40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-30:キリンを作った男 マーケティングの天才・前田仁の生涯

最近、歳のせいかアルコールへの耐性が弱くなってきた。それでも最も何を飲むかと聞かれたらビールになるだろう。

ビールで好きなブランドはと聞かれると、サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」、キリン「一番搾り」、サッポロ「黒ラベル」の順になるだろうか。スーパードライは長らく飲んでない気がする。夏の暑い日にお店でエクストラコールドがあればたまに飲むくらいだろうか。

日本のビールシェアはキリンとアサヒでデッドヒートを繰り広げている。本書はその歴史をなぞって描かれているが、もともとはキリンの独壇場だったビール市場にアサヒが風穴を開け(キリンの殿様商売気質が一因)、ついにはアサヒが首位を奪い、そして再びキリンが奪い返し、現在に至る。

アサヒ側の視点は最強の経営者 小説・樋口廣太郎(感想文18-2)が参考になるだろう。キリンvsアサヒの構図をあえて乱暴に整理すればマーケターvs経営者と言えるだろうか。まあ、ことはそんな単純な話ではない。

本書を読んで思い知らされるのはビールのシェア争いの背景にある大きな社会の変化だ。

例えば酒税では1994年ビール増税に伴いメーカーは発泡酒(キリンの場合「淡麗」)を開発。さらに2003年に発泡酒増税されると第三のビール(キリンの場合「のどごし」)が登場する。税制変更が新たなビールのジャンルを生み出す(強いインセンティブとなる)のだ。

さらにはバブルと崩壊と長期の不況、コンビニの乱立と社会インフラ化、少子高齢化、女性の社会進出(アサヒのスーパードライは苦くないので女性にウケた)、消費者の健康志向(キリンの場合「淡麗グリーンラベル」)、コロナ禍での巣ごもり需要など、ビールやアルコールは世相を表す鏡となっている。

私は90年代後半に成人になり、四半世紀近くアルコールを摂取しているが、販売しているアルコール飲料の種類が凄まじく増えた。コンビニで眺めても多種多様なアルコール飲料が揃っている。都内でちょっと気合の入った居酒屋に行くと、さらに多様なアルコール飲料が取り揃えられている。

さて、本書の主人公は前田仁(1950-2020)。キリンで一番搾りハートランド、淡麗、淡麗グリーンラベル、のどごし、氷結を作った伝説的なマーケターとのこと。

先日、バスケ仲間の紹介でサントリーの方が「焼酎」のマーケティングで呑べぇに話を聞きたいという企画があった。謝礼は差し上げられないが、サントリーと懇意にしているお店で好きに飲み食いしていいよっていうありがたい申し出だ。

普段から焼酎を飲むが、芋なら「三岳」か「黒霧島」、麦なら「神の河」であいにくサントリーが焼酎を販売していることすら存じ上げなかった。詳細は伏せるがどういうキャッチコピーなら消費者(っていうか私)に刺さるかの質的な調査で、刺さる/刺さらない理由を(酩酊して言語化できなくなる前に)お伝えした。

その場でこの本をお読みになったことはあるかお読みになった方が良いのではないかと出かかったが、他社の事例だし業界的には良く知られた話かもしれないなとぐっと言葉を飲み込んだ。その判断が適切だったかどうかはわからない。

一般の消費者は「ビールのプロ」ではない。それゆえ、消費者の感覚は、往々にして「ビールのプロ」の意見とはズレる。こうした「ズレ」を捉えることこそ、消費者理解の核心であり、ヒットを生むコツだと、前田は考えていた。(p.197)

なるほど。私は焼酎のプロではない。おそらく焼酎のプロとは感覚のズレがあるだろう。そこにヒットを生む何かがあるのだ。サントリーのマーケターはきっと何かを掴んでくれたことだろう。

そしてもう一つ重要な言葉があった。「成功体験を捨てる、既存の価値観を超えた新しいものを作る」である。成功体験を捨てるのはなかなかに難しい。しかし社会がこれほどまで大きく変化している中、成功の継続の方がより難しく、新しい価値を生み出していくほかない。

同質性の強い組織のほうが、「足の引っ張り合い」に終始し、一致団結できない。そのため、斬新なアイデアを形にできず、長期的に見れば売り上げを低下させてしまう。一方、多様性のある組織のほうが、自然にお互いを尊重する空気が生まれる。その結果、自由な発想をもとに斬新な新商品を開発し、売り上げを伸ばすことができる。(p.263)

同質性の強い組織の代表がキリンでありそこへの反省が記されている。同質性が強いとかえって一致団結できず、足の引っ張り合いをしてしまう。耳が痛い。わが社も過度なセクショナリズムが横行している。

私は管理職になって1年以上経ち、部下は多様であるけれど、お互いを尊重していると言えばしてる気もするし、意見もいろいろ出ると思えるけれど、やっぱりリモート勤務が主体となり顔を合わせる機会が激減すると、多様性も同質性もあんまり関係ないなと感じる。リモート勤務での働き方は目下の大きな悩みだ。

さて本書を読んで改めてビールについて学んだことがあったので備忘録的に残しておこう。

『生ビール』は、マーケティングのために日本のビール会社が作った概念だということです。(p.166)

というのも、熱処理ビールはパスツールが発明した低温殺菌法により酵母や乳酸菌を殺菌(60度のお湯をかける処理)している。一方、生ビールは熱処理の温度を下げるなど、殺菌強度を下げただけで、同じく熱処理しているビールである。差はほんのわずかでしかない。ビールに「生」が付くと高付加価値に誤認してしまう。「生」に惑わされないようにしよう。

ピルスナーとエールのこと。ベルギービールという芸術(感想文10-38)でも違いに言及している。「生理的な欲求を満たすピルスナー」と「情緒的な欲求を満たすエール」だと。

ピルスナー=ラガーとは、発酵を終えた酵母を最後に下に沈める「下面発酵」と呼ばれる醸造方法を採用している。日本の大手メーカーがつくるビールのほとんどはピルスナーだ。

一方のエールは最終的に酵母を上に浮かべる「上面発酵」であり、華やかな香りが特徴。IPA(India Pale Ale)もエールの一種。IPAは実に多くの種類があり、味わいだけでなく名称もユニークなものが目立つ。

そういえば、プレモルで香るエールという商品があって、私は特にこれを気に入っているのだけれど、そうか言われてみればエールだったんだな。

長々と書いてきてさぞやビールが飲みたくなったかというとそうでもない。昼間から飲みたくて仕方なかった若い頃とは違うな。炭酸水を飲みながら考え込む。そういえばこの文章を書いているこの日は誕生日だった。