40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-19:計算機屋かく戦えり

本書は『月刊アスキー』1993年5月号~1995年6月号に掲載された、日本のコンピュータ産業に深く関わった当事者25名へのインタビュー集である。本当にお聞きしたかった方はすでに亡くなっている場合もあるが、その側近の方に話を聞いている貴重な一冊だ。

出版は1996年。1993年に出版された電脳進化論(感想文22-03)は、当時のコンピュータの最前線を描いたものだが、本書はむしろ日本でのコンピュータが生まれようとしている時代を探ろうとする近過去研究的な意味合いが強い。

これまで計算科学や計算機科学の歴史についての本を紐解いても、ほとんど日本人が登場しない。日本人著者によるコンピュータ開発のはてしない物語(感想文21-25)においてさえ、日本で最初の電子計算機であるFUJIC(フジック)がちらっと登場する程度だ。

世界で最初に自動計算機を作ったシッカルト、「コンピュータの父」チャールズ・バベッジ、「スーパーコンピュータの父」セイモア・ロジャー・クレイ、そして抽象機械を考えたアラン・チューリング感想文22-10:チューリング 情報時代のパイオニア)、天才フォン・ノイマン感想文21-14:フォン・ノイマンの哲学)、

情報理論の父」クロード・シャノン感想文22-14:クロード・シャノン)、近代ではビル・ゲイツスティーブ・ジョブズといった面々だ。

確かにコンピュータ産業では日本は後発だったし、戦争のためにコンピュータの開発史が闇に埋もれているというのもあろう。しかし、今でも世界トップクラスのスーパーコンピュータを生み出し、一時はエレクトロニクス産業で日本が栄華を誇っていた(今は凋落して久しいが)。

そんな日本がコンピュータ開発の歴史でそこまで存在感がないのは不思議であった。しかし、本書を通じて、初めて黎明期に多くの日本人の計算機屋が奮闘してきたことを知ることができた。

自分の仕事にも関わるのでかなり多くの付箋を貼ったが、この感想文ではそこからさらに絞り込んで、特に気になる箇所を挙げておこう。

一般に、コンピュータの歴史は四つの世代に分けられる。この四つの世代は、4回の大きな技術革新によって区切られている。第一世代は真空管、第二世代はトランジスタ、第三世代はIC、第四世代はLSIの時代である。(p.36)

不安定で高価な真空管がコンピュータの性能のネックとなっており、当時大学院生だった後藤英一が発明したパラメトロンを活用したコンピュータが存在した。日本だけ独特の第一世代であったが、トランジスタの性能向上などによりパラメトロン電子計算機は姿を消すことになる。しかし、調べてみるとパラメトロン量子コンピュータ開発の観点から再注目され研究が行われている。面白いものだ。

日本電気の中嶋章、榛澤正男の両氏が、電気回路に0と1の論理動作を当てはめた論理回路の理論を発表したのが36年。シャノンの加算回路の発表が37年。塩川氏は34年には二進法リレー回路を開発、シャノンと同時期の38年には、すでにそれを用いた計算機について公式に発表していたというのだから、驚くほかない。(p.241)

先ほど登場した「情報理論の父」クロード・シャノン。シャノンは1937年のMITでの修士論文で電気回路が論理演算に対応することを示した。これは画期的な論文で、この理論がコンピュータ実現の大きなステップになったのだが、それはどこまでシャノンにオリジナリティがあったのかは、本書を読むと疑問が沸き上がる。

すでに1936年に中嶋章と榛澤正男が、電気回路に0と1の論理動作を当てはめた論理回路の理論を発表している。さらに塩川新助はその応用面で先を行っていたのだ。シャノンの業績を今さら否定してもしょうがないが、シャノンだけが到達し得たかのような言説は誇張され過ぎな感がある。

本書では、中嶋章はベル研で論理回路の講演を行い、その場にシャノンもいて、質問もしてきたし、36年論文の英訳も持っていたが、その後のシャノンの論文では言及してないとのことだ。とはいえ今となっては、真実はよくわからない。

1950~60年代に日本で開発されたコンピュータは、リレー式、真空管式、パラメトロン式、トランジスタ式の4つになる。リレー式では、富士通の塩川新助、池田敏雄両氏がいた。パラメトロン式では東大の高橋研究室の面々、通研の喜安善市氏がいて、両者は密接に連絡をとりながら研究活動を行っていた。トランジスタ式にこだわって研究をしていたのは電気試験所の和田弘を中心とするメンバーである。真空管式で開発されたコンピュータには、「FUJIC」「TAC」「阪大真空管計算機」があり、岡崎文次氏、東大の山下英男教授、阪大の城健三氏が中心となって開発をすすめ、それぞれ独自に開発をしていた。(p.218

本書を読むまで、これほど多くの計算機屋が、多様なコンピュータ開発に従事していたことを知らなかった。しかもアカデミアも産業界も入り乱れて開発していた。そして日本は意外なところから頭角を現していく。そう、電卓だ。

その応用性重視の開発姿勢が、日本の電卓にヒットをもたらした。そして電卓は、巨額の投資を行って大型コンピュータを作ろうとしていた研究所や大手メーカー以上に、日本の半導体を育てることにもなったのだ。大型コンピュータから電卓への視点の移行は、究極のダウンサイジングといえるかもしれない。また、電卓の開発から半導体をふくむマイクロエレクトロニクスが活気づいていったという歴史的事実は、その後のコンピュータがパーソナルに向かうことを暗示していたようにも思える。(p.422)

電卓四兄弟(感想文17-43)の樫尾幸雄さんもインタビューを受けている。電卓は半導体を育て、ダウンサイジングを促し、マイクロエレクトロニクスへとつながり、日本の産業を大いに振興し、近未来のノートPCやスマホへの移行の道筋をも示した。

巨大な計算機がどんどん小さくなり、サイズ的にも価格的にも個人で所有できるようになる。コンピュータ開発の歴史では性能開発ばかりに目が行きがちだが、激烈な電卓の開発競争や半導体開発の重要性も見えてきた。

偉大な先人たちの苦労や努力が現在に繋がっているのを知ることができ、本書の存在をありがたく感じている。新装版が出ているらしく、そこにはロケット・ササキ(感想文22-01)佐々木正のインタビューも載っているとのこと。新装版も読んでみたい。

存外、本書のような特定分野の最前線の紹介ではなく、黎明期・揺籃期に奮闘した方々へのインタビュー調査を通じた近過去研究の本は少ない。

最先端を描いた本は、確かに新鮮で未来への期待や時には不安を感じさせて、需要があるのだろう。しかし、鮮度は短く、時には定説が覆り、社会情勢は変化し、あっという間に陳腐化してしまう。「〇〇の衝撃」といったタイトルの本も多く読んだが、だいたい1年も経つと、それって衝撃だったのかという内容になってしまう。

とはいえ、近過去研究の本は作成に時間と労力がかなり必要なので、作り手にとってはコスパが悪く、需要ではなく供給側の問題なのかもしれない。