40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文21-29:亜種の起源 苦しみは波のように

f:id:sky-and-heart:20211227111930j:plain

 

著者は桜田一洋さん。長らくアカデミアと企業で生命科学の分野で研究してきた研究者だ。実のところ、面識はある。もちろん、桜田さんは私を覚えていないだろうが。

本書をどう位置付ければ良いだろうか。サイエンス、科学哲学、生命観、人生論、自叙伝、様々な要素が混然一体となり、一つの大きな流れを形成していく。

桜田さんの第一印象は怜悧なサイエンティストだった。なんとなく見た目がそういう印象を持たせるのだ。

実際に話したり、話を聞いたりすると、おや?違うなと分かる。物腰が柔らかく、穏やかな方だ。本書も、丁寧に書かれていて、何より自然の捉え方、もっと言えば、世界の認識の在り方が私の学んだ生物学とは異なっている。

オープンシステムは自己組織化によってまず周期的に運動する振動子を生む。次に複数の振動子が弱く相互作用することで同期と非同期を選択して時空間に複雑なパターンを生成する。このように無償で秩序が創発することを本書では『協創(シナジェティクス)』と呼ぶ。(p.104)

本書のキーワードの一つは協創である。書かれている日本語それ自体は平易であるが、内容は難解である。周期や振動とあるように、生物を波と捉えられる。

シナジェティクスを調べてみると、おお、出てくる。ウィキペディアによると『バックミンスター・フラーが提唱した独自の概念であり、学問体系である。主にシナジー幾何学とも訳される幾何学的なアプローチで、この宇宙(自然科学や人文学、果ては人類や自然、宇宙まで人間が知覚しうる全てを具象から抽象、ミクロからマクロまで)の構成原理であるシナジーを包括的に理解しようとする学問。』

なるほど。多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者(感想文20-03)にも登場するバックミンスター・フラー幾何学的なアプローチの学問と本書の協創とは、ぴったり一致するわけではないけれど、言わんとしているところの根幹は共通している。

要素還元論、生物≒機械の認識、競争による自然淘汰、近代の生物学によって形成刺されてきた、偏った自然観、生命現象からの脱却を唱えている。

「考えること」と「感じること」から人間の思考が成り立っているように、これからの生命科学は、「メカニズム」と「オープンシステムサイエンス」を融合することで、「個性を反映した高精度の予測」と「条件つきの因果モデル」とを組み合わせて問題の発生を事前に予防できるようになる。これを生命科学の新たな総合を称する。(p.162)

人間の思考に根差した新しい生命科学生命科学の歴史はさほど長くはないけれど、未だに生命たる人間は生命たるヒトどころか、生命そのものを理解できていない。

相分離生物学(感想文20-27)のような分子と生命現象のギャップに着目した学問や、生物の中の悪魔(感想文20-15)のような量子生物学など、新しい生物学が生まれつつある。

この後、どのように生物学や生命科学が発展していくかはわからなが、新たなパラダイムの提唱と淘汰が繰り返されていくだろう。

人類の前には二つの大きな選択肢がある。欲望を満たすことと引き換えに誰かの作ったプログラムに従って機械的に管理される社会と、信頼を構築することで未知なる未来を発見する社会である。私は未来の人類が自分自身の手で未来を拓くことができる信頼の社会を残したいと思う。(p.188)

本書は生命科学だけではなく、社会像や未来像にも言及していく。経済格差や思想などによる分断と対立、AIによって管理される欲望、そしてコロナ禍による終わりの見えない不安。

欲望が肥大化し、感情がむき出しになり、対立を煽り、不公平な競争を促し、格差が広がり、分断が進む。

スマホを持ち、インターネットでつながり、欲しい情報にアクセスできる社会。テクノロジーは進展したが、社会は進展したのか。人間は本当に豊かになり幸福になったのか。

単純に昔と比べれば、幸福になったと言って良いだろう。しかし、社会は成熟しているのか、個人は満ち足りているのだろうか。

本書は新しい生命科学から社会の歪みを少しでも整え直そうとする遠大な試みの模索にも思える。

ままならないこの世界をどう捉え直すのか。最新の生命科学の知見を活用する無謀な取り組みにも思えるが、今の社会に心を痛めている桜田さんの正直な胸の内を吐露している。

共感し、協創する能力のある人間が活躍できる社会への発展を願っている。