40代ロスジェネの明るいブログ

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感想文09-35:メアリー・アニングの冒険 恐竜学をひらいた女化石屋

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※2009年6月9日のYahoo!ブログを再掲
 
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英語にも早口言葉がある。

“She sells sea shells sitting on the sea shore.”

細部の違うパターンはあるけれど、直訳すると「彼女は海岸に座って貝を売っている」となる。

何とこの彼女にはモデルがいて、それが本書の主役であるメアリー・アニング(1799-1874)なんだそうだ。

以前読んだ、西洋博物学者列伝(感想文09-29)で彼女が登場し、印象に残ったので、自伝的なものはないかと調べ、本書にたどり着いた。

日本語でメアリー・アニングについて書かれた本は非常に少ない(英語でも少ないみたい)。しかし、本書は、メアリー・アニング関連本としては、唯一無二でありながら、ものすごく丁寧且つ綿密な調査に基づき描かれた良書である。

印象に残ったことを記しておこう。

何と言っても生い立ちがスゴイ。生後15か月の時に雷に打たれる。一緒にいた他の3人は亡くなるが、アニングだけが生き残る。雷で天啓を受けたのか、聡明な人間へと成長していく。

化石は貧しかったアニング一家の生活の糧だった。時代的には博物学の全盛期であり、化石マニアがこぞってアニング家の化石を購入した。化石を高く購入してもらうために化石について学び、その情報が付加価値となり、値段をつり上げた。

ウォレスがブラジルで珍しい動植物の標本を4年の歳月をかけて集めて売ろうとしたように、珍しい生き物やその化石なんかは、当時は熱烈なコレクターがいて、結構良い商売になった。メアリーだけがそういうことをしていたのではなく、その時代には強いニーズがあったので、商売が成り立った。

さて、本書の副題にあるように「恐竜学」がまさにその頃ひらかれていった。リチャード・オーウェンが「恐竜」という名称を提唱したのが、1841年。古代に恐竜がいて、何かが原因で絶滅した、というのは今となっては当たり前に信じているけれど、当時はそんなことは誰も考えつかなかった。

地球の年齢も分からないし、どうして生物がこんなに多様なのかも分からない。神様が作ったと考えられていたし、進化したり、変化したりするなんて、アリエナイと一般には考えられていた。

ダーウィンが進化論を提唱するのが、1859年。のちに恐竜の命名者であるオーウェンダーウィンは激しく対立する。最終的には進化論が正しいであろうことが世の中に案外すんなりと受け入れられるのだけれど。

進化論は、博物学の終焉も意味する。少しずつ変化するのが生物であるとするなら、全ての生物標本を集めたいという欲求はナンセンスということでもある。集めること自体が知的に貢献するという時代は過ぎ去ったのだ。

アニングは生物学が大きく変貌する時代に生き、化石発掘という商売が成り立つほんの短い時期に大きな仕事を果たした。古生物学者というよりも、化石採掘販売業者という方がふさわしいけれど、それはアニングの家庭の経済状況を鑑みるに仕方のないことに思える。

アニングは今生まれ故郷のイギリスで再評価されようとしている。彼女が果たした科学的な役割は決して小さいものではない。採掘販売それ自体が科学的な探求心を原動力としていないかも知れないし、古生物についての深い知識や造詣がセールストークの一部になっていたとしても、彼女の功績を減ずることはない。

アニングが生き生きと描かれた本書は、読者を生物学激動の時代のイギリスへ連れて行ってくれる。そして、その時代だけに華開いた煌びやかな才能は、読者を今でも魅了する。

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(感想文の感想など)

イギリス紙幣にアラン・チューリング氏という記事があった。そういえば、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者」の秘密という映画を見たけれど、この写真のチューリングによく似ていたのだなと感心した。

興味深いのは、チューリング以外に紙幣の最終候補者となったのは、11組いて、そのうちの1つがメアリー・アニングだ。マクスウェルやラザフォードなど錚々たるメンバーに名を連ねている。いつか紙幣になる日が来るだろうか。その前に紙幣は消滅してしまうかもしれないけれど。