規模はでかいのか。ちなみに粗鋼生産量で日本国内で第2位、世界では第8位らしい。日本のトップは日本製鉄(八幡製鉄所+住金)で売上は6.2兆円で、世界第3位らしい。1位はアルセロール・ミッタル(ルクセンブルク)、2位が中国宝武鋼鉄集団(中国)。まさかのルクセンブルクとはいえCEOはインド人ラクシュミー・ミッタル(1950-)。
これは何かしらドラマの匂いがすると思って調べてみたら、「インドの鉄人」という本がある。これは読んでみたい。