40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-26:レアメタルの地政学 資源ナショナリズムのゆくえ

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地球にはレアメタルと呼ばれる希少金属が偏在している。例えば、ノーベル賞を受賞して話題になったリチウムイオン二次電池のリチウムはアンデス山脈沿いからのみ産出される。

レアメタルの偏在性は売り手の「独占」を生み出し、売り手が価格をコントロールする。偏在による独占が本書の資源ナショナリズムを育む土壌となる。

そしてミクロ経済学の観点でもう一つ見落としてはいけないのが「負の外部性」だ。レアメタル産出に伴う環境負荷は非常に大きい。当然、その負荷は偏在する土地に害を及ぼす。しかしながら、レアメタルを活用して生まれた財やサービスは、クリーンテクノロジーを標榜しており、環境被害が見えないようになっているばかりか、クリーンテクノロジーを推進すれば推進するほど、地球環境を悪化させていく。

日本で2020年7月1日からレジ袋が有料化された。本日、コンビニで、たまごサラダのコッペパン、エビマヨの海苔巻、野菜ジュースを購入し、持参のエコバッグに詰めた。だが、パン、海苔巻はプラスチックで包装され、野菜ジュースもプラスチック製のパックだ。本日の買い物でプラスチックゴミの総量のうち、レジ袋が占める割合はごくわずかだろう。

レジ袋の有料化はやらないよりマシかもしれないが、抜本的な解決策にはならない。プラスチックは便利だし、それなしでは今さら生きられない。エコバックの利用がエコロジーへの気休めになるかもしれないが、レジ袋を減らすことやバイオプラスチックに代替することが、真に地球環境に良い影響を与えているのだろうか。もしかしたらかえって地球環境の悪化に加担しているかもしれない。

さて、本書の著者はであるギヨーム・ピトロンさんは、1980年生まれで、資源地政学を専門とするフランス人ジャーナリストだ。そして資源ナショナリズムを強く示している国家とは、それは言わずもがな中国だ。

中国は偏在するレアメタルの存在とその有用性にいち早く気づき、長期的な国家戦略を策定し、着実に実行していった。胡錦濤体制で序列第3位にまで上りつめた温家宝(1942-)がその中心人物で、なぜなら彼は地質学を専攻していたからだ。このあたりが中国の指導者層の恐ろしさだ。きちんと科学を学んでいる。手強い。

私の理解での中国のレアメタル戦略を説明してみよう。まずは独占状態をつくることから始まる。他国に競争相手がいれば、価格競争で圧倒する。価格を下げられる理由は環境負荷のコストを無視するからだ。国が主導しているので環境規制もないに等しい。人民が反対することもない。

続いて、相手国をレアメタルなしではビジネスができないようにする。独占してしまえば、価格交渉権は売り手である中国が握ることになる。価格ばかりかレアメタルを売る売らないは中国の胸先三寸だ。輸出が難しいと言い出し、中国で製品を生産するよう誘致する。ゆるい環境規制と安い労働力と土地もセットになっている。

こうして中国で製品を生産しているうちに、技術が盗まれる。いつしか先進国の技術的優位性が失われ、そうこうするうちに色んな理由を付けて、中国から工場の撤退を余儀なくされる。気づけば、品質は低いが安く量産できる中国企業に市場を奪われる。中国企業は大きくなり、先進国の企業は衰退し、買収される。先進国は中国が生み出す、レアメタルを使った製品を買うようになる。

中国で作られたマイクロプロセッサーなどの電子部品があらゆる製品に使われるようになる。そして脅かされるのが国防だ。中国からトロイの木馬が持ち込まれているかもしれないが、もはや確かめようもない。さらには情報産業も宇宙産業も同様だ。

2020年6月30日に米連邦通信委員会FCC)が、華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)を国家安全保障上の脅威に指定した。今まさに起きていることとつながっている。その背景にあるのは中国のレアメタル戦略であり、資源ナショナリズムだ。

だがこの話は、中国が悪いから排除せよということで終わらない。中国のレアメタル戦略は環境悪化の容認とワンセットだからだ。

温室効果ガスの排出でトップになった中国に関する各種の数字は注目すべきだろう。耕作地の10パーセントは重金属類で汚染され、地下水からくみ上げる井戸の80パーセントは飲料に適していない。しかも、中国の主要500都市のうち、大気の質が国際基準に適っているのは5つの都市にすぎない。大気汚染を原因とする年間死者数は300万人近くに上る。(p.039)

中国が環境汚染で被害に合うのは自業自得と言えない。環境汚染に見て見ぬ振りをして加担してきたのは先進国であり、また人や動物が住めない土地が増えていくと、人類みんなが困る。土地だけでなく水圏も汚染されている。

生態系への人間の活動の影響という問題を何も解決していない。問題を移しただけた。現在の環境破壊の危険を抑制したいという熱意は、われわれを深刻な環境危機に陥らせているのだ。(p.053)

プラネタリー・バウンダリー(感想文20-16)で言われるように不可逆的に生態系は破壊されてしまっているかもしれない。各国が利益追求に走る。レアメタルの偏在性が、独占を生み出し、負の外部性を無視し、共有地の悲劇が起きる。いずれもミクロ経済学で習うことばかりだ。

金属の世界消費は年間3~5パーセントの割合で増加しているため、「今後、2050年までの世界需要をまかなうためには、人類が誕生して以来採掘したよりも多くの金属を掘り出さねばならない」。くどいようだが、2500世代に相当する過去7万年に消費したよりも多くの鉱物を、将来のわずか1世代で消費するということである。(p.166)

レアメタルの消費量は増加している。SDGsエコロジーだと声高に叫びながら、本質を見ようとしていない環境保護団体をも著者は批判している。

環境保護団体の論理には矛盾がある。持続可能な世界を望みながら、それが引き起こす影響を批判しているからだ。エネルギー転換とデジタル転換は油田からレアメタル鉱山への転換を意味し、地球温暖化との闘いは鉱山を必要とする。当然、その責任は引き受けるべきだと認めないわけにはいかないはずだ。(p.184)

「黄色いベスト」と底辺からの社会運動(感想文20-23)で書いたように、フランスでの燃料税増税であれだけの激烈なアレルギー反応が起きている中で、レアメタルの鉱山開発を自国で行うことに賛同が得られるだろうか。パリ協定が合意された地であるフランスで環境への意識が高い。だが理想と現実に乖離がある。

自国中心主義が跋扈し、激しく対立している現在、日本はどうすれば良いだろうか。領海内の海底や宇宙の小惑星など新たな採掘地を探し求めるのか、都市鉱山と呼ばれる廃棄される家電製品からリサイクルを目指すのか、レアメタルを使わない(あるいは少ない量で済む)ための研究開発を進めるのか。いずれも大事な方策であろうし、持たざる国として知恵を絞っていくほかない。

中国のレアメタル戦略には持続可能性はなく、そこから脱し、真に環境保全に貢献する研究開発やビジネスの仕組みを作り上げていくことが重要だろう。