40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文26-36:ポイント経済圏20年戦争

 

 会社は「本」で強くなる(26-28)で紹介されていて、手に取ってみた。読んでみると大変面白い。

野村総合研究所の推計によると、2022年度に民間で発行されたポイントの総額は1兆2342億円。ポイントの発行には、物やサービスの購買などが伴う。つまり、ポイントの発行額をベースにすると、少なくとも110兆円もの巨大な消費がひも付いているのだ。(3)

110兆円もの巨大な「ポイント経済圏」を巡るビジネスの攻防が描かれている。私はネットで買い物しない(ネットでの買い物は妻が一元管理)し、Vポイントや楽天ポイントなどの共通ポイントをほとんど利用していない。ポイントを利用しているのは、近くのスーパーと家電量販店のそれぞれの独自ポイントくらいだろうか。現金中心の私の消費行動は、今のポイント経済圏では補足しにくいだろう。

本書はポイント経済圏を巡る五大陣営の攻防の内幕を描いたものだ。(5)

現在の五大陣営とは、楽天ポイント(楽天)、Ponta(三菱)、dポイント(ドコモ)、Vポイント(三井住友)、PayPay(ソフトバンク)である。そして日本のポイント経済圏を語る上での最重要人物は、笠原和彦氏である。

笠原氏はNECの敏腕セールスマンだったが、1989年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC:レンタル店「TSUTAYA」や「蔦屋書店」などのプラットフォーム事業を手掛ける企業)に移籍。CCCで共通ポイントプロジェクトを立ち上げ、まさに「Tポイント」の生みの親となる。

「1業種1社」というTポイントの成長の原動力となった加盟ルールである。(60)

ということで、例えば、石油元売りでは「新日石」、コンビニでは「ファミリーマート」、飲食業であれば「すかいらーく」といった面々で構成され、競合他社の加盟を認めない「鉄の掟」がTポイントを大きく成長させることとなった。そのルールは笠原のアイディアが活かされている。

Tポイントは従来の流通のマーケティングの常識を覆した。その原動力となったのが、データの存在である。共通ポイントによる新たなマーケティング手法は、会員の増加や加盟店網の広がり、そいて、それらから積み上がるデータをさらに活用することで、進化が一層進むことになる。データを土台とするポイント経済圏の礎が着々とつくられていったのだ。(77)

ポイントの共通化が新たなマーケティング手法を生み出す。会員の増加に伴いデータ蓄積されると分析に有利になる。「1業種1社」ルールにより、ポイント経済圏もっと言えば他業種同盟圏、もっと言えばポイント・ブロック経済圏が強化される。こうしてTポイントのヘゲモニーが完成し、後発のポイント経済圏が太刀打ちできないかに見えるのだが、そうならないのが面白いところ。事実、今となっては、TポイントはVポイントへと名称を変更し、影響力は相対的に小さくなっている。

なぜTポイントの牙城が崩れたのか。Tポイントの生みの親である笠原氏は、CCCで冷遇され、そして競合となる楽天へと移籍する。

4年後、笠原は楽天に移籍し、自ら生み出したTポイントを倒す戦いに身を投じることになる。運命の歯車は回り始めていたのだ。(124)

笠原はTポイントを生み出し、そして楽天ポイントにより打ち倒していく。つまりは、「1業種1社」ルールをどう打ち破ったのか。

ダブル付与が画期的だったのは、単にポイントの大盤振る舞いによる集客力の向上だけではない。自社ポイントの廃止を迫るTポイント流の「囲い込み」に対し、笠原が構想した業種や地域にとらわれない「包み込み」戦略を体現していたことだ。共通ポイント事業者と加盟店の間で、排他的ではなく、オープンな関係を築くという思想が底流にあった。(146)

自社ポイントと楽天ポイントのダブルポイント付与が、強固なTポイントの牙城を切り崩すクリティカルな一撃となった。Tポイントの経済圏が強くなればなるほど、加盟店の自由度が下がり、離反を招く。

もちろん楽天は、EC事業や金融事業というCCCやTポイント経済圏にはない強みがあった。後にTポイントは三井住友と組むことでVポイントとなったとはいえ、うまく金融事業を引き入れることには成功したと言える。

ビジネスを動かしているのは結局のところ、人であり、人の感情なのだ。<中略>ポイント経済圏を巡る覇権争いは、人が織り成すダイナミックな叙事詩と言っても過言ではない。(258)

本書では実名で多くの方が登場する。本書で初めて知った方もいれば、楽天の三木谷氏やソフトバンクの孫氏など時代の寵児と呼べる有名人も多数登場する。

ポイント経済圏では消費者でありポイントの受益者でもある私たちからは見えない、ビジネスの世界。多くのビジネスマンが関わり、組織として意思決定し、 社内政治の科学(26-32)にあるように正式なルートではない方法で無数の調整や交渉があったことだろう。ポイントの元締めと加盟店だけでなく、個人情報やデータの管理や解析などITベンダーも深く関わり、多くの労働者が苦労し築き上げた経済圏で群雄割拠が日々起こっている。

働くこと、チャレンジすること、既存のルールを打ち破ることなど、様々な面白さや難しさが存分の詰まった一冊。本当に面白かった。

感想文26-35:社会のしんがり

 

現在、最先端の科学技術にかかわる仕事をしており、若いうちはそれが刺激的で、ある種のカッコよさを感じていたが、歳をとるにつれて徐々に自分自身の考え方が変容してきたように感じている。

原因は単に年老いたせいかもしれないが、最先端の科学技術やその研究が、世界をより良く変えていくという希望や願望に、徐々に寄り添えなくなってきているのかもしれない。

もちろん、科学技術研究そのものを否定しているのでは全くない。 「役に立たない」科学が役に立つ(20-37)にあるように、「科学は真に世界を結び、普遍性をもつ事業」であることは今でも強く信じているし、そうあって欲しいと願っている。でも、半世紀近く生きてきて、働ける残り時間を考えると私は、今の「さきがけ」的な仕事に携わった前半戦を相補するような、人生の終盤で「しんがり」的な仕事に携わりたいと考えるようになった。

経済学を学び、経済学は資本主義の道具でも傀儡でもなく、人間の行動について考える学問であることがわかってきた。そして経済学は、資本主義がもたらす大きな課題、つまりは格差と分断に対抗できる武器にもなり得ると考えるようにもなった。

幸か不幸か科学技術は資本主義と相性がよく、経済成長を実現する駆動力として期待され、多くの資産が投下されてきた。事実、科学技術の発展により、寿命は延び、フロンティアが開拓され、膨大な計算が可能となり、私たちの生活を現在進行形で劇的に変えている。一方で、環境が破壊され、気温が上昇し、異常気象が起き、貧富の格差は拡大し、分断が生まれ、戦争は世界各地で起き、多くの人が殺されている。

私のこれまでの約四半世紀にわたる仕事は、果たして人類の幸福に貢献したのだろうか。社会を少しでもより良くしたのだろうか。年齢を重ね、人生の機微を感じられるようになり、ふと思い立ち止まる。

私が生まれ育った家庭環境はそれなりに裕福(食うに困るような事態に陥ったことはない)で、虐待されたことも、犯罪に巻き込まれたこともない。でも、喘息もちで体が弱く、さらに咽頭に生まれつきの病気を持っていたが、2度の手術を経て咽頭は完治し、第二次性徴と部活の合わせ技で喘息は鳴りを潜め、体はずいぶんと頑丈になった。

大学生になって良い人と巡り合い、そのまま結婚し、子供が二人いて、長男はすでに成人している。折り返しが過ぎ、徐々に人生の終盤が見えてきた中、今の仕事に対して、これまでのようなエネルギーと負荷をかけて付き合っていくのが良いのか本当に悩んでいる。恵まれた人生をどこに何に恩返しすべきか。障がいや貧困に悩む人たちに何か捧げることはできないだろうか。

本書は、2014年度から2018年度までにわたって慶応義塾大学経済学部で行われた全労済協会寄附講座「生活保障の再構築―自ら選択する福祉社会」をもとに、さまざまな分野、地域で、変化する社会経済が引き起こす諸課題を克服すべく格闘している人々の活動をまとめたものです。広義では、延べ68人の講師、約1000人の受講者に参加いただきました。(8)

こういう授業を受けられる環境にある学生たちが心底羨ましい。おそらく私よりも恵まれた家庭環境で育ったであろう慶応大学の経済学部の学生に、社会の困窮者を支援するリアルでディープな取り組みについて学べるこの一連の講座は、本当に素晴らしいアイディアに満ちた取組だと思う。

寄附講座からすでに7年が経過している。果たして蒔いた種から芽が出て、実りは生まれたのだろうか。この講座の結果も知りたい。

「一番厳しい人を見捨てる社会は、みんなが見捨てられていく可能性のある社会につながっている」という視点を、地域へ発信していくことが大切だと考えています。「知ることによって優しさが生まれる」のです。その人の背景がわかれば、もっと地域は優しくなれると確信しています。そのためにも、周囲にとって「困った問題」に目を向けるのではなく、その人の困った課題に目を向けて寄り添うという支援と、その人が社会参加できる居場所や役割をどう構築していくのかが問われています。(389-390)

 こころみ学園奇蹟のワイン(17-53)にある知的障害者更生施設は、一番厳しい人を見捨てない最たる事例と言える。反面、相模原障害者施設殺傷事件は逆に起きてはならない、一番厳しい人を切り捨てた最悪の事例と言える。

私たちが暮らしたい社会や地域はどうあるべきか。困窮者を見捨て、切り捨て、見放すのは難しくない。DEI(多様性:Diversity・公平性:Equity・包括性:Inclusion)という言葉はあるが、それを達成・実現するのは本当にとても難しい。

障害者雇用促進法により、「障害者の法定雇用率」が定められており、達成できなければ

  • 「障害者雇用納付金」の納付(未達成1人当たり月額50,000円)
  • 「企業名の公表」等の行政指導

の罰則措置が適用される。よって、企業は法定雇用率を超えるラインで障害者を雇用するインセンティブがあるが、障害者が働きやすい環境を整備するモチベーションは起きていない。結果、 障害者雇用「仕事与えられず放置」相次ぐ(2026/05/07読売新聞)のような事態が起きている。

www.yomiuri.co.jp

仕事にありつけているだけマシとも言えるが、理想と現実にはかなりのギャップがある。そのギャップを会社や職場に委ねることにもはや限界があり、達成できなかった場合の実質的な罰金はまさに障害者を外部性として厄介者扱いしているに等しい

「しんがり」についてもっと学び、考え、そして具体的な行動を起こしたい。

感想文26-34:はじめての圏論 ブンゲン先生の現代数学入門

 

 生命の起源を問う(26-08)に続くブルーバックス第7弾。分野は数学のなかの「圏論」。とあるプレゼンで圏論という言葉を初めて知り、知らないことを知りたいという欲求が沸き起こり、手に取ったのが本書。

本書は「圏論をあまり専門的になりすぎない程度に、なおかつ基本的な考え方の本質はちゃんと理解できるように勉強したい」という人向けの「圏論入門」です。(3)

ということで、入門書ではあるけれど、後半部分は難しい。私は完全に理解できたとは到底言えない。もっと時間をかけて、手を動かして、たくさん書かないと血肉にはならないだろう。

本書では「圏論は実学である」という基本思想に基づいて、圏や関手、自然変換といった圏論の基本的な対象を説明し、その基本的な役割や本質的な側面について解説します。(7)

圏論が面白いのは「実学」であるということだ。本書は著者のブンゲン先生(加藤文元先生)が大変身近な事例、ミルクボーイの漫才ネタから始まる。数学の入門書において、意外な取っ掛かりに驚く。でもそれだけ身近で実用的という意味でもある。

個々のモノや人ではなく、それらのあいだの関係から浮かび上がる「モノ像」に注目すること、つまり関係のみを通じて世界を見ること。これは圏論という理論における、もっとも重要で基本的な考え方である。(20)

個々のモノや人ではなく、それらのあいだの関係に着目する。圏論とは関係性の学問である。

圏論は、「関係性だけから世界を見る」という視点を我々に提供し、多くの階層にまたがる関係性の明確な構造化によって我々の日常言語を増強し、現実を見る目を強化するのである。(24)

単純なモノとモノの関係ではなく、関係の関係、関係の関係の関係へと階層をまたがって関係性を考えることができる。そういった新鮮な観点を提示してくれる。

そして本書で唸ったのは、誰でも知っている「最大公約数」の圏論を入り口にして、実学的な説明にまで昇華していることだ。

社長と調整役の違いは1と4の違いのようなものである。1も4も20と36の公約数だ。しかし、4は公約数の中でも特別な存在である。というのも、それは(整除関係の意味で)20にも36にももっと近いギリギリの存在だからだ。(48)

これだけ読んでも何のことが分かってもらえないだろうけれど、圏論という視座が、最大公約数、組織論をうまくまとめてくれる

第二段目までではまだ終わらない。第三段目の関係、すなわち「関係の関係の関係」が存在する。しかも、それは極めて有用な考えかたである。<中略>圏論は、そのような自然言語ではなかなか明確に表現できない「高次の関係」を言語化することができる。<中略>だから、圏論の言葉を習得した人にとっては、「関係の関係の関係」を実社会に見出し、言語化することは、もはや困難なことではない。社会の多くの人々がこの言葉を習得することによって、22世紀の人々は「関係」の高い階層構造を、難なく共有できるようになるかもしれない。17世紀ごろに微分積分学や対数が導入されて以降、人間社会は産業革命や科学革命など、大きな変化と進歩を遂げた。もしかすると、圏論はそれくらい大きな地殻変動を、将来の人類にもたらすかもしれない。(216-217)

ということで圏論への期待は高い。実社会への応用範囲が広く、圏論を理解した人同士によって、これまでできなかった現状の理解、構造の解明、さらには交渉などができるようになるのかもしれない。

そう考えていくと、指数関数をきちんと理解していれば、「指数関数的に増加する」という表現を共有できるように、圏論を理解する人が増えれば新しい表現が生まれ、共有できるようになるのかもしれない。

圏論についての本をほかにも読んでみたい。すべて理解できていなかったとしても、新しい視座が得られるので、数学は楽しい。

感想文26-33:本は誰かを連れてくる

 

著者は平松 洋子さん。エッセイストとのことだけれど、著作を読んだことがない。

本書は本についての本で、会社は「本」で強くなる(26-28)のような本を紹介する本を読んでみようと思い手に取った。

書きつけられた言葉のなかに、ものを書く人間のまなざしが潜んでいる、隠されている。だから、一冊の書物を読むことは、著者というひとりの人物に遭遇し、その人物の深層に潜りこんで一対一の秘かな約束を切り結ぶことでもあると思うのだ。本は、本を連れてくる。と同時に、言葉を紡ぐリアルな人間を目前に連れてくる。だから、確かなざらつきの手触りが一冊の本を生涯忘れ得ぬものにする。<中略>読書という行為が連れてくるのは著者そのひと。(3)

本は単なる文字情報の羅列ではない。その文字を文章を書いた人間が必ずいる。本を読むという行為は著者への接近・接触でもある。

さて、本書に登場する作家たち(総勢約40人弱)について、著作を読んだことがあるのはわずか4名(町田康、山田詠美、吉村昭、小川洋子)、名前だけは知っているは10名ちょっとという私のリテラシーの低さが災いし、半数以上が知らない方々に関する読書エッセイになってしまった。

たいして小説を読んできていないため、守備範囲が違い過ぎて、集合(読んだことのある作家)の共通部分が少ないという体たらくだ。

ということで、この感想文は本を読んだけれど、知っている人があまりに少ないので、とりあえず読んだだけであんまり何も残っていないという情けない事実の吐露に留めておきます。

感想文26-32:社内政治の科学 経営学の研究成果

 

長く組織で働き、管理職になり、働くことの面白さと難しさ、そして何より人生のままならなさを痛感している。本書にあるように社内政治についてこれまで深く考えたことがなかったが、「科学」の対象になっているということ自体に新鮮な驚きがあり、読んでみることにした。

社内政治には、世界中でさまざまな理論が展開され、膨大な理論研究・実証研究が積み重ねられてきました。本書では、その中でも特に、社内政治の理解を大きく前進させてきた質の高い研究に焦点を当てます。そして、社会科学の知見に裏づけられた社内政治の全体像を丁寧に解説していきます。(4)

社内政治はこれまで多くの研究がなされてきているとのこと。そういった研究分野があることを知らなかったし、想像すらしてなかった。

本書は利害の異なる人々を束ね、会社の目標を実現するために影響力を発揮したいと思っているすべてのビジネスパーソンに向けた一冊です。もともと政治的な存在である会社という組織の中で、自分はどのように影響力を発揮できるのか。それを考えることが大切です。(5)

会社はもともと政治的な存在である、と指摘され、確かにそうかもと思い至る。

社内政治は「なくせるもの」ではありません。さらに言えば、社内政治は「なくすことを目指すもの」でもなく「前提とすべき現実」です。そして、政治のない組織が健全な組織になるとも限らないということを私たちは認識しておくべきです。(44)

社内政治という存在自体を忌避するのではなく、またそれを失くそうとするのではなく、「前提とすべき現実」として適切に活用し、マネジメントしていく。そう考えると、社内政治について見方や考え方が大きく変わってきた。

本書で繰り返し強調したのは、社内政治の中には「組織を動かすための働きかけ」になるものもあるという点です。そのような社内政治は、信頼・共感・正当性・倫理的判断に基づく、前向きで創造的な活動でもあります。<中略>組織の健全な運営や変革のために必要な行動であるという視点を持っていただけたのではないかと思います。(234)

社内政治についての研究成果は本書をよく読んでいただくとして、社内政治つまりは、

  • 利害の不一致や対立があるときに
  • 正式なルートではない方法で
  • 他者や組織に影響を与えようとする行動

と簡単に定義すると、改めて自分が組織の中でなすべき、あるいはできる行動が見えてくる。根回しや調整、事前の情報収集などを行うためには、人的ネットワークが不可欠で、そういった「頼み事」を非公式に行うためには、信頼関係が構築されていないといけない。

信頼関係を築くためには好感度を上げる必要があり、時間をかけて少しずつ積み重ねていくしかない。社内政治を有効にマネジメントするためには、結局は日頃の行いが大事で、どれだけ一人一人に向き合い、質の高い時間を一緒に過ごしてきたのかが問われる。

社内政治は一朝一夕でできるわけではない。組織の構造を把握し、人員とパーソナリティを把握し、信頼関係を構築し、その上で、非公式な一手を打つことができる。意識的か無意識的かはあるが、多くの組織で働く人は社内政治を活用しているといえるだろう。

働くことの面白さと難しさを社内政治という新たな観点から改めて考える機会になった。ビジネスパーソン必読の書。

感想文26-31:破壊系資本主義 民主主義から脱出するリバタリアンたち

 

資本主義はほかの主義よりもはるかに強力で、人間の性(さが)にフィットできてしまっているがために、全世界で資本主義は猛威を振るっている。

資本主義が戦争を起こし、多くの人を殺し、環境を破壊する。こうまとめると、資本主義が諸悪の根源かのように思うが、そうではない。 史的システムとしての資本主義(09-56)でまとめているように、「資本主義は資本蓄積だけを目的としている」。畢竟、諸悪の根源は資本主義を超える新たな主義を生み出せていない人間であり、資本主義を制御しきれない愚かさだ。

本書は、既存の社会を壊しながら世界中に広がっている破壊系資本主義の物語である。<中略>また本書は、綿密に練られたイデオロギーの物語でもある。つまりこのタイトルには、いまの世界の仕組みを示すと同時に、その世界を変えようとする人々の姿を紹介する意図も含まれている。それは、かつてないほど人々が互いにつながり、同時にますます分断が進む世界を描くひとつの方法だ。(5)

ちょうどこの感想文を書いている前日にNHKスペシャル「臨界世界 月の町タルトンネ ソウル最後のスラム」を見た。韓国は人口の上位1%が富の4分の1を占めている超格差社会だ。3.5億円の高層マンションの裏に巨大スラムが広がっている。資本主義は資本の蓄積だけを目的としていて、その分配や共有は無関係だ。映像でまざまざと格差社会のリアルな光景を見せつけられた。

香港からロンドンの再開発地区ドックランズや、都市国家のシンガポールへ、アパルトヘイト後期の南アフリカから現代の南部連合支持者が暮らす米国南部、また米国西部のかつての未開拓地区へ、"アフリカの角"とも呼ばれるソマリアの紛争地域からドバイとその世界最小の島々へ、そして最後にメタバースの仮想世界へと続く。これら破壊系資本主義を推進する人々は、新たな理想郷を思い描いていた。そこは資金を預けられる非常に柔軟な"動く要塞"あり、もっと公平な現在や未来を求めて要求を突きつけてくる民衆を排除できる場所だ。(10)

舞台は、香港、ロンドン、シンガポール、南アフリカ、アメリカ、リヒテンシュタイン、ソマリア・ソマリランド、ドバイ、ホンジュラス、そしてサイバー空間であるメタバースへと広がっていく。

分離独立で生まれたスタートアップ国家は、移動を繰り返す資本の新たな避難先や、無規制でビジネスや研究ができる新たな法域になりうるからだ。ミニ国家はゾーンであり、異なる法体系を許容する小さな区画は経済実験に最適だった。さらに、ミニ国家は同じ考えを持つ住民の自発的な集まり、つまり"フュレー"でもあった。かくして人々の離脱行為で無数の小さな領域が新たに生まれ、競争が続く騒がしい世界市場に巻き込まれていく。このネオ・ナショナリズムが、縮小を続ける法域を特徴とする"社会的選別"の黄金時代の到来を予見していた可能性だってある。(118)

無数のミニ国家・スタートアップ国家が生まれ、地球をバラバラの小さな区画で覆い尽くしていく。トリスタン・ガルシアの 7(26-17)の6つ目の物語『「半球(ドーム)」国境が消え、同じ思想の者同士が〈囲い〉で暮らす完全な分断が実現した世界で、〈普遍主義者〉が見たもの。』を思い出す。半球はまさにゾーンだ。完全な分断が実現した世界へと近づいていっているのだろうか。

香港とシンガポール、ロンドンとリヒテンシュタイン、ソマリアとドバイ―私たちがここで目にしているのは、資本主義と民主主義の接近ではなく、むしろその距離の拡大だ。21世紀初めに各国が見せた動きで、その傾向が明らかになった。いまのところ、民主主義なき資本主義の陣営は勝利を収めている。リバタリアンがアジアの独裁主義国の政府を称賛しても、もはや誰も驚かない。(272-273)

民主主義と距離を置き、自由度を高め独裁的に国家を運営し、資本を増やしていく。なぜそのようなことができるのだろうか。

ゾーンが生み出す世界は、実は民間企業が激しい競争を繰り広げる1000の政体からなるパッチワークなどではない。国家資本主義体制を採用するひと握りの超大国の立場を強化する存在、それがゾーンの正体だ。(274)

現実を突きつけられる。民主主義を手放し、格差がますます広がろうとも、資本主義を貫き通す独裁国家は、超大国の歯車の一つでしかない。

各人の言い分はどうあれ、結局のところゾーンは国家の道具であり、国から自由になるための手段ではない。人々がいくら離脱を夢想しようとも、ゾーンは地球から飛び出せない。そして、ゾーンに関する3つ目の真実は、おそらくもっとも平凡だが最も重要なこと―すなわちゾーンには住民がいる。この世界に未開の土地などありえないのだ。(278)

国の規制がなく、自由にビジネスを行い、取引をして、幸福になろうとしている。しかし、未開の土地は存在しておらず、多様な人々が暮らす物理世界から抜け出すことはできない。

日々の仕事が資本主義の強化に加担している。若い頃は疑いを持つこともなく仕事をしてたが、歳を重ねていってだんだんとこのまま今の仕事をしていて良いものかどうか、本当に悩むようになった。

第二の人生について考えるタイミングだろうか。自分の人生をかける仕事とは何か、改めて考えたい。

感想文26-30:美術館強盗事件簿 10ヵ国10事件の顛末

 

2025年10月19日にフランス・パリのルーヴル美術館から、総額8800万ユーロ(約155億円)相当の宝飾品を窃盗した事件が起きた。容疑者7名が逮捕されたが、盗まれた美術品はまだ見つかっていない。

2025年12月29日にはドイツにある銀行の金庫から約3000万ユーロ(約55億円)相当の金品が盗まれた盗難事件も発生した。こういった大胆な窃盗・盗難事件が、技術の進んだ先進国で今でも起きているというのは驚きだ。

さて本書は、20世紀以降にヨーロッパ、アメリカ、ブラジル、エジプトの美術館で起きた名画盗難事件を描いたノンフィクションである。それぞれの事件にはドラマがあるわけだが、その事件簿については関心がある方に読んでいただくとして、ここでは「共通事項」について何かしら書き残しておきたい。

傑作と言われる絵画を盗むことは時として「簡単」だが、これを売りさばくことはかなり難しい。(239)

美術品を盗むのは簡単、売るのは難しい。ということで、盗難されても、売却できず、結局は無事に戻ってくるケースもある。そして、闇なのか裏なのかなんとお呼びすればいいか分からないけれど、盗難品がやり取りされるアングラのマーケットがちゃんと機能しているというわけでもないようだ。

専門家たちもこれを認め、そして驚いている。オランダ出身であるが生涯の大半をフランスで過ごしたゴッホの絵は、世界でもっとも盗難被害に遭っている。(272)

ゴッホの絵はかなり盗まれているらしい。本書にはその一覧が載っている。ゴッホの絵は盗人の琴線に触れるのだろうか。なお、2020年にオランダの美術館から盗まれたゴッホの絵画が、3年半ぶりに発見されたらしい。

2004年、FBIの内部にアート・クライム・チーム(ACT)が発足した。<中略>発足からの5年間に、ACTは850点以上の美術品を回収したが、その価値は合計で1億3400万ドルを超える。この成果ゆえに、ワシントンに本部を置いてFBIの犯罪捜査部門の一角を占めているACTは時間とともにその規模を拡大している。(328-329)

ACTをドラマ化してほしい。そういえば20年以上前に、仕事で犯罪捜査型DNAデータベースについて調査したことを思い出した。犯罪捜査って実際は泥臭くて、とても大変な仕事だとは思うけれど、ドラマ感があってエンタメ性があって面白い。

2020年、インターポールの年次報告書は、今やその数が196となった加盟国において盗難被害にあった文化財85万4742点(絵画、彫刻、古銭、考古学的価値のある書物、稀覯本など)が発見された、と伝えている。ほぼ同じころに国連が発表した別の報告書によると、文化財の闇取引市場の売り上げは1年あたり100億ドルを超える。なお、この数字のなかで一番大きな部分を占めるのは贋作取引であり、盗難品を大きく引き離している。(339)

闇取引市場は大きいけれど、贋作がほとんどで、有名な絵画などの盗難品はさすがに取引が難しい。それにしても、凄い数が盗難被害に遭っているもんだ。今、日本では水道メーターが盗難されている。きっと盗みやすくて、現金化しやすいのだろう。

日本では文化庁が、 盗難を含む所在不明に関する情報提供の連絡窓口を設置している。発見された事例は刀剣類が多い。

www.bunka.go.jp

アート作品は、製作、鑑賞、売買、投機以外に、盗難・紛失・破損・発見という側面もある。これからは盗まれたりしないだろうかという観点でもアート作品を眺めてみたい。