40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-31:インドの鉄人

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鉄のあけぼの (感想文15-16)の感想文の感想で言及した本書。早速、図書館で借りて読んでみた。

今、世間は半沢直樹で盛り上がっている。我が家も珍しく録画して家族(小3の次男除く)で見ている。IT業界の買収劇で、中1の長男も熱くなって視聴している。

2013年には「倍返し」が「ユーキャン新語・流行語大賞」で年間大賞の一つとして選出され、社会現象にもなった人気ドラマの7年ぶりの続編だ。さすがに当時は新鮮だった演技も、今となってはしつこさが鼻につき、パワハラコンプライアンス違反満開の時代錯誤感が気になるが、それでも視聴率は高い。

しかしだ。本書の実際にあった買収劇のあまりのスケールの大きさに圧倒される。小さな島国のこすっからい時間外取引とか(これも実際にあった案件がベースになっているが)、銀行員の自己保身と醜い出世争いの人間模様が、すっかり霞んで色あせて見えてしまう。

グローバルな鉄鋼業界の苛烈な買収競争と防御策と交渉は、読者を熱くさせ、そして胃も痛くさせる。買収する側もされる側も、巻き込まれる第三者も、新規参入者も、政治家も、投資銀行も、PR会社も、株主も、投資家も、それぞれがそれぞれの思惑が入り混じって、翻弄され、浮き沈みを繰り返す。

半沢直樹の原作も確かに面白いけれど、本書も大変に面白い。登場人物がとてつもなく多く、誰がどっちの人間でどうなっているのか、混沌とするけれど、全世界を舞台とした巨大買収劇は事実だからこそ描けた究極のエンターテインメントとも言える。

さて、まずは鉄鋼業界の特徴を整理してみたい。

最大の問題は、鉄鋼業界が世界中に分散していることにあった。年間1億トン、つまり全世界の総生産量の10%にあたる鉄鋼を生産している会社は1社もなかった。このゲームで肝心なのは、合併によってより数少ない、より強力なビッグプレイヤーになることだった。そこではじめて鉄鋼業者は価格を決める力を獲得し、収益性と株価を上げることができるのだ。(p.11)

そもそも鉄鋼業は国策と不可分であり、だからこそ世界中に分散している。各国の総じて小さなプレイヤーが生産しているので、限界費用まで価格は下がってしまうのだ。

どうすればいいか。合併によって、プレイヤーを減らし、自らも大きくなることだ。寡占化へ移行し、独禁法に引っかからない程度に価格をコントロールして、収益を上げる。理屈はわかるが実際には難しい買収の数々を手掛けてきたのが、鉄鋼王と呼ばれるラクシュミ・ミッタル(1950-)だ。

そこには技術革新はない。生産者の市場を買えていくだけだ。買収を繰り返し、巨大企業へと成長し、生産量では世界1位となったミッタル・スチールが狙うは、当時、生産量は2位だが売上が世界1位のアルセロール社だ。

アルセロールもユジノール(フランス)、アセラリア(スペイン)、アーベッド(ルクセンブルク)の3社が合併して発足した。アルセロールはヨーロッパ随一の鉄鋼会社であり、そこがインド人の会社に買収されることについて、大きな抵抗感を持つ人は少なくなかった。

ミッタルの買収提案に対して、彼(*ドヴィルパン仏首相)は再び「経済的愛国心」という言葉を使った。前年、アメリカの巨大飲料メーカーであるペプシコが、フランスの食品グループのダノンに仕掛けた、敵対的買収に猛反対をしたときに使った言葉である。(p.157)

結局、ペプシコがダノンに敵対的買収を仕掛けることはなかった。しかしながら、グローバリズムナショナリズムが対立している中であっても、企業が愛国心と同居するように錯覚してしまうこともままあるのだ。

アルセロールは別の合併先を探した。その中には新日本製鐵も候補に上がっていた。

日本は文化的な違いが大きく、法人として新日鉄は非常に閉鎖的である可能性があった。日本人は交渉にやたらと時間をかけるので評判が悪く、アルセロールは日本人を尊敬してはいたが、彼らとゆっくり時間をかけている余裕がなかった。だがマイケル・ワース(*アルセロールのCEO代理)の見解ではこれこそが最高の組み合わせかもしれなかった。(p.212)

違う世界線ではアルセロール新日鉄みたいな会社が生まれたかもしれない。その後、ホワイトナイトとして期待されたのが、ロシアの鉄鋼王率いるアレクセイ・モルダショフのセヴェルスターリだ。アルセロールからするとロシアかインドかの二択に迫られる。しかし、鉄鋼業界のゲームを制したのはミッタル社であり、インド人だった。

鉄鋼業界という私の仕事にも人生にも直接的にはこれっぽっちも関わりのない業界であるが、それでも大型買収はドラマがたくさん詰まっている。基本的にはミッタル視点とアルセロール視点で語られるが、投資銀行を中心にするとまた違ったドラマになるだろう。

調べてみると、買収のノンフィクション本は存外少ない。もうちょっと買収に関連する本を読んでみたかった。

さて、最近の事例といえば、2019年3月に成立した伊藤忠商事によるスポーツウェア専門メーカーであるデサント社の敵対的TOB(Take Over Bid:株式公開買付)だ。伊藤忠商事といえば、傘下のファミリーマートにもTOB(敵対的ではない)を行ったことが話題になった。

ビジネスは常に動いており、国際情勢、感染症、地球環境問題にも影響を受ける。昨今のコロナ禍で疲弊している業界もあれば、儲かっている業界もあるだろう。買収や合併が水面下で起きていることだろう。