40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文10-87:ポジティブ病の国、アメリカ

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※2010年11月21日のYahoo!ブログを再掲

 

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ルポ 貧困大国アメリカII(感想文10-76)に似た、アメリカの病状について的確に捉えた一冊。

著者はアメリカ人女性で、生物学の博士課程を取得している、懐疑主義者。まあ、疑うことのできない人間は科学者には向いてない。っていうか、科学の世界では、ある種の疑い方がトレーニングされる。

ポジティブ病っていうのは、あんまり聞いたことがない言葉。そもそも、ネガティブよりもポジティブの方がいいように思えるし、ポジティブって言葉自体に善のイメージがある。

しかし、経済が低迷し、さらに格差が広がりつつあるアメリカにおいて、解雇されてもキャリアチェンジのチャンスだとか、病気になったら自分を見つめ直すチャンスだとか、ネガティブなニュースは見てはダメだとか、そういう行きすぎたポジティブ・シンキングを強要されるアメリカ社会に厳然と批判する著者の姿は、清々しくさえある。

アメリカを批判すること自体、ネガティブであるとされ、ほとんど聞いてもらえないばかりか、ポジティブ病に侵されているので、排除される恐れさえある。そういう中で、この異常さを異常だという当たり前の主張は、実は非常に難しいことでもあるのだ。

著者がポジティブ病に気づいたきっかけは、本人が乳がんに罹患したことを端緒としている。

私は、乳がんをわずらったことで美しくならなかったし、強くも、女らしくも、高潔にもならなかった。「贈り物」だという人もいるが、乳がんがくれたものといえば、アメリカ文化に存在するイデオロギーの力との、ごく私的な、苦痛をともなう出会いだった。

ポジティブ病の根本原因を紐解いていくと、アメリカの歴史に突き当たる。ヨーロッパから新大陸であるアメリカに移り住んだ人々の心の支えは、キリスト教で、カルヴァン主義だった。予定説(あらかじめ天国に行くか地獄に行くか決まっている説)であるため、天国に行く人間であることを自覚するために、禁欲的に勤勉に働いた。

こうして、ある意味で、アメリカが経済的に発展する基盤となった。このことは、マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で展開されているとのこと。

とはいえ、これは信者には耐え難いほどの苦痛だった。笑顔や幸福感は否定され、ただただ禁欲的に働くことに耐えられるほど人間は強くはなかった。

アメリカでカルヴァン主義にとってかわったのは、快楽主義でもなければ、自発的な感情をたんに重んじるという考え方でもなかった。ポジティブ・シンキングの提唱者は、やはり感情は信用を置けないものであると考え、人は自分の内面をつねに監視しなければならないと主張した。

ということで、カルヴァン主義から、ポジティブ・シンキングアメリカはシフトした。そうして、ニューソート(New Thought)運動(創始者はフィニアス・パークハート・クインビー)が始まり、クリスチャン・サイエンス創始者はメアリー・ベーカー・エディ)へと広がっていく。

そして経済発展とシンクロして、ポジティブ・シンキングはますます広がっていく。

ポジティブ・シンキングは、雇用者の手によって、19世紀にこの思考法に賛同していた人びとならば意外に思うようなものに変わった。起き上がって元気に生きていくための励ましではなく、職場でソーシャル・コントロールをするための手段になり、いっそう高いレベルで仕事をこなすための刺激になったのだ。

働く人にとって、カルヴァン主義時代の怠け心を常に監視し、排除する状態から、ネガティブな心を常に監視し、排除する状態へと移行した。しかし、その移行は、雇用者によってそれが取り入れられた意向でもあるのだ。その結果

アメリカという国では、「ポジティブ」であることはふつうであるに留まらず、規範にさえなっている-そうあるべきだとされているのだ。

ポジティブが規範化しているというのが、まさにアメリカの病的なところだろう。だからこそ、

アメリカは世界の抗うつ薬の市場の3分の2を消費 

しているのだ。

しかし、このポジティブ病がついにはアメリカ経済を崩壊させる一因になったとする著者の主張は皮肉なものだ。

企業のリーダーは経営の「学問」をなおざりにし、不明瞭になる一方の世の中を明瞭に説明する新しい方法を、悪戦苦闘しながら模索しはじめた。(中略)アメリカのビジネス界は、従来の方法をはねつけるだけでは飽きたらず、一種の反合理性にとりつかれた。

ポジティブにとりつかれた企業のリーダーが、学問でなく、あくまで直感で企業の道を決めるようになった。リスクを無視し、楽観的に未来を予測し、その結果がサブプライムローンの破綻につながり、今もなおアメリカは立ち直れないでいる。

しかし、ポジティブ病が治る気配はなさそうだ。むしろポジティブ病の深みにはまろうとしている。ポジティブになるためのコーチング業が流行り、キリスト教の教えのきわめて過酷な部分をとりのぞき、その代用にポジティブ・シンキングを取り入れたメガチャーチが隆盛を極め、科学的根拠の薄弱なポジティブ心理学なるものに学生が集まる。

ポジティブにふるまえば成功に至るという主張は自己充足的になっている-少なくとも、ポジティブにふるまわなければ、たとえば自分の雇用者や、同じ宗派の信者にすら拒絶されるなど、はなはだしい失態につながりうるという意味において。

深刻なポジティブ病に罹患したアメリカはしばらく苦しむかもしれない。ポジティブ・シンキングに代わる新しい心的基盤は何になるのか。先鋭的なアメリカの様相はいつだって興味深い。

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(感想文の感想など)

改めて10年前の感想文を読み直すと、いろいろと考えさせられる。ボジティブ病は、厳格なキリスト教への反発という意味で、反知性主義(感想文15-27)とも似ている。っていうか、時期的にも結構、重なる。

主要人物は、
・チャールズ・フィニー(1792-1875)…第二次大覚醒の主要な指導者
・フィニアス・クインビー(1802-1866)…ニューソート運動の創始者
・メアリー・ベーカー・エディ(1821-1910)…クリスチャン・サイエンス創始者
・ドワイト・ムーディー(1837-1899)…第三次大覚醒の代表的な伝道者、牧師

となるが、あかん、よくわからん。そもそもキリスト教にさっぱり詳しくない。正直に言えば、そんなに真面目に学びたい業界でもない。ただ、アメリカを知るためには不可欠な要素ってことはわかっている。

厳格すぎるカルヴァン主義に耐えかね、ポジティブに働くことを良しとし、ボジティブが規範となり、そのためにオピオイド系鎮痛薬が処方されて、ケミカルにハッピーになる(ハッパノミクス(感想文18-11)参照)。
何とも救われない話。