40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-25:深海学―深海底希少金属と死んだクジラの教え

海に降る(感想文15-55)以来の深海についての本。地球最後のフロンティア(未開拓地)と言われる深海だが、タイトルに「学」がついているようにアカデミックな見地から「開拓」されることと、経済的な利潤を得るために「開発」されてしまうことの違いが、本書の重要な含意となっている。

本書は美しい深海生物や深海環境のカラー写真が載っており、それを見ているだけで、なんだか不思議と幸せな気持ちにさせてくれる。同じ生物であるのに、陸上や浅い水圏に生きる生物と全く異なった見た目や生存戦略について知れば知るほど、いかに自分の生物観が狭く固定的だったかに気付かされ、知的好奇心がびしびしと刺激される。

気になった個所を引用していこう。

地球の生物圏―生物が生活に利用できる空間の容積―の95パーセント以上は深海が占める。それ以外の空間すべてを合わせても―森林や草原、川や湖、山々、砂漠、浅い沿岸地域―、容積だけみると、青い水面の下に横たわる広大な海洋には遠くおよばない。(p.24)

もともと深海には生物は棲んでいない、あるいは棲んでいるはずがないと考えられていた。日の光は届かず、水圧はあまりに強く、過酷な環境を生きられる生物などいないと考えるのはごく自然ではあった。しかし、地球の生物圏の95%を占める広大な深海は実に多様な生物が棲息しているのが分かってきた。

熱水噴出孔が見つかり、そこに生息する生き物の研究が1970年代後半から1980年代にかけて進むまで、熱水噴出孔は深い海の最大の秘密を隠し続けてきた。熱水噴出孔では、光合成のかわりに暗闇で化学合成が行われている。(p.101)

熱水噴出孔が発見された1976年から研究が進んできた。熱水噴出孔で無機物や有機物から生命が誕生したという仮説もあり、研究対象として極めて興味深い。光が届かないので光合成生物は存在しえず、高温高圧下で噴出する熱水中に溶解した化学物質に依存した複雑で豊かな生態系が成立している。

極限環境であっても棲息する微生物がいて、それを餌にする生物がいて、こうして生態系ができていく。生物の本質は化学であり、植物は光合成を経由して、実に多彩な二次代謝産物を産生する。生体内やあるいは微生物共生による化学反応が行われ、「生きる」が成立する。

海洋生物がつくる二次代謝産物は、陸上植物がつくる物質と比べるとがん細胞や病原体に対する効き目や毒性が強いものが多い。また、海洋の天然化合物には、陸上で生活するどんな生物がつくり出すものより化学的にはるかに新規性に富んだものがある。(p.166)

植物はなぜ薬を作るのか(感想文20-29)で示されていたように、植物や微生物の二次代謝産物が薬(あるいは毒)に活用されてきた。なんと、海洋の天然化合物は新規性に富んだものが多いらしい。水圧、低温、光がない、エサがないといった極限状態で生き残れるよう進化したためなのだろうか。興味深い。

深海に棲む生き物やそれらが生み出す代謝産物、希少金属、天然資源は経済的に非常に魅力的に映る。

投機的な採掘計画は、資本家による搾取という経済形態を象徴するものと言える。古くは100年の歴史を持つ植民地主義、近年は天然資源を収奪して輸出する多国籍企業の経営形態と結びついている。<中略>この経営形態の核心となる場所には、いわゆる犠牲となる区域が存在し、その区域は経済的利益という名の下に破壊を免れない。(p.217)

本書では、深海が次の犠牲となるのではないかと警鐘を鳴らす。

深海は、開放して開発することのできる、地球上に残された最後の広大な未開拓地だ。しかし、本当に開発すると、これまで数世紀にわたって続いてきた資源収奪の物語を繰り返すことになるだろう。<中略>つまり、天然資源が乏しくなり、未開拓地が新たに見つかれば利用しつくまで開発が進み、ひとつの未開拓地が開発されつくすと次の未開拓地で開発が始まり、何もなくなるまでそれが続く。(p.276)

深海には独自の生態系があり、しかも人間が長らく踏み込めなかった領域であったために、非常に長く保存されてきた。同時に最後のフロンティアであるが、その開発の様子は外からは見えにくく、管理が行き届きにくい。

小さな地球の大きな世界(感想文20-16)で示されているように、環境は確かに復元力を有しているが、閾値を超えてしまうともう二度と元には戻らないかもしれない。長く保存されてきたがゆえに、深海は思った以上に脆弱かもしれない。

植民地主義的な発想や古典的な経済学で定義された外部性に基づく「開発」あるいはもっと踏み込んで表現すれば「収奪」、それによってもたらされる「不可逆的な破壊」から深海を守る必要があるだろう。フロンティアをフロンティアとして保存し、最小限の開発に留め、維持管理する知恵が重要になってくるだろう。