40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文21-28:スーパーコンピューターを20万円で創る

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「スパコン富岳」後の日本(感想文21-26)に続く、スパコン関係の本3冊目。タイトルが興味深い。え?20万円でスパコンが作れるの?

著者は、伊藤智義さん。本書を読み進めて知ったのだが、漫画『栄光なき天才たち』の原作者である。スパコンを開発し、漫画の原作も手掛ける。実に多彩な方だ。

本書では、天文学者による天文学者のためのコンピューター開発で「世界最高速の宇宙シミュレーション」に挑戦した人々の物語を、プロジェクトの一員であった筆者の視点から綴っていく。(p.12)

コンピュータ開発の果てしない物語(感想文21-25)にあるように、歴史のある天文学には、ケプラーの時代から煩わしい大量の天文計算を助けてくれる計算機の需要の長い歴史がある。

時代は1980年代後半。現代の性能とは比べ物にならないとはいえ、スパコンは存在していた。しかし、利用するためには競争が激しく、また多くの利用料が必要だった。

天文学者たちは、天文学者のための専用スパコンを求め、その開発に著者である伊藤さんがほぼ素人同然で参入した。そして、重力多体問題専用計算機「GRAPE」が開発され、天文学が大きく進展していく。

本書は、単なるプロジェクトX的な物語ではなく、20代の俊英たちが織り成す青春劇でもある。もちろん恋愛模様ではなく、人間関係の苦悩や焦燥含めて、若い研究者の卵たちが全力で駆け抜けた姿を瑞々しく描いている。

本書では私が知っている、さらには面識のある(相手は私を覚えていないだろうが)方も登場する。この人がGRAPEに関わっていたんだと初めて知り驚いた。

知っている人が登場すると本の世界へ深く没入できる。

交響曲第6番「炭素物語」(感想文20-39)に登場するジャイアント・インパクト説(原始地球に小天体が衝突し、地球や小天体の破片が集まって月がつくられた説)について、シミュレーションでの実証に用いられたのがGRAPEなのだ。

大変面白いのが、天文学のための専用機であったGRAPEが、別の用途へ広がっていく点だ。

タンパク質は粒子数が多すぎて計算が破綻してしまうのである。これは銀河や球状星団などの重力多面体問題と全く同じ状況ではないか。違うのは、計算すべきものが、重力ではなく、クーロン力と呼ばれる電気の力だったことである。(p.196)

重力多体問題計算のためのGRAPEが、分子動力学計算にも用途を拡大していく。研究開発は面白いもので、当初まったく想定していない分野への波及がままあるのだ。

GRAPE開発から30年以上経った今でも、その血脈は続いている。汎用スパコンだけでなく、専用スパコンの存在とその歴史に触れられ、少しずつコンピュータ開発の全体像が見えてきた。

計算とは何か、といった本質も学んでみたい。