40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-01:ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正

 

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起業の天才!江副浩正(感想文21-27)
と同じ大西康之による著作。

本書の主人公は佐々木正(1915-2018)。ウィキペディアには、『日本の電子工学の科学者。シャープ元副社長。工学博士。「ロケット・ササキ」の異名を持つ。』とある。

同い年生まれは、ポール・サミュエルソン柳宗理市川崑フランク・シナトラ

のちにソフトバンクを立ち上げ日本を代表する起業家となる孫正義は、佐々木を「大恩人」と呼ぶようになる。iPhoneiPadを世に送り出し、我々の生活を一変させたスティーブ・ジョブズもまた、佐々木を「師」と仰いだ。<中略>起業家たちの名は歴史に刻まれたが、彼らが革命を起こすのに必要なチップを作った男の名は知られていない。そのチップを世に送り出したのが佐々木正である。(p.13)

タイトルにあるように、佐々木は、あのジョブズが憧れ、孫正義が大恩人と呼ぶほどの存在だった。

技術者として並外れた知識と能力だけでなく、卓越した先見性、共創の理念と信念、太く広い人脈も佐々木は併せ持っていた。太平洋戦争を挟んで100年以上生きた佐々木は、その名前をあまり知られてはいないが、日本の産業界に多大な貢献を果たした傑物と言える。

印象深いのは電卓戦争だ。電卓四兄弟(感想文17-43)の主役である樫尾四兄弟によるカシオ社との苛烈な小型・低価格化競争。

20年間に及ぶ「電卓戦争」は日本メーカーの独壇場だった。半導体を発明した米国も、電卓を発明した英国も、日本メーカーが仕掛ける激烈な小型・低価格化競争についていけず、続々と脱落した。電卓は日本が外貨を獲得する輸出産業としても、重要な役割を果たした。(p.6)

1960年代なかば、日本の電卓市場には大小合わせて50社のメーカーがひしめいていた。だが、半年に一度、重さと値段が半分になる激烈な競争の中で、メーカーは1社、また1社と減っていく。命を削り合うような激烈な開発競争をリードしたのは早川電機とカシオだった。佐々木はその先頭に立ち、「電子立国日本」の土台を築いていった。(p.127)

早川電機は今のシャープであり、カシオとの開発競争に勝利する。その立役者が佐々木だ。そしてカギとなった技術が、

メタル・オキサイド・セミコンダクター。略してMOS。日本語に訳せば「金属酸化膜半導体」である。(p.133)

MOSである。本書によると、「ミスター半導体」と呼ばれノーベル物理学賞の候補でもあった東北大の西澤先生(故人)がある雑誌のインタビューで「MOSローレライの魔女」と語っていた、というほど難易度が高い、あるいは実用可能性の低い(と信じられていた)技術だった。

その後、性能の低い電卓であるカシオミニの登場による市場拡大(まさに破壊的イノベーション)、液晶電卓の誕生、太陽電池の搭載など、競争によって開発が進んだ。その結果、

早川電機が1964年に初のオールトランジスタ電卓を発売してからわずか13年で、電卓の重さは384分の1、価格は63分の1になった。これが電卓戦争の結末である。(p.192)

レジスターくらいのサイズだった電卓が、片手で持てるし、ポケットに入るし、1人が1台持てるようになった。もはや台とカウントするのもふさわしくなく、個と呼ぶのが適切になった。

今でこそ電卓は100均で買えるのだが、そこに至るまでに凄まじい開発があり、人間の知性や技術といった叡智だけでなく、情熱や執念、はたまた狂気によって成し遂げられた商品と言える。

電卓は、電子(式)卓上計算機の略称で、最も大事な「計算機」が抜けてしまっている。本書を通じて、電卓を計算機として初めて認識した。もちろん、計算するために電卓を使っていたのだから、計算機と知っていたが、計算機として見ていなかった。要するにコンピュータ開発のはてしない物語(感想文21-25)にあるようなコンピュータ開発の歴史の一部に組み込まれているとは認識していなかった。

トランジスタ、IC、LSIへと電子部品は発展し、その恩恵を誰もが受けている。開発の歴史は単純な点と線が結びつくものではなく、無数に分岐し、途絶え、合流し、絡み合う、複雑で動的な生命のようだ。

佐々木が残した足跡がどれほどなのかは私には分からないが、単純に技術面だけではない。

孫正義を世に送り出した一番の功労者は佐々木正だろう。佐々木がいなければ孫は米国で起業することも、第一勧銀から融資を受けることも、上新電機とビジネスを始めることもできなかったからだ。佐々木の役回りは、20代前半の才気あふれる若者に「信用」を与えることだった。佐々木はきらめく才能を持つ若者と、金と権力を持つ銀行や大企業を結びつけるカタリスト(触媒)の役目を果たした。それこそが佐々木正の真の価値と言える。(p.221)

触媒としての佐々木。有望な若者をカネと権力のある人物や組織と結びつける。人を育て、投資し、チャレンジの機会を与える。この好循環が続かなければ、未来は暗いものになろう。

最後に佐々木の言葉で締めくくりたい。

人類の進歩の前に、企業の利益など、いかほどの価値もないのだ。小さなことにこだわらず、人類の進歩に尽くすのが、我々、技術者の使命なんだ(p.236-237)