40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文11-29:不死細胞ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生

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※2011年7月28日のYahoo!ブログを再掲
 
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現在、バイオ系の科学分野で最も広く利用されているヒト細胞といえば、HeLa細胞だ。ところが、その由来が何であるか知っている人は、日本に限らず、世界的に少ないだろう。
研究でヒトの細胞や体の一部を利用することは珍しくないが、研究者自らがインフォームド・コンセントを提供者から取得するなど、実際の提供者のことを把握しているケースはレアだ。ものすごい種類のヒトの細胞は、培養され、分譲され、販売されているため、それらを購入して使用しているケースがほとんどだからだ。
販売される細胞の走りといえるのがHeLa細胞。60年も前にヘンリエッタ・ラックスという名前の黒人女性の子宮頸がんから単離され、株化された。

本書は、単にヒーラ細胞ヘンリエッタ・ラックスについて書いたものではない。ヘンリエッタの家族-とりわけデボラ-の話、そしてヒーラ細胞の存在と、それを世に生み出した科学と折り合おうと長年にわたってつとめてきた一家の苦闘を綴った物語でもある。

とあるように、HeLa細胞が誕生して60年が経過するが、その間の生命科学の発展とヘンリエッタの家族の生々しい(痛々しい)苦悩が描かれている。倫理や道徳といった言葉では拾いあげることのできない、アメリカ社会に底流する貧困や差別といった社会問題も透けて見える。

本書で初めて知ったことを挙げていこう。

ミシシッピ虫垂切除術(中略)実際には、貧しい黒人女性に対して行われた不必要な子宮摘出手術で、黒人女性が子供を産めないようにするため、そして若い医師たちに手術の腕を磨く機会を提供するためのものだった。

なかなかえげつない。こんなことが行われていたとは。時代は1920~30年代で優生学が盛んだった頃。ウィキペディアによると、アメリカでは断種法に基づき6万4千人が強制的に断種手術させられたということなので、ミシシッピ虫垂切除術はその流れを汲んでいたのだろう。

(1947年)米国医師会は、1910年に実験動物を保護する規定を公布していたが、人間に関する規定については、何も手がけていなかった。つまり、アメリカにはニュルンベルク綱領が登場するまで、人体実験を規制するものは一切なかったのだ。

今では人権問題にひどく過敏なアメリカも、ほんの60年くらい前には、人体実験は野放し状態だった。まあ、そのちょっと前には奴隷制度があったくらいだしね。ちなみに、ニュルンベルク綱領は1947年に第2次世界大戦のナチス・ドイツによるユダヤ人に対する虐殺・人体実験を反省して作られたもの。

(1951年)生きている患者からの組織の採取については、医師に事前の告知を義務づける法律や倫理規定が一切なかったにもかかわらず、患者の死亡後に解剖や組織摘出を無断で行うことは違法行為にあたると明確に法律で定められていたからである。

HeLa細胞が採取されたのが1951年。その頃には生きている患者から組織を取ることについて決まりが全くなかった。提供者と言える(提供することに同意なんてしていないけれど)ヘンリエッタ・ラックスが自らの細胞が研究に広く利用されていることも、その遺族も全く知らなかったのはその当時はそういう決まりがなかったからと言える。

(1956年)その後の数年間、サザムは研究のため、ヒーラ細胞や他の生きている癌細胞を600人以上に注射する。

HeLa細胞は様々な研究に用いられたけれど、こんな人体実験にも使われている。実際には他人の細胞なので、病気腎移植と同様に癌がうつるようなことはない。でもちょっとこういう実験は…。

とはいえ時代が変わり、人権意識が高まり、人体実験への規制が厳しくなり、勝手に細胞を採取したり、細胞を人体に入れたりすることはできなくなった。基本的にはインフォームド・コンセントと倫理委員会の承認が条件となっている。しかしながら、倫理問題以外のことについては、まだまだ厄介なことが多い。

(1999年の報告書によると)アメリカ合衆国内だけでも、1億7800万人以上の人々から採取した3億7000万件以上の組織標本が保存されており、標本の数は、毎年2000万件ずつ増えているという。

えらい勢いで増えている。病院で採血してもらって、それが研究に利用されているのかもしれない。個人的にはまあ構わないとは思うんだけれど。

法定では、所有“意識”は効力を持たない。実際、現在までのところ、自らの組織標本を所有する個人の権利についても、その使用に関する個人の決定権についても、完全に認めた判例は存在しない。

結局はこういうことに行き着く。細胞は一体誰のものか。これは倫理的な意味だけの問いではないから難しい。細胞が金銭的な価値を生み出すこともあるからだ。

インヴィトロジェン社は現在もヒーラ細胞製品を販売しており、その価格はバイアル1本当たり、百ドルから一万ドル近くにまで及んでいるのだ。さらに、米国特許商標庁のデータベースを検索すると、ヒーラ細胞に関わる特許の数は1万7千件にも達している。

HeLa細胞は明らかに多くの経済的価値を生み出している。しかし、その価値から直接的に(医療の質の向上という間接的な恩恵はさておき)何かを遺族は受けているわけではない。このことが即座に問題だというのではなく、議論の余地がまだまだあるのだなと、本書を読んで素朴にそう思った。

ジョン・ムーア事件」という有名な裁判がある。ザ!世界仰天ニュース #251 血液スペシャル(*追記、リンク確認できず)が詳しいし、読みやすい。しかし、この事件がHeLa細胞と関係しているとは全然知らなかった。

判事はムーアの訴訟を、審理に値しないものとして却下した。そして皮肉なことに、判事はMo細胞株について起きたことを照らす先例として、ヒーラ細胞株の件を引いたのだった。つまり、ヒーラ細胞株の増殖あるいは所有権にまつわる件について、今でも誰も訴訟を起こしていないという事実は、医者が細胞を採取し、それを営利目的に製品にすることを、患者が容認している証拠だとみなしたのである。

これには驚いた。そもそも遺族は容認どころか、営利目的に製品にしていることなんて知らなかったからだ。HeLa細胞の事例は、本人も遺族も知らなかった。本人がその後すぐに亡くなってしまったのが最大の要因だろう。ジョン・ムーアは、医師の異常な要望に疑問を感じ、営利を得ているという事実を知ってしまった。

第3の珍しい事例がある。テッド・スレイヴァン(Ted Slavin)で、彼は彼の細胞が非常に有用なタンパク質を産生することを知らされたため、自分の体の一部をビジネスとして販売することに成功している。英語しかないけれど、ウェブではTaking the Least of Youの記事が詳しい。

テッド・スレイヴァン、ジョン・ムーアヘンリエッタ・ラックスという3人の患者におけるちがいは、自分の組織が特別な存在であり、科学者がそれを研究に使いたがる可能性について前もって教えられていたのはスレイヴァンだけだったという点だ。

確かにそうかもしれない。自分の細胞が有用であることを普通は提供者が知ることはない。研究に使われることすら知らなかったヘンリエッタ・ラックスとテッド・スレイヴァンの違いは非常に大きい。

「人体の一部は一体誰のものか」という非常に難しい問題について、改めて考えさせられる1冊だ。そして、本書を作り上げるのに非常に苦労したことも分かる。ドキュメンタリーとして読んでもたいそう面白い。
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(感想文の感想など)
奇跡体験!アンビリバボー 医師VS患者の闘い 自分の細胞は誰のもの?でも2019年4月11日に取り上げられたようだ。
人体の一部は誰のもので、そこから得られた商業利益をどうするのかというのは極めて難しい問題だ。