これまで何冊か半導体に関連する本を読んできた。
徐々に半導体をめぐる国際的な情勢がきな臭くなってきて、「有事」や「戦争」と切り離せなくなってきている。同時に日本では半導体産業を復活させるべく、産学官で様々な取り組みが行われており、本書は現在から16年後の2040年(その頃に私はもう還暦なのか)を見据えた半導体産業の将来像が描かれている。
著者は小柴 満信氏(1955年~)。
私は、元国策会社である日本合成ゴム(現JSR)に1981年に入社した。JSRは、半導体のシリコンウェーハに塗布するフォトレジストで世界トップクラスのシェアを持つ。(4)
1981年にJSRに入社後、1990~2002年に米シリコンバレーに赴任し、2009年から同社の社長を務め、2019年から取締役会長、2023年6月で名誉会長を退任しており、2019年には経済同友会の副代表幹事を務めたという経歴だ。ちなみに小柴氏が生まれた1955年にスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツも出生している。
JSR(元の英語の社名がJapan Synthetic Rubberに由来)がもともとは合成ゴムの会社だとは知らなかった。今では祖業である合成ゴム事業を2021年にENEOSに売却し、半導体分野に注力しているとのこと。
直近で、日本の世界における半導体シェアは10%を割り込んでいる。1984年には、世界の半導体売上高ランキングで日本メーカーはトップ10の中に5社もランクインしていたが、2023年にはその姿は1社もない。(31)
1984年にトップ10に入っていた5社とはNEC、日立、ナショナル、東芝、富士通のこと。今や日本の半導体産業は国際競争に敗れ凋落し、国際的なプレゼンスを喪失している。かつて世界を席巻していた日本の半導体産業の復活は国家の悲願とも言えるが、過去の成功体験に縛られた人たちによる現実的ではないノスタルジックな夢物語として冷たく捉えられていた。
ラピダスが人々を驚かせたのは、もう一度日本で先端半導体にチャレンジするというのもさることながら、「2ナノをつくる」ことだったと思う。<中略>日本の半導体で量産化に成功したのは40ナノ止まりである。ラピダスはそれを一気に超えて2ナノをめざすというのだから、批判派の矛先が集中したのも無理はない。(78)
2022年にRapidus株式会社が設立した時は大きなニュースとなったと同時に、多額の血税が投入されることへの批判だけでなく、どうせ失敗に終わるだろうといった言説も取り沙汰された。正直なところ私も懐疑的だった。
GAAはFinFETよりさらに製造工程が複雑で、コストもかかる。そんな中、IBMは2021年5月、GAA構造の2ナノ世代半導体のテストチップの試作に成功したと発表した。IBMのケリー氏が東氏に「2ナノ世代の技術を提供したい」といったのは、まさにこの「GAA2ナノ」のことである。(88)
GAA(Gate All Around)とは次世代トランジスタ構造であり、2ナノを達成するための必須技術として期待を集めている。IBMはまさにその技術を持っており、Rapidus社と事業化に向けて共同開発を進めている。IBM社の技術提供があったことが今後の日本の半導体産業の転換点となったかもしれない。果たしてライバル企業との競争に打ち勝つことができるだろうか。
現在、プリファードネットワークスはMN-CoreをTSMCで製造してもらっているが、これをラピダスに任せる可能性は十分にあるだろう。<中略>もし、低消費電力の国産GPUが実現できれば、大きな武器となるにちがいない。MN-Coreはその重要な候補の一つだ。(98)
GPUと言えば、生成AIブームでNVIDIA社が一人勝ちの様相を呈しており、2024年6月に時価総額526兆円で世界首位となったことが話題になった。日本ではその技術力の高さに定評のある株式会社Preferred Networksが以前から期待されているが、Rapidus社と組むことで国産GPUが実現するかもしれない。もうちょっと早ければブームに乗れたのに。
本書では量子コンピュータへの期待について多くの紙幅を割いているが、量子コンピュータについてはまた別の感想文で改めて整理してみたい。
私は、政府に助言を与える「技術インテリジェンス」をつくるべきだと考え、経済同友会時代からそう提言してきた。ヒントを得たのは、<中略>米国のPCAST、つまり大統領科学技術諮問会議だ。大統領が任命するメンバーで構成され、サイエンス、テクノロジー、教育、イノベーションなどについて大統領に助言する役割を担っている。(172)
確かに小柴氏が副代表幹事を務めた経済同友会が2023年5月15日に発表した「"Politics meets Technologies. "の時代を生き抜く国と企業の戦略」においても「技術インテリジェンス能力の獲得と強化」が真っ先に示されている。なぜ技術インテリジェンスが必要なのか。理由はシンプルで「技術を制する者が世界を制する時代」だからだ。
本書を読み進めていくと、小柴氏が示したビジョンは今の政治や行政に反映されているのがよくわかる。例えば、2020年に量子技術イノベーション戦略、2022年に量子未来社会ビジョン、2023年に量子未来産業創出戦略、2024年には量子産業の創出・発展に向けた推進方策と毎年のように量子技術についての戦略が示されている。
量子技術については量子コンピュータと同様に、もうちょっと詳しく深く書いてみたいので、別の本を読んで勉強し、整理したい。
そして、この3つ(①動力源、②通信手段、③輸送手段)が大きく変化したとき、社会は根本的に変革されることになる。それこそが、産業革命だというのだ。(201)
量子技術の進展により、上述の3つが大きく変わる。2040年ごろに達成され、願わくば日本がその技術を主導できれば素晴らしい未来になっていると信じたい。
他方、無邪気に本書で示された言説を鵜呑みにできないと疑念を抱えている自分もいる。量子技術の進化と深化に科学は不可欠である。経済安全保障の観点から特定の国に技術が渡らないようしているが、科学に国境はない(が、科学者に祖国はある)。
本来であれば国家に関係なく、すべての人類が科学に貢献できる体制を構築すべきだ。「役に立たない」科学が役に立つ(20-37)にあるように科学は真に世界を結び、普遍性をもつ事業なのだ。敵か味方かを峻別するような世界を本当はだれも望んでいない。
量子技術は重要であることに論を待たない。しかし、そのためには科学が必要で、それを担う科学者が不可欠で、国家間でいがみ合っている場合ではないのだけれど、経済安全保障の観点からこうして量子技術が重要だと持ち上げられ、堂々巡りを繰り返す。
World peace meets technologies. あるいはTechnologies lead world peace. そんな未来の到来を期待しているし、そんな未来になるよう僅かかもしれないけれど貢献したい。