40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文11-37:海賊の経済学

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※2011年9月1日のYahoo!ブログを再掲

 

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海賊といって思い出すのは、パイレーツ・オブ・カリビアンONE PIECEだ。ほんの少し前まで、海賊といえばフック船長だったけれど、今じゃすっかり、ジャック・スパロウとルフィにお株を奪われてしまっている。

さて、本書。タイトルが何ともシンプルで奇妙。海賊に経済学も何もあったもんじゃないという感じだ。著者は、ピーター・T・リーソン。1979年生まれ。ジョージ・メイソン大学経済学部教授。若っ!っていうか年下なのに教授!

タイトルを見て分かるように、ちょっと流行っている~経済学シリーズに位置付けられる。これまでに読んだのは超ヤバい経済学、 ヤバい社会学あたり。

ちなみに訳者は、山形浩生さんで、その数学が戦略を決める(感想文10-91)数学で犯罪を解決する(感想文08-40)〈反〉知的独占(感想文13-17)を読んだことがある。なかなか刺激的な本ばかりだ。

著者は若いだけでなく、ぶっ飛んでいる。

経済学への関心は海賊への興味とほぼ同じくらい古いものだし、しかもずっと深い。右腕には、需要供給曲線の刺青をしているのだ(17歳のときに入れた)。

17歳の時に右腕に需要供給曲線の刺青を入れるなんて完全にクレイジーだ。さらには、

本書の献辞で彼女に結婚を申し込んだ。

とのこと。間違いなくサプライズだろうけれど、刺青にしろプロポーズにしろ、思い立ったらやってしまうタイプの人間なんだろう。

さて、中身に移ろう。まずはそもそも当時(18世紀)の海賊について。

ほとんどの人は、海賊船の乗組員がかなり少数だと思っているけれど、実際にはこの政治組織はかなり大きい。1716年から1726年にかけての海賊船37隻の数字を見ると、平均の乗組員数は80人だ。

麦わら海賊団よりは遥かに規模が大きい。80人も乗船していることを考えると、移動する中小企業って感じだ。企業と言ったのは、まさしく海賊が経済の原理に則り、利潤を追求する行動をしていたからなんだ。

1716年から1726年にかけて、船乗り4千人ほどが海賊稼業に引き寄せられた。

普通の船乗りだった人が、海賊稼業にトラバーユ(って古い)。船乗りの職場環境は相当劣悪だったらしい。今風に言えばブラック。それに引き換え、海賊は捕まったらおしまいだけれど、稼ぎは良いし、民主的!なのだ。

通俗的な思い込みとは裏腹に、ほとんどの海賊は強制されたわけではなく、志願者だった。海賊たちは強制するよりは、自主的に仲間になる人物を選んだ。(中略)単純な費用便益計算の結果だった。

しかも、自ら進んで海賊になった。捕虜とか奴隷とか強制的にとかそういうのじゃない。むしろ自発的に海賊になってくれないと、ちゃんと働かないし、かえってコストがかかってしまう。

海賊黄金時代に活躍していた平均的な海賊船は、なんと船員の平均25~30が黒人だったということになる。

奴隷解放宣言の1862年よりもはるか前に海賊船では、黒人がちゃんと人間として扱われていた。海賊は血も涙もない(実際にそういうこともあったけれど)のではなく、経済合理性から黒人もほかの人と同じように扱っていた。むしろ、血も涙もない行動自体も、経済合理性に来るものだったんだ。

さて、本書で印象的だったことを挙げておこう。それは海賊旗。ドクロの下に骨のバッテンのあれだ。

髑髏と骨の旗は、本当に海賊史に登場する重要なものなのだ。海賊たちはこの旗を「陽気なロジャー」と呼んだが、これはかれらの利潤最大化を実現するにあたり、とても重要な役割を果たした。

海賊旗のことはジョリー・ロジャーJolly Roger)と呼ばれる。ONE PIECEの海賊王ロジャーはきっとこれに由来しているのだろう。たぶん。

「陽気なロジャー」は血に飢えた海賊の紋章よりは、獲物と暴力的な交戦を避けたいという海賊の強い願いを反映したものだった。(中略)海賊だということを潜在的な標的にシグナルすることで、陽気なロジャーは血みどろの戦闘を回避するのに役立った。

海賊旗は、「俺たちは海賊だ。抵抗する奴には容赦はしない。大人しくした方が身のためだ」というシグナルだ。南米に住むかカラフルなカエルしかり、チンピラのヘアスタイルや独特のファッションしかり。危険だからうかつに近寄るんじゃないぞというシグナルだ。

実際に戦闘能力や攻撃力を保有しているのにもかかわらず、なるべく争いごとを避ける。そして、コストをかけることなく利益を上げる。これが海賊の商売の基本だ。そのために海賊旗が役だっていたといえる。

政府(ガバメント)と統治(ガバナンス)との根本的なちがいは、前者が必ず武力を元にしているのに対し、後者は必ずしもそうとは限らない、ということだ。政府が統治を提供するとき、それは武力に基づく。でもマンション管理組合のような民間組織が統治を提供するとき、それは自発的な合意に基づく。

ということで、海賊は政府に敵対する組織であるので、ガバメントは期待できない。そこでガバナンス=自発的な合意に基づいてマネジメントがなされる。コーポレート・ガバナンスとか結構ガバナンスが叫ばれる現在において、存外海賊の仕組みは参考になるのかも知れない。

あらゆる場合に最高の効率を発揮するようなマネジメント形態なんてものは存在しない。(中略)海賊の「労働民主主義」から学ぶべきなのは、民主的マネジメントがあらゆる場合に望ましいということじゃない。むしろ、利潤に企業の組織形態を決めさせるのが、あらゆる場合に望ましいということだ。

ふむ。利潤に企業の組織形態を決めさせるのが、あらゆる場合に望ましいとな。こんな素晴らしいことをまさか海賊から教わるとは。。。

最後に、ONE PIECEに登場する黒ヒゲのティーチは実在していたとのこと。

エドワード・ティーチ、別名黒ヒゲ(ブラックビアド)として知られる悪名高き海賊

知らなんだ。ちなみに白ヒゲは設定上、エドワード・ニューゲートというのが本名。ということで、白ヒゲはファーストネームをとってきているんだね。実在の有名な海賊の名前をちょこちょこ借りているようだ。

著者の破天荒さのわりに、本書は結構、真面目な本だ。海賊という特殊な組織を通じて、経済学の普遍性と応用範囲の広さを思い知らされる。

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(感想文の感想など)
2020年4月11日付CNNの記事「海賊を漁師に」、漁業育て海賊撲滅を目指すNGO ソマリアが興味深い。18世紀にブラックな職場に嫌気を指して船乗りが海賊に転職したように、海賊にもっと儲かる漁業ビジネスを紹介して漁師に転職させる仕組みだ。

人質の経済学(感想文17-24)のように海賊行為による人質誘拐からの身代金要求ビジネスは行き詰まったのだろう。地中海ではないのでヨーロッパへの密入国斡旋ビジネスにピボットする地の利もないので、漁業はピッタリの転職先だったのかな。共有地の悲劇を回避したサステナブルな漁業を続けないと、再び海賊に戻ってしまう人もいるだろうな。