
先日(といってもこの感想文が載る時期と乖離がある)、知能の科学についてのイベントに参加する機会があった。人工知能が隆盛を極めている昨今、改めて「知能」とは何ぞや、「知能を科学する」とは何ぞや、どうやって研究するのかという本質的な問いについての会だった。
内容は刺激的で、人工知能、自然知能、量子知能(そんなものがあるのかどうかも含めて)をターゲットとし、人工知能、計算科学、脳科学、量子科学、哲学などの専門家の発表とパネルディスカッションがあり、知能を科学することの面白さ、多様さ、難しさ、途方もなさを再確認できた。
本書は、そんな研究会に参加するにあたり、タイトルが気になって読んでみた一冊である。
著者のマックス・ベネットはAI企業のCEOであり、脳科学の専門家ではないが、進化神経科学と知性をテーマにした査読付きジャーナルに多数の研究論文を発表しているとのこと。本書では知性に起きた5つのブレイクスルーについて、進化の歴史を辿りつつ説明している。
詳細は本書をお読みいただくとして、ブレイクスルーのまとめを長いけれど引用しておこう。
ブレイクスルー1は「操縦」であった。すなわち、刺激を「良い」「悪い」に分類し、良いものへは「向かい」、悪いものからは「離れる」という空間異動に関するブレイクスルーだ。<中略>この最初の脳に、動物の初期の感情的テンプレート「喜び」「痛み」「満足」「ストレス」が備わった。<中略>ブレイクスルー2は「強化」であった。正の情動価につながった行動を繰り返し、負の情動価につながった行動を抑制することを学習するというブレイクスルーだった。<中略>省略による学習、時間知覚、好奇心、恐怖、興奮、失望、安堵など、我々に馴染みの知的特徴および感情的特徴が備わった。<中略>ブレイクスルー3は「シミュレーション」であった。すなわち、刺激と行動とを頭のなかでシミュレーションするというブレイクスルーだった。<中略>これは「想像」することによる学習であった。<中略>後の運動野の進化により、動物は全体的な空間異動のルートだけでなく、特定の身体の動きも計画できるようになり、これらの哺乳類に独自の繊細な運動能力が与えられた。<中略>ブレイクスルー4は「メンタライジング」であった。すなわち、自分自身の心をモデル化するというブレイクスルーだった。<中略>異なる意図や知識を持つ自分自身精神状態をもシミュレートできるようになったということである。<中略>ブレイクスルー5は「発話」であった。すなわち、ラベル付けと文法のブレイクスルー、世代を超えて思考を蓄積できるように、我々の内的シミュレーションを互いに結びつけるブレイクスルーだった。(481-483)
地球に生物が生まれ、分裂し、増殖し、癒合し、多細胞となり、交配し、姿を変えていく。体が点対象から線対称(ドーナツ型からちくわ型)へと変化し、神経細胞が変化し、そのネットワークが脳になり、陸上生物が生まれ、温血動物である哺乳類が誕生し、温血であるがゆえに脳機能が高度になり、知性を獲得していき、そして言語を生み出し、知を他者に共有できるだけでなく、後の世代へ継承できるようになっていく。
知性に纏わるブレイクスルーの積み重ねは大変興味深く、脳科学や神経科学を学びたい初学者にとっても優れた教科書になるだろう。是非、お読みください。
では、タイトルにある「知性の未来」について何か書き残しておきたい。
もちろん、我々はブレイクスルー6としてどんなものが来るのかは知らない。しかし、ブレイクスルー6は、人工超知能の創造である可能性が高いように思われる。つまり、シリコン製のチップの中に我々の子孫が出現すること、我々の姿に似せられてつくられた知性を、生物学的媒体からデジタル媒体へと移すことである。(486)
未来に人工超知能の創造が実現するだろうか。生物であるヒト制限(ニューロンの処理速度、人体のカロリー限界、脳のサイズの限界)を超える超知能。人工超知能の存在が何を引き起こすのかは分からないが、科学が人工超知能を達成してしまう未来はそう遠くないのかもしれない。
我々は人類の知性の物語における6番目のブレイクスルーの起こる際に立っている。生命が誕生した過程を把握し、超知能を持つ人工生命体を誕生させる夜明けに立っているのだ。今我々はきわめて「非」科学的な問いに直面する。しかし、実際には、これはとても重要な問いである。「人類の目標は何か」だ。これは「真理(veritas)」の問題ではなく、「価値(value)」の問題なのだ。(487)
人工超知能はたまた超知能を有する人工生命体の誕生は、人類そのものの存在意義を問い直す。それはそうだ。
現在、人工知能がどんどん賢くなり、人工知能なしの生活はイメージできなくなっている。しかし、人工知能の性能は右肩上がりかというとそうでもない。今のCPUやGPUでは計算できない領域があるし、また電力などのエネルギーも有限であり、創意工夫で押し上げられるかもしれないが、それでも能力の上限が存在する。
期待されているのは量子コンピュータであり、ニューラルネットワークなどへの応用展開が考えられるが、(知性のブレイクスルーに至る以前に)技術的なブレイクスルーが不可避である。国際的に開発競争は激化しており、産業化や経済成長だけでなく、経済安全保障など国際情勢もあり、混沌としている。
人類はすごい時代に生きている。ちょうどアニメ「チ。―地球の運動について―」を全話見たが、知りたいという欲求は、例え激烈な拷問であっても止めることはできない。「知りたい」は「知るための道具をつくりたい」であり、人工超知能はまさに「知」のための知能として機能する究極的な道具である。超知能が同様に知りたい欲求を持ち合わせているかはわかんない、いやどうだろうな。知りたいという欲求が内蔵されていなければ、知能って呼べないんじゃない。
ということで、超知能の誕生が迫っている、かもしれない。ほんと世の中どうなってしまうんだろうか。