40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-12:火花



本書はお笑いタレントの又吉直樹さんによる小説。非常に有名。

芥川賞を受賞し、調べてみるとドラマ化され、映画化され、舞台化され、漫画にもなっている。一大産業やな。

こちらも会社の方にお借りして読んでみた一冊。毛嫌いしていたわけではないけれど、流行モノにはあんまり手を出したがらない性分なので、これまで読んだことはなかった。ちなみに又吉さんのいるピースのコント『男爵と化け物』で大いに笑ったのは覚えている。

お笑い芸人による、お笑いの芸人が主人公の小説なので、お笑い芸人やその世界のリアルが詰まっている。本当にリアルなのかは知らんけど、説得力がある。

僕達の永遠とも思えるほどの救い様のない日々は決して、ただの馬鹿騒ぎなんかではなかったと断言できる。僕達はきちんと恐怖を感じていた。親が年を重ねることを、恋人が年を重ねることを。全てが間に合わなくなることを、心底恐れていた。自らの意思で夢を終わらせることを、本気で恐れていた。(p.141)

芸人で飯が食えるのはごく一部の人で、活躍し続けられるのはほんの一握りだ。売れることを夢見て、しがみついて、歯を食いしばって、笑いへの熱を維持しながら、年老いていくことに心底恐怖する。

芸人ではないけれど、音楽の世界だったり、学問の世界だったりで、近い環境に身を置いている人は決して少なくないだろう。

本書が、単なる芸人物語ではなく、小説らしいなと感じたのは、きれいに感動で幕を閉じるのではなく、「笑い」と同居している「狂気」まで描き切ったところだと思う。恐怖と狂気は地続きで、笑いの世界に蔓延する恐怖が狂気に昇華する。

同じくお笑い芸人である山田ルイ53世髭男爵)による本、一発屋芸人列伝(感想文18-54)を思い出す。お笑い芸人は多くの漫才やコントを書いているし、研究のために他の芸人の舞台を見る機会も多いだろう。筆達者なお笑い芸人が多く、着眼点がユニークで、しかも裏側の事情にも詳しかったりするので、お笑い芸人による本がたくさん出版されているのも合点がいく。

とはいえ、一発屋でも何でも良いから一度売れないと、出版のチャンスすらないので、本業で頭角を現すほかないのが厳しい現実だ。

コロナ前だけれど、お笑いライブを見る機会があった。メジャーな事務所による、都内有数の舞台なので、出演者はテレビでもよく見かける(た)著名な芸人ばかりだ。

だが無名の芸人が、前座に登場した。前座とはいえ有望株なのだろう。その芸人が今、頭角を現してるかというと、そうでもないな。たぶん。ちゃんとは覚えてないんだけれど。

芸能界という華やかな舞台に憧れ新規参入する若者はたくさんいる。華やかさの裏側は多産多死の過酷な競争社会。だからこそ、これだけのクオリティが維持されているのだろう。

最後に以下の文章を引用しておこう。

もしも「俺らの方が面白い」とのたまう人がいるのなら、一度でも良いから舞台に上がってみてほしいと思った。「やってみろ」なんて偉そうな気持ちなど微塵もない。世界の景色が一変することを体感してほしいのだ。自分が考えたことで誰も割らなない恐怖を、自分で考えたことで誰かが笑う喜びを経験してほしいのだ。<中略>リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い年月をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。(p.150)

自分で考えたことで誰かが笑う喜びに魅了され、同時に恐怖し、そして狂っていく。一瞬のきらめきと儚さは、火花というタイトルに集約されている。