40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-02:量子コンピュータが本当にわかる!

 

さっぱり知らない領域だけれど、ちょっとは勉強しておこうと思い、読んでみた一冊。タイトルのとおり本当にわかったかと言われるとかなり怪しい。とはいえ、自分の理解を深めるためにまとめておこう。

現代のコンピュータが情報を処理する仕組みをベースに、「量子」という新しい性質をプラスアルファしてパワーアップさせたもの、それが量子コンピュータです。(p.15)

ふむ。量子の性質とは何ぞや。粒子と波動の両方の性質のことだ。理屈は分かる。でも、古典物理学では量子を説明できない。量子を理解できないと、当然、量子コンピュータも理解できない。

現代のコンピュータの脳みそ部分は、実は大量のトランジスタの集合体です。<中略>CPUは、一辺数センチメートル程度の小さなチップです。このCPUのチップには、なんとトランジスタが10億個くらい入っています。(p.39)

偉大な発明であるトランジスタ。そんなに大量のトランジスタがCPUに使われているとは。

量子コンピュータとは、単に情報を重ね合わせて並列に計算するという類のものではなく、たくさんの波を操って「重ね合わせ具合」をうまくコントロールしながら計算を行う、「波を使った計算装置」なのです。(p.123)

理屈は分からないでもない。でも、本当に、量子の波の重ね合わせ具合を精密に制御できるのかは疑問だ。実際に存在するIBMの量子プロセッサーは、絶対零度よりも約百万分の1度上という非常に低い温度まで冷却して作動している。ほぼゼロケルビンの動作環境を用意しないといけないのは、実用化の大きな壁になっている。

物理学では、「情報を失うとき、必ず熱が発生する」という法則(ランダウアーの法則)が知られています。つまり、XORやANDなどの論理演算を使って計算してる限り、どれほど工夫してコンピュータを作ったとしても、熱の発生は避けられないということです。(p.146-147)

なるほど。確かにPCやスマホは熱くなる。論理演算を使って計算すると熱が発生するのは物理現象なのか。情報と熱がリンクするのは自明と言えばそうなのだが、ちゃんと意識したことがなかった。

一方、量子コンピュータは情報を失わず、逆向きにさかのぼることのできるコンピュータなので、熱を発生せず、低消費電力を実現できる可能性があるらしい。でも、量子コンピュータを制御するために、温度の厳密な管理が必要で、そのために膨大な電力が必要となりそうだ。

量子コンピュータを作るには、電子、原子、光子といった量子1個1個を、ありとあらゆる邪魔者から完璧に守った上で、極限まで正確に操る必要があります。(p.204)

せやろな。サイエンスとしては大変興味深い。是非、研究を進めていただきたい。でも実用化には、どうだろうな。まだもうちょい時間がかかりそうだ。

コンピュータ開発のはてしない物語(感想文21-25)のように、コンピュータ開発に終わりはない。人間には強烈な計算フェティシズムが埋め込まれているようだ。

今も世界のあちこちで、大量の計算が高速で行われている。世界は計算で動いているのだ。

感想文22-01:ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正

 

f:id:sky-and-heart:20220305142307j:plain


起業の天才!江副浩正(感想文21-27)
と同じ大西康之による著作。

本書の主人公は佐々木正(1915-2018)。ウィキペディアには、『日本の電子工学の科学者。シャープ元副社長。工学博士。「ロケット・ササキ」の異名を持つ。』とある。

同い年生まれは、ポール・サミュエルソン柳宗理市川崑フランク・シナトラ

のちにソフトバンクを立ち上げ日本を代表する起業家となる孫正義は、佐々木を「大恩人」と呼ぶようになる。iPhoneiPadを世に送り出し、我々の生活を一変させたスティーブ・ジョブズもまた、佐々木を「師」と仰いだ。<中略>起業家たちの名は歴史に刻まれたが、彼らが革命を起こすのに必要なチップを作った男の名は知られていない。そのチップを世に送り出したのが佐々木正である。(p.13)

タイトルにあるように、佐々木は、あのジョブズが憧れ、孫正義が大恩人と呼ぶほどの存在だった。

技術者として並外れた知識と能力だけでなく、卓越した先見性、共創の理念と信念、太く広い人脈も佐々木は併せ持っていた。太平洋戦争を挟んで100年以上生きた佐々木は、その名前をあまり知られてはいないが、日本の産業界に多大な貢献を果たした傑物と言える。

印象深いのは電卓戦争だ。電卓四兄弟(感想文17-43)の主役である樫尾四兄弟によるカシオ社との苛烈な小型・低価格化競争。

20年間に及ぶ「電卓戦争」は日本メーカーの独壇場だった。半導体を発明した米国も、電卓を発明した英国も、日本メーカーが仕掛ける激烈な小型・低価格化競争についていけず、続々と脱落した。電卓は日本が外貨を獲得する輸出産業としても、重要な役割を果たした。(p.6)

1960年代なかば、日本の電卓市場には大小合わせて50社のメーカーがひしめいていた。だが、半年に一度、重さと値段が半分になる激烈な競争の中で、メーカーは1社、また1社と減っていく。命を削り合うような激烈な開発競争をリードしたのは早川電機とカシオだった。佐々木はその先頭に立ち、「電子立国日本」の土台を築いていった。(p.127)

早川電機は今のシャープであり、カシオとの開発競争に勝利する。その立役者が佐々木だ。そしてカギとなった技術が、

メタル・オキサイド・セミコンダクター。略してMOS。日本語に訳せば「金属酸化膜半導体」である。(p.133)

MOSである。本書によると、「ミスター半導体」と呼ばれノーベル物理学賞の候補でもあった東北大の西澤先生(故人)がある雑誌のインタビューで「MOSローレライの魔女」と語っていた、というほど難易度が高い、あるいは実用可能性の低い(と信じられていた)技術だった。

その後、性能の低い電卓であるカシオミニの登場による市場拡大(まさに破壊的イノベーション)、液晶電卓の誕生、太陽電池の搭載など、競争によって開発が進んだ。その結果、

早川電機が1964年に初のオールトランジスタ電卓を発売してからわずか13年で、電卓の重さは384分の1、価格は63分の1になった。これが電卓戦争の結末である。(p.192)

レジスターくらいのサイズだった電卓が、片手で持てるし、ポケットに入るし、1人が1台持てるようになった。もはや台とカウントするのもふさわしくなく、個と呼ぶのが適切になった。

今でこそ電卓は100均で買えるのだが、そこに至るまでに凄まじい開発があり、人間の知性や技術といった叡智だけでなく、情熱や執念、はたまた狂気によって成し遂げられた商品と言える。

電卓は、電子(式)卓上計算機の略称で、最も大事な「計算機」が抜けてしまっている。本書を通じて、電卓を計算機として初めて認識した。もちろん、計算するために電卓を使っていたのだから、計算機と知っていたが、計算機として見ていなかった。要するにコンピュータ開発のはてしない物語(感想文21-25)にあるようなコンピュータ開発の歴史の一部に組み込まれているとは認識していなかった。

トランジスタ、IC、LSIへと電子部品は発展し、その恩恵を誰もが受けている。開発の歴史は単純な点と線が結びつくものではなく、無数に分岐し、途絶え、合流し、絡み合う、複雑で動的な生命のようだ。

佐々木が残した足跡がどれほどなのかは私には分からないが、単純に技術面だけではない。

孫正義を世に送り出した一番の功労者は佐々木正だろう。佐々木がいなければ孫は米国で起業することも、第一勧銀から融資を受けることも、上新電機とビジネスを始めることもできなかったからだ。佐々木の役回りは、20代前半の才気あふれる若者に「信用」を与えることだった。佐々木はきらめく才能を持つ若者と、金と権力を持つ銀行や大企業を結びつけるカタリスト(触媒)の役目を果たした。それこそが佐々木正の真の価値と言える。(p.221)

触媒としての佐々木。有望な若者をカネと権力のある人物や組織と結びつける。人を育て、投資し、チャレンジの機会を与える。この好循環が続かなければ、未来は暗いものになろう。

最後に佐々木の言葉で締めくくりたい。

人類の進歩の前に、企業の利益など、いかほどの価値もないのだ。小さなことにこだわらず、人類の進歩に尽くすのが、我々、技術者の使命なんだ(p.236-237)

2022年新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

3年ぶりに実家に帰り、新年を京都で迎えました。雪がちらつく寒い大晦日でした。

2021年の大きな出来事は、私の異動でして、9月から神戸に単身赴任しています。人生初の単身赴任で、家族と離れ寂しいですが、その寂しさをお酒で紛らさないよう、一人暮らしの部屋でのアルコール摂取を極力控えるようにしています。外では飲んでますが。

今の部署は全く新しい分野でして、計算科学やコンピュータについて勉強しているところです。実のところ、勉強し始めている時期が一番楽しかったりします。

また、同時に管理職になりました。コロナ禍で出勤者が少なく、オンライン会議が多く、出勤してきてもマスクで顔半分が見えない状況で、まずは顔を覚え、信頼関係を構築するためにコミュニケーションを多くすることに腐心しました。特に1on1面談を早期に全員と行い、業務全体を把握し、見える化し、業務分担を見直しました。

少しずつプレイヤーからマネジャーへと役割を変えるよう意識づけ、私もそんな歳になったのだなと、こうして老成していくのかと視力の低下した目で遠く六甲山を眺めています。

神戸で社会人バスケの練習に参加しました。お腹の出たおじさんたちによる緩い集まりと思っていたら、ガチの練習&試合、そして私が最高齢くらいでして、あまりに辛すぎて練習前はちょっとナーバスになるほどです。そのおかげで体力はつき、シュート力は上がり、走れるようになり、高く跳べるようになり、キャリアハイの勢いでしたが、2021年最後のバスケでぎっくり腰をやらかし、現在、リハビリ状態です。バスケ初めにはなんとか間に合いそうです。

ゲームは、バグの直った『ダビスタ』をゆるゆるプレイし、飽き、その後、『新すばらしきこのせかい』、『ブレイブリーデフォルトII』、『大逆転裁判1&2 -成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟-』をプレイしました。

新すばは、『すばらしきこのせかい』の14年ぶりの続編となるアクションRPG。前作は何か心に残ったのですが、今作はそうでもありません。ゲームそれ自体は面白いのですが、無理くり続編が作られた印象が強く、独特の世界にグッとハマる感じではなかったのです。

BDⅡはテンポよく進むオーソドックスなRPG。ストーリーもバトル戦略もよくできています。レベル上げは必須ですが、さくさく上げることは可能で、誰もが爽快なゲーム後感を味わえるでしょう。

大逆転裁判は、今年1番面白かったゲームです。ほぼ、テキストメイン(音声はほとんどない)の硬派な論理パズルですが、日本とイギリスを舞台に若い弁護士見習いが成長し、小さな矛盾から大きな謎を解き明かし、巨悪に迫っていきます。ネタバレですが、シャーロックホームズや夏目漱石が登場し、個性豊かなキャラクターの言動に笑いながら、まさかの展開に背筋が凍ります。是非、プレイしてみて欲しい作品です。

年明けには真・女神転生Ⅴをプレイする予定です。2022年は、ゼルダBoWの続編、トライアングルストラテジー、気になっててやってないメトロイド ドレッドなど、プレイしたいゲームが盛りだくさん。単身赴任のお供に遊び尽くしたいです。

それでは、恒例の2021年の面白かった本ランキングを発表します。

 

第5位:アパレルの終焉と再生(感想文21-15)

私はファッションにさして関心はないが、そのビジネスには興味がある。衣類廃棄物問題ではなく、廃棄処分をする体力すら残されていない業界の現実を知り、打ちのめされる。アパレル業界の持続可能性について考えさせられる一冊。

sky-and-heart.hatenablog.com

 

第4位:スーパーコンピューターを20万円で創る(感想文21-28)

本書は、天文学の専用機であるGRAPEの開発物語であると同時に、20代の俊英たちが織り成す青春劇でもある。20万円で作られたのは厳密にはスパコンじゃないっていうツッコミはさておき、まったく別方向からのコンピュータ開発の歴史を知れて大変面白かった。

sky-and-heart.hatenablog.com

第3位:起業の天才!江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男(感想文21-27)

誰もが知っている超一流企業リクルート。でも、今の若い人は知らないだろう。戦後最大の疑獄「リクルート事件」を。創業者であり天才である江副浩正を通じて見る、通信業界の現代史だ。失われた20年が30年に延び、いったいどこまで失い続ければ良いのだろうか。失われた時間や富はどこに行っているのだろうか。

sky-and-heart.hatenablog.com

第2位:土偶を読む(感想文22-21)

土偶=植物の人体化」とする新説を描いた本書。考古学界隈に大きな衝撃を与えたかどうかは分からないけれど、ぜひ、これを機に新たな学問体系を開拓していって欲しい。

sky-and-heart.hatenablog.com

第1位:だれのための仕事(感想文21-16)

新しい本ではないが、得られる示唆は古びていない。私たちは生きるために働いているが、その労働に悩み苦しみ、たまに喜びを覚える(ことができたらどんなに素敵だろう)。出世が苦悩からの解放であれば、誰もが出世を目指すだろうが、そうではない。出世しても苦悩は尽きず、上からはプレッシャーを受け、下からは突き上げられ、むしろ複雑になる。人生を楽しく過ごしたいのに、どうしてこんなに仕事で苦しまなければいけないのか。そんな答えのない禅問答に行き詰ったときに、ふっと肩の力を抜いて本書を読んでみることをお勧めする。

sky-and-heart.hatenablog.com

 

2021年は単身赴任でバタバタし、新しい部署に慣れるのに時間がかかり、結果的に本を読む時間があまりありませんでした。それでも30以上の感想文を書き、自分の考えをまとめるルーティンはできました。

感性が鈍化し、摩耗し、チャレンジする意欲が逓減してきていますが、それでも人生をより良くするために、日々を大事に過ごしていきたいと考えています。

「人生はままならない。」強く感じます。40年以上生きた結論ですが、ままならないからこそ苦しくもあり楽しくもあります。

2022年も読書&感想文執筆を続けていきます。何のためにかって?たぶん、正気を保つため、かな。

感想文21-31:「私物化」される国公立大学

f:id:sky-and-heart:20211229161621j:plain

 

私が大学生だったのは四半世紀前。あの頃の大学と大きく変わったと耳にしていたが、本書では衝撃の事実が記されている。

学長中心のトップダウン型経営が国公立大学に何をもたらしたか。七つの大学の荒廃した現状を報告する。

7つの大学とは、大分大学京都大学下関市立大学筑波大学東京大学福岡教育大学北海道大学。私は院生時代を含めると3つの大学にお世話になっているのだが、そのうちの1大学が該当している。

文部科学省(感想文21-23)で書いたように、政府はイノベーション要するに産業(≒金儲け)の方向に大学を行動変容させようとしている。

また、「大学改革」という病(感想文18-08)においても、現場を無視した改革による弊害を描いている。

法人化を契機として、自主的で、「地域社会に開かれた大学」は実現したのだろうか。<中略>答えは「No」である。法人化を契機として国による財政的支配はむしろ強化された。「開かれた」のは政権与党たる自民党や一部の財界人に対してであって、地域住民に対してではなかった。この微妙でありながら決定的な分岐点を形作る装置がガバナンス体制である。(p.3-4)

政権与党と一部の財界人にとって都合の良いように大学は変わろう、変えさせられようとしている。大学の「改革」から一歩進んで、「私物化」と指摘されるまでになった。

大学の「私物化」とは、公的なものであるはずの大学を一部の者が自身や仲間うちの私的な利権のために占有してしまうことである。(p.90)

そして本書のキーワードがガバナンスである。

かつての「大学の自治」は、現在「ガバナンス」という言葉で語られるようになっている。両者の最大の違いは、「誰が」という主体の有無である。(p.64-65)

自治であれば、文字通り、大学教職員が自ら治めるのだが、ガバナンスでは主体は明示されない。結果、大学のトップである総長を選考するルールが変わり、教職員の意向は無視され、大学運営から教職員が排除された。現場無視の改革、しかも自分の仲間たちによる運営、これを私物化と言わずして何と呼ぶだろうか。

日本大学のような私立大学であれば、私物化の素地があり、そうなっても仕方ないけれど、そうならないように監督官庁が指導する仕組みが必要だろう。一方で、国立大学の私物化が先鋭化している。しかも、国が率先して助長しているのだ。

大学があらたな価値創出のために作り変えるべきはまず、「運営から経営へ」という発想そのものであり、そこで必要とされたのは、国と市場に色目を使った「経営」などという言葉に代わる、「コモンズ」としての大学にふさわしい新しい理念の創造だったのではないか。(p.85-86)

コロナ禍で大学はオンライン対応など教育の在り方の見直しに迫られた。こういった緊急事態対応は、権限の集中やガバナンス体制は比較的有効に機能したかもしれない。

しかし、コロナが収まり、SDGsなどの地球規模課題への対応を考えていくと、多くの教職員が知恵を出し合い、協力し、共創する環境整備が求められる。

ガバナンス&経営の発想は、資本主義経済に貢献する民間企業であれば望ましい姿かもしれないが、人を育て、新たな知を生み出す大学にとってはどうだろうか。

コモンズが大学にふさわしい新しい理念かどうかはさておき、限られた人間による私物化は、大学の機能を制限し、歪ませる。そんな大学で育った人間は果たしてどうなるだろうか。

感想文21-30:物理学者のすごい思考法 

f:id:sky-and-heart:20211228112954j:plain

私は物理学への得も言われぬ憧れのようなものを持ち合わせている。派生して物理学者への尊敬の念も持っている。 

著者は橋本幸士先生。どうやら2021年度から京大に移られたようだ。同じ教授職で阪大から京大に移るのは珍しいのではないかしら。 

高校の時は得意だった物理学だけれど、大学では農学部を選んだがために、その後に鍛える機会もなく、今に至る。たまに物理学の本を読んで分かった気になったり、チンプンカンプンになったりして、脳に刺激を与えるくらいだ。 

物理学の業界で興味深かったのは、論文の大量死現象だ。 

2012年にヒッグス粒子と呼ばれる素粒子が実験で発見された際、理論物理学の論文が大量に「死ぬ」という事件が起こった。<中略>未発見のヒッグス粒子の性質について、様々な理論的予想が論文に書かれた。それらが、2012年のヒッグス粒子の実験的発見により、ほとんど淘汰されたのである。数千の論文が死んだ。素粒子物理学はこの100年、そのように論文の大量虐殺を繰り返しながら進展してきた。(p.112-113) 

実際に実験で発見されたり生成されたりすると、理論的予想で外れた論文は葬り去られる。そういう運命なのだ。物理学が面白いのは、実験と理論の両輪で進展し、その後ろには結果的に間違った死屍累々の論文の轍が続いている。 

物理学は、理論と実験の両輪で進んでいくものである。新しい物理現象が見つかったとしよう。その現象の奥に潜む原理を、新しい理論は解き明かす。そして、理論はその成功に基づいて、新しい物理現象を予言する。その現象が、また実験で確認される。この繰り返しで、物理学は現在の最先端科学にまで発展してきた。(p.190) 

物理学には理論屋と実験屋の2種類の人種がいる。それぞれに美学があり、真理探究に邁進している。 

科学的な考え方は、時に、人間の知覚を大きく飛び越える。それは、今までに発見されてきた科学がすでに人類の集合知という神になっているため、その神の視点を用いて、次の科学を考えていくからである。科学が進歩するとき、人間は神を拡張しているのだ。(p.113) 

量子物理学の世界は、完全に人間の知覚から逸脱している。ほとんどイメージ不可能な世界だ。科学によって得られた集合知は神であり、科学は神の御姿を拡張し、変えていく活動に他ならない。 

物理学と神(感想文09-10)を思い出す。橋本先生の中では神は完全なものではなく、完全なものへと発展していく終わりなきプロセスのようなイメージなのではなかろうか。 

本書は気軽に物理学者の実態や生態を触れられる。とはいえ、タイトルにあるすごい思考法を学べるわけでも、習得できるわけでもないので、過度な期待は禁物だ。軽い気持ちでさらりと読むのをお勧めする。 

感想文21-29:亜種の起源 苦しみは波のように

f:id:sky-and-heart:20211227111930j:plain

 

著者は桜田一洋さん。長らくアカデミアと企業で生命科学の分野で研究してきた研究者だ。実のところ、面識はある。もちろん、桜田さんは私を覚えていないだろうが。

本書をどう位置付ければ良いだろうか。サイエンス、科学哲学、生命観、人生論、自叙伝、様々な要素が混然一体となり、一つの大きな流れを形成していく。

桜田さんの第一印象は怜悧なサイエンティストだった。なんとなく見た目がそういう印象を持たせるのだ。

実際に話したり、話を聞いたりすると、おや?違うなと分かる。物腰が柔らかく、穏やかな方だ。本書も、丁寧に書かれていて、何より自然の捉え方、もっと言えば、世界の認識の在り方が私の学んだ生物学とは異なっている。

オープンシステムは自己組織化によってまず周期的に運動する振動子を生む。次に複数の振動子が弱く相互作用することで同期と非同期を選択して時空間に複雑なパターンを生成する。このように無償で秩序が創発することを本書では『協創(シナジェティクス)』と呼ぶ。(p.104)

本書のキーワードの一つは協創である。書かれている日本語それ自体は平易であるが、内容は難解である。周期や振動とあるように、生物を波と捉えられる。

シナジェティクスを調べてみると、おお、出てくる。ウィキペディアによると『バックミンスター・フラーが提唱した独自の概念であり、学問体系である。主にシナジー幾何学とも訳される幾何学的なアプローチで、この宇宙(自然科学や人文学、果ては人類や自然、宇宙まで人間が知覚しうる全てを具象から抽象、ミクロからマクロまで)の構成原理であるシナジーを包括的に理解しようとする学問。』

なるほど。多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者(感想文20-03)にも登場するバックミンスター・フラー幾何学的なアプローチの学問と本書の協創とは、ぴったり一致するわけではないけれど、言わんとしているところの根幹は共通している。

要素還元論、生物≒機械の認識、競争による自然淘汰、近代の生物学によって形成刺されてきた、偏った自然観、生命現象からの脱却を唱えている。

「考えること」と「感じること」から人間の思考が成り立っているように、これからの生命科学は、「メカニズム」と「オープンシステムサイエンス」を融合することで、「個性を反映した高精度の予測」と「条件つきの因果モデル」とを組み合わせて問題の発生を事前に予防できるようになる。これを生命科学の新たな総合を称する。(p.162)

人間の思考に根差した新しい生命科学生命科学の歴史はさほど長くはないけれど、未だに生命たる人間は生命たるヒトどころか、生命そのものを理解できていない。

相分離生物学(感想文20-27)のような分子と生命現象のギャップに着目した学問や、生物の中の悪魔(感想文20-15)のような量子生物学など、新しい生物学が生まれつつある。

この後、どのように生物学や生命科学が発展していくかはわからなが、新たなパラダイムの提唱と淘汰が繰り返されていくだろう。

人類の前には二つの大きな選択肢がある。欲望を満たすことと引き換えに誰かの作ったプログラムに従って機械的に管理される社会と、信頼を構築することで未知なる未来を発見する社会である。私は未来の人類が自分自身の手で未来を拓くことができる信頼の社会を残したいと思う。(p.188)

本書は生命科学だけではなく、社会像や未来像にも言及していく。経済格差や思想などによる分断と対立、AIによって管理される欲望、そしてコロナ禍による終わりの見えない不安。

欲望が肥大化し、感情がむき出しになり、対立を煽り、不公平な競争を促し、格差が広がり、分断が進む。

スマホを持ち、インターネットでつながり、欲しい情報にアクセスできる社会。テクノロジーは進展したが、社会は進展したのか。人間は本当に豊かになり幸福になったのか。

単純に昔と比べれば、幸福になったと言って良いだろう。しかし、社会は成熟しているのか、個人は満ち足りているのだろうか。

本書は新しい生命科学から社会の歪みを少しでも整え直そうとする遠大な試みの模索にも思える。

ままならないこの世界をどう捉え直すのか。最新の生命科学の知見を活用する無謀な取り組みにも思えるが、今の社会に心を痛めている桜田さんの正直な胸の内を吐露している。

共感し、協創する能力のある人間が活躍できる社会への発展を願っている。

感想文21-28:スーパーコンピューターを20万円で創る

f:id:sky-and-heart:20211216122408j:plain

 

「スパコン富岳」後の日本(感想文21-26)に続く、スパコン関係の本3冊目。タイトルが興味深い。え?20万円でスパコンが作れるの?

著者は、伊藤智義さん。本書を読み進めて知ったのだが、漫画『栄光なき天才たち』の原作者である。スパコンを開発し、漫画の原作も手掛ける。実に多彩な方だ。

本書では、天文学者による天文学者のためのコンピューター開発で「世界最高速の宇宙シミュレーション」に挑戦した人々の物語を、プロジェクトの一員であった筆者の視点から綴っていく。(p.12)

コンピュータ開発の果てしない物語(感想文21-25)にあるように、歴史のある天文学には、ケプラーの時代から煩わしい大量の天文計算を助けてくれる計算機の需要の長い歴史がある。

時代は1980年代後半。現代の性能とは比べ物にならないとはいえ、スパコンは存在していた。しかし、利用するためには競争が激しく、また多くの利用料が必要だった。

天文学者たちは、天文学者のための専用スパコンを求め、その開発に著者である伊藤さんがほぼ素人同然で参入した。そして、重力多体問題専用計算機「GRAPE」が開発され、天文学が大きく進展していく。

本書は、単なるプロジェクトX的な物語ではなく、20代の俊英たちが織り成す青春劇でもある。もちろん恋愛模様ではなく、人間関係の苦悩や焦燥含めて、若い研究者の卵たちが全力で駆け抜けた姿を瑞々しく描いている。

本書では私が知っている、さらには面識のある(相手は私を覚えていないだろうが)方も登場する。この人がGRAPEに関わっていたんだと初めて知り驚いた。

知っている人が登場すると本の世界へ深く没入できる。

交響曲第6番「炭素物語」(感想文20-39)に登場するジャイアント・インパクト説(原始地球に小天体が衝突し、地球や小天体の破片が集まって月がつくられた説)について、シミュレーションでの実証に用いられたのがGRAPEなのだ。

大変面白いのが、天文学のための専用機であったGRAPEが、別の用途へ広がっていく点だ。

タンパク質は粒子数が多すぎて計算が破綻してしまうのである。これは銀河や球状星団などの重力多面体問題と全く同じ状況ではないか。違うのは、計算すべきものが、重力ではなく、クーロン力と呼ばれる電気の力だったことである。(p.196)

重力多体問題計算のためのGRAPEが、分子動力学計算にも用途を拡大していく。研究開発は面白いもので、当初まったく想定していない分野への波及がままあるのだ。

GRAPE開発から30年以上経った今でも、その血脈は続いている。汎用スパコンだけでなく、専用スパコンの存在とその歴史に触れられ、少しずつコンピュータ開発の全体像が見えてきた。

計算とは何か、といった本質も学んでみたい。