40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文23-15:半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防

半導体有事(感想文23-12)に続く、半導体関連本。タイトルは似ているがこちらの方がかなり分厚い。読み応えたっぷり。

著者のクリス・ミラーさんは経済史家(あるいは国際歴史学者)とのことで、半導体の開発の歴史から現在の国家間の対立まで描かれている。

気になる箇所がたくさんあったので、引用しておこう。

現在、台湾積体電路製造(TSMCという略称のほうが有名)を超える精度でチップを製造できる会社は、世界にひとつも存在しない。<中略>TSMCの世界最先端の工場「Fab18」では、迷路のように入り組んだ微細なトランジスタのパターンが刻まれていた。その大きさは、新型コロナウイルスの直径の半分以下、ミトコンドリアの直径の100分の1にすぎない。(18)

マジか。そんなに微細なのか。大きさをうまくイメージできない。そして世界でTSMCしかその技術を持ち合わせていない。TSMCは言わずと知れた台湾の会社。TSMCに集中していることがリスクになっている。

今日の経済のなかで、これほど少数の企業に依存しきっている分野は、半導体産業をおいてほかにないだろう。実際、台湾製のチップは毎年世界の新たな計算能力の37%を生み出している。2社の韓国企業は、世界のメモリ・チップの44%を生産している。オランダのASMLという企業は、最先端の半導体の製造に欠かせない極端紫外線リソグラフィ装置を100%製造している。それと比べると、OPECの産油量の世界シェアなどとたんに色褪せて見えてくる。

ASMLとTSMCは共進化して、より小さく、より性能の高い半導体を生み出していく。結果的に競争相手は脱落し、技術的な独占が実現してしまっている。他の企業は真似しようとしても真似できない。技術をキャッチアップできない。

本書は、台北からモスクワまで、3つの大陸にまたがる歴史的文書の調査や、100人を超える科学者、技術者、CEO、政府官僚へのインタビューに基づき、こう結論づけた。国際政治の形、世界経済の構造、軍事力のバランスを決定づけ、私たちの暮らす世界を特徴づけてきた立役者は、半導体なのだ。<中略>半導体の発展は、大企業や消費者だけでなく、野心的な政府や戦争の要請によっても形づくられてきたのだ。(26)

半導体が発展し、私たちの生活は便利になり、多くの人と簡単につながり、様々な情報を自由に手に入れられるようになった。しかし、コンピュータが戦争と切り離せないように、コンピュータに欠かせない半導体もまた戦争と切り離せないのだ。

ロシアの決定的な衰退、アメリカの栄枯盛衰、日本の栄枯盛衰はすっ飛ばして(これはこれで大変興味深いのだが)、この感想文では「GPU」について整理しておきたい。

2006年、高速並列計算がコンピュータ・グラフィックス以外の用途にも活用できるときづいたネヌビディアは、グラフィックスをいっさい参照することなく、GPUを標準的なプログラミング言語でプログラミングできるソフトウェア、CUDAを発表する。(291)

GPUは、インテル製やAMD製の標準的なCPUとは別の方法で機能するよう設計されていた。どこまでも柔軟でありながら、すべての計算をひとつずつ順番に実行することしかできないCPUとは対照的に、GPUは同一の計算を複数同時に実行できるよう設計されている。この種の「並列制御」には、コンピュータ・ゲームの画素(ピクセル)の制御以外にも、いろいろな用途があることがたちまち明らかになった。そのひとつが、AIシステムの効率的な訓練だ。(329-330)

ウィキペディアによるとGPU (Graphics Processing Unit)は、『コンピュータゲームに代表されるリアルタイム画像処理に特化した演算装置あるいはプロセッサ』とある。CPU(Central Processing Unit)は『中央処理装置または中央演算処理装置は、コンピュータの主要な構成要素のひとつで、コンピュータ内の他の装置・回路の制御やデータの演算などを行う装置』とある。

名前は似ているし、PUは一緒だけれど、演算装置という意味では同じだけれど、CPUとGPUは全く別物だ。簡単に言えばCPUはコンピュータで中心的な役割を担っていて、連続的で複雑な処理をするのが得意。一方でGPUは画像処理に特化して単純計算を大量に処理できる。

画像認識学習の場合、CPUなら画素をひとつずつ順番に処理するが、GPUなら多数の画素をいっぺんに見られるので、GPUがAI学習に利用できることが分かり、GPUに脚光が集まり出す。ついに生成AIが登場し、劇的に世の中が変貌しつつある。そして同時にGPUの需要も劇的に増えている。基本的な経済学の教え通り、価格が上がり、取引量も増える。

私が社会人になって、大きな技術革新として思いつくのが、iPS細胞、ゲノム編集、そして今話題の生成AIだ。iPS細胞×ゲノム編集×生成AIで何ができるようになるのだろうか。それこそAIに聞いてみたいが、私の頭だと新しい生物(超人類含む)を生み出すってことになるだろうか。人工子宮の技術革新があると、さらに現実的になるだろう。倫理問題はさておき。

本書でようやくGPUの意味を理解したのでこうして残しておいた。そのほかに気になる箇所を挙げておこう。

現実には、半導体の”グローバル化”など起きていなかった。起きていたのは”台湾化”だ。技術は拡散するどころか、替えのきかない少数の企業に独占されていたのである。(405)

よって台湾有事の現実味がますます帯びていく。ウクライナイスラエルで急にドンパチが始まったように、台湾を舞台にいつ何時、急に紛争が起きるかわからない。ウクライナイスラエルは遠い国の出来事に思えるが、台湾だと目と鼻の先だ。

ウクライナ紛争によってエネルギー価格や食料品価格が高騰し、私たちの生活にも影響を与えている。世界経済は不安定な平和を前提に成り立っていることを思い知らされる。

本当に重要な疑問とは、チップ1枚当たりのトランジスタの集積密度が指数関数的に増加するという、ムーアが初めて定義したムーアの法則の限界がついにやってきたのか、という点ではない。1枚のチップがコスト効率よく生み出せる計算能力の量が限界に達したのかどうか、なのだ。何千人という技術者、そして何十億ドルという投資が、その逆に賭けている。(472)

もの凄い額の投資をしても、達成できないかもしれない。そこまで計算能力の限界が来ている可能性がある。技術の問題ではない。コストの問題だ。誰がそのために投資をするのか。その投資を決断できる根拠はあるのか。欲望と経済成長で駆動してきた半導体開発は、独占と投資で大きな岐路に立っている。「半導体の経済学」で誰か本書いてくれませんかね。