40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-37:「役に立たない」科学が役に立つ

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そろそろノーベル賞発表の時期だ。日本人が受賞すれば盛り上がり、受賞者は必ずといっていいほど「基礎研究が大事だ」と主張し、それをメディアが取り上げるけれど、何も変わらない、ってのが繰り返される。そろそろ日本人の受賞候補者が枯渇しそうであるが、基礎研究への投資を怠った結果であるので致し方ない。

本書は、2017年にプリンストン大学出版から刊行されたThe Usefulness of Useless Knownledgeの翻訳です。原著は、プリンストン高等研究所の2人の所長、エイブラハム・フレクスナー(1866-1959)とロベルト・ダイクラーフ(1960-)のエッセイで構成されています。(p.v)

プリンストン高等研究所とは、1930年設立のアメリカにある私立研究所だ。プリンストン高等研究所はそれはそれで大変面白い歴史があるので、そのことは別の本を読んで勉強し、改めて文章にしてみたい。

本書は、初代所長であるフレクスナー博士と現所長であるダイクラーフ博士の文章で構成されている。ちなみにダイクラーフ現所長の文章が先というか前座で、フレクスナー現所長がトリという並びだ。

文字サイズが大きく、100ページちょっとなので、文字数自体はそんなに多くない。さらりと読むことができる。しかし、その内容は浅くはない。むしろたくさんの深い思慮と示唆に富んでいる。

実のところ感想文を書こうとしては、迷子になり、本書を何度も読み返すことになった。

イクラーフ現所長は、現在のアメリカ政府が科学研究費を削減し、学問の地位が脅かされていることを強く危惧している。本書が出版された意図は、基礎研究への公的資金投入への賛同者を増やすことであることは自明であるし、日本で邦訳が出版されたのもまた同様の理由だ。

続いて、フレクスナー初代所長のエッセイを読んでいく。原文が出版されたのは1939年であり、日本は暗殺政治(血盟団事件(感想文14-17)参考)が終わり、ノモンハン事件があり、太平洋戦争へと突き進む頃だ。

アメリカはどうだったか。1929年に世界恐慌があり、1933年に大統領となったルーズベルトニューディール政策を実施、そしてマンハッタン計画が始まるきっかけとなるアインシュタイン=シラードの手紙が送付され、最終的には広島と長崎に原爆が落とされる。

世界では、1939年9月にナチス・ドイツスロバキアポーランドに侵攻し、英仏がドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦の火蓋が切られる。

そんなきな臭い時代にフレクスナー初代所長はエッセイを書き、発表した。

「有用性」という言葉を捨てて、人間の精神を解放せよ、と主張しているのだ。(p.85)

精神と知性の自由こそ、圧倒的に重要だ(p.90)

精神の解放、知性の自由、好奇心の重要性をくり返し訴えている。

今日の世界を覆う雰囲気の中にあって、強調しておくべきは、戦争をより破壊的でより悲惨なものにする上で科学が果たした役割は、科学活動の無意識の副産物であり、科学者は誰もそれを意図していなかった、ということだ。(p.73)

このエッセイが発表された時点でフレクスナー初代所長は原子爆弾開発の帰結と非道さを予見できなかった。性善説に則った科学者像は現代では通用しない。フレクスナー初代所長のエッセイからは、科学への無邪気な信頼と未来への可能性を読み解けるが、戦争という悲惨な国際情勢にありながらも、量子物理学が花開いていくノリノリの時期だからこそにも思える。

再びダイクラーフ現所長のエッセイに戻ろう。本書を読む人は、通読してからダイクラーフ現所長のエッセイをもう一度読み直して欲しい。そうして気づくのだ。前座じゃないことに。こちらがメインで、フレクスナー・エッセイが参考資料なのだということを。

2度目でようやく「基礎研究大事だからカネくれ」というような短慮な話ではないことがわかってくる。むしろ、自分自身の浅はかさが白日の下に晒される感覚になってくる。

科学は真に世界を結び、普遍性をもつ事業なのだ。(p.50)

なるほど。「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」というパスツールの言葉を思い出す。なぜ科学が大事なのか。なぜ基礎研究が大事なのか。

テクノロジーには光と影の側面があるが、人類が得た知識は人類を幸せにする力を持っている。自国第一主義の台頭、GAFAを始めとするグローバル企業による支配、ますます脅威となる気候変動など、世の中が大きく変動している中で、科学の重要性は増している。

イノベーションと科学の関係や大学改革などの論考をたくさん読んできたせいか、すっかり科学の本質を見失っていた気がする。大事なことなのでもう一度、引用しておく。

科学は真に世界を結び、普遍性をもつ事業なのだ。

今ほど科学や基礎研究が大事な時代はない。なぜなら地球の危機なのだから。