40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文21-14:フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔

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本書の著者は、高橋 昌一郎さん。これまで高橋さんの著作では、知性の限界―不可測性・不確実性・不可知性(感想文10-46)理性の限界―不可能性・不確定性・不完全性(感想文11-26)を読んだことがある。

本書の主人公はジョン・フォン・ノイマン(1903-1957)。ノイマンの名前と顔写真はボケてのお題で使われているので知っている人も多いだろう。お題「コンピュータを発明したとき、ノイマンはこう言いました」→ボケ「コンピュータができた」

人類史上稀に見る天才ノイマンは、数学における「集合論」と物理学における「量子論」の進展に大きく貢献し、過去に存在しなかった「コンピュータ」と「ゲーム理論」と「天気予報」を生み出した。彼の生み出した「プログラム内蔵方式」の「ノイマンアーキテクチャー」がなければ、現代のあらゆるコンピュータ製品はもちろん、スマートフォンも存在しない。(中略)ノイマンは、いわゆる「科学者」や「研究者」の範疇に留まらない「実践家」だった。(p.259)

にあるようにノイマンは、一概に比較できないとはいえ人類歴代天才ランキングで上位に食い込む人物であり、コンピュータを発明し、原爆を生み出し、ゲーム理論という新しい学問分野を切り拓いた。

ちなみに同い年生まれは、エックルス、金子みすゞ草野心平ルー・ゲーリッグ堀越二郎山本周五郎棟方志功小林多喜二小津安二郎。20世紀に生まれ、二つの大戦を挟み、53歳で亡くなっている。

ノイマンは紛うことなき天才だが、よくある天才型人間に見られる人格破綻や精神疾患や異常なまでのコミュ障が同居していない。車の運転が下手でよく事故ったほど不器用だったが、柔和で人当たりがよく、頭は常に高速で回転し、抜群の記憶力を持ち、幼い頃から類まれなる数学的才能を発揮し、広範な分野で数多くの業績を同時並行的に生み出した。

そんな天才ノイマンは本書では「人間のフリをした悪魔」と呼ばれている。

ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そしてこの世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。(p.175)

ノイマンは、京都への原爆投下を強く主張しただけでなく、戦後はソ連への予防戦争(=先制攻撃)を早急に仕掛け、ソ連を滅ぼし、世界政府樹立を夢想していた。

京都に原爆投下されていたら私は生まれなかっただろう。ソ連が滅ぼされていたら、核開発競争は起きていないだろうが、アメリカが完全に地球を支配する世界線になっていただろう。

過激な思想に思えるが、本人はそのことに何の罪の意識も感じていない。そこが「悪魔」と評される所以だ。核兵器開発の際に放射線を浴びたことが原因で53歳で亡くなるものの、ノイマンは人生を大いに謳歌した。

ノイマンは人格破綻者でも精神疾患を発症するでもなく、異常なまでのコミュ障でもない。しかし、思想の根底は悪魔のようであり、先天的に人として大事な何かが欠落していたのか、それとも後天的に削ぎ落としてしまったのか、分からない。

とはいえ、ノイマンのような思想を持つ人はそこまでレアではないように思う。ただ、普通の人間は悪魔性を発揮できるほどの能力を持ち合わせていないだけだ。ノイマンは抜きん出た能力を持っているからこそ、多くの人に愛され、信頼され、大事にされた。

戦没兵士の60%以上は、補給をまったく考慮しない大本営の無謀な作戦によって殺害された。ナチス・ドイツユダヤ人を「大量虐殺」したが、当時の日本の戦争犯罪者は、日本人を「大量虐殺」したのである。(p.185)

ノイマンが開発に関わった核爆弾は多くの人命を奪った。しかし、敗戦国たるドイツも日本も指導者が多くの人命を奪っている。悪魔の所業と言って良い。人間は誰しもが悪魔になり得る。しかし、人間は誰しもがノイマンにはなれるわけではない。ノイマンは特別な人間だ。

ノイマンを「悪魔」呼ばわりしているが、別の呼び名がよりふさわしいかも知れない。「超人」だ。肉体ではなく、頭脳で人類を飛び抜けている。超人的な頭脳が妥協なく導き出した結論は時に悪魔的に映る。悪魔でもなければ導き出せないのではと思えてしまう。

本書では、多くの科学者や数学者が登場する。影響を受けたであろうフリッツ・ハーバー感想文14-14:毒ガス開発の父ハーバー 参照)、放浪の数学者ポール・エルデシュプリンストン高等研究所の創設に携わったエイブラハム・フレクスナー(感想文20-37:「役に立たない」科学が役に立つ 参照)、相対性理論アインシュタイン不完全性定理のクルト・ゲーデルサイバネティックスの提唱者ノーバート・ウィーナーなど。

2つの大きな戦争を生き抜き、多くの天才と呼ばれる科学者や数学者と交流し、その中でもひときわ輝きを放ったノイマン

偉大すぎる天才の思想を凡人たる私は正確に把握できない。しかし、孤独や自らの異常性に苛まれる姿が描かれがちな天才像ではない、天才ノイマンの生涯と悪魔的とも形容される思想を知ることができ、大変面白かった。

人格破綻型天才と接する際には、こいつ天才だから仕方ないなと変に納得しなくて良くなったのが、収穫の一つ。