40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文16-28:マネー・ボール

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※2016年8月30日のYahoo!ブログを再掲

 

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前から気になっていたけれど、読んでなかった本の一つ。

オークランド・アスレチックスの実在のゼネラルマネージャーであるビリー・ビーンが貧乏球団を強くするために「セイバーメトリクス」という手法を用いて野球界に起こしたある革命を描いたノンフィクション小説』だ。

セイバーメトリクスと言えば、もしドラ(感想文10-35)ルーズヴェルト・ゲーム(感想文12-57)でも登場する。ウィキペディアによると『野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法』とある。

非常に簡略化して言えば、勝利を被説明変数とした場合、何が重要な説明変数なのだろうか、それを明らかにすることと言えよう。打者であれば、旧来から重用されている打率や出塁率や打点や本塁打数や長打率や盗塁数のどれが重要なのだろうか。あるいはそこにない別の勝利に強く相関する指標があるのだろうか。

仮説やデータ分析が好きな私にとって非常に感化される作品だ。旧態依然とした価値観を統計学によって破壊する。野球を知らなくても、経験がなくても、運動音痴でも、正しいデータと優れた仮説があれば、強力な答えが返ってくるのが実証分析の面白さだ。

アスレチックスの成功の原点は、野球の諸要素をあらためて見直そうという姿勢にある。経営の方針、プレーのやりかた、選手の評価基準、それぞれの根拠…。(中略)新しい野球観を探索したと言ってもいい。(中略)研究成果にもとづいて、安くて優秀な選手を発掘していった。

その当時は弱い根拠(スカウトの目利きや言い伝えなど)に基づいて、選手が選ばれ、起用され、活躍し、給与をもらっていた。給与の根拠は必ずしも勝利への貢献度合いに基づいたものではなかった。

そこに貧乏球団であるアスレチックスにとって魅力的な市場が存在したのだ。不当な評価によって過小評価されている選手がおり、その価値を正当に把握できるアスレチックスにとって、その価格差がビジネスとなるのだ。

例えば、既存の市場価値では低いと見做されていた選手をより正当に評価し、なおかつ安く雇用する。その活躍が認められ、市場価値が高くなると他球団に売り払う。これがアスレチックスのビジネスモデルだ。貧乏球団であるにも関わらず、アスレチックスは経営(マネー)と野球(ボール)を見事に両立していく。本書ではその姿が丁寧に描かれている。

新世代の意欲的な人々は、誰かの”効率の悪さ”が別の者にとって”チャンス”なのだと身にしみてわかった。古いタイプの人々も、”頭の良さ”と”金儲け”には密接な関係があるとあらためて思い知った。

結局は旧態依然とした野球価値体系がアスレチックスにとっての大きなビジネス・チャンスとなった。他の人が分かっていない方法を用いて、一人勝ちできる状況を生み出した。いつの日かはバレてしまい、通用しなくなるのだとしても。

選手たち自身は誰ひとり気づいていない。実験室の鼠には、実験の詳細は知らされていないのだ。(中略)フロントが攻撃力を数学の問題へ単純化してしまったことなど、伝えられていない。選手たちを野球のたんなる必須成分とみなして、彼らのファンやら母親らが愛してやまない内面の美点-勇気、度胸、一徹さなど-に目もくれていないとは、選手本人たちは想像だにしていない。

しかしながら、興味深いのは選手たち本人すらアスレチックスのビジネスモデルを理解していないということだ。ビリーがいなければ埋没してしまった選手はたくさんいて、彼らにとっては活躍の機会を与えられたということで非常に喜ばしいことだろう。一方で、何を評価されたのかほとんど分かっていない選手もいるし、市場価値が高くなったから他球団に売り払われた選手もいる。

プロとして野球で生活する。そのことは極めて限られた人にだけ与えられるチャンスであり、そのチャンスに恵まれることは大きな喜びであろうが、アスレチックスでプレイすることが果たして本人にとって幸せだったのだろうか。選手は驚くほどドライに評価され、雇用され、解雇された。より安くより強く。その最適化のために選手の人生はたやすく変えられていく。

試合についても選手についても、自分自身の過去についても、ビリー・ビーンはけっして感傷的にならない。もっと高尚な感情を優先する(いや、優先しようとする)。

本書で誰よりも印象的で魅力的な登場人物はGMであるビリーだ。余計な感情に左右されないように努力しながらも、全くコントロールできない感情の渦に飲まれてしまう。人間的な魅力に溢れていると同時に、狂気に支配されている。

データ化と実証分析は今後ますます多くの分野で活用されていくだろう。本書は野球という身近なテーマにおいて統計学の強力さを知ら示している。残念なのは、登場する選手たちがどういう人なのか、私がほとんど分からなかったってこと。メジャーリーグに詳しい人はより一層楽しめると思う。

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(感想文の感想など)

そういえば、セイバーメトリクスのセイバーって何だろうって改めて疑問をもち、調べてみたら、アメリカ野球学会の略称SABR (Society for American Baseball Research) とのこと。ひとつ賢くなった。