
2024年10月末にインドネシアのジャカルタに渡航した。仕事ではなく完全にプライベートで海外旅行するのは20年前の新婚旅行以来だ。しかも今回は単独での旅行であり、単独での海外旅行は25年前のケニア旅行以来であり、人生で2度目である。
たまたまお友達がご家族でジャカルタに仕事で長期滞在するので、それを契機に行ってみたのだった。忙しい時期ではあったが、行ってよかったと心底思う。行動することの大事さを再認識した。
さて、渡航先情報は、いつもの明石書店によるこのシリーズを読むことにしている。昨年のスペインバルセロナの カタルーニャを知るための50章(24-05)以来である。
ただ、本書は2013年出版であり、情報が古いのがやや残念。現代を知れても現在を知ることはできない。最新版の出版を期待している。では、いつものように気になる箇所を挙げてみよう。
インドネシアは、世界に類をみない広大な群島国である。熱帯の海域に、1万8000とも数え上げられる大小の島が、東西5000キロメートル以上にもわたってちりばめられている。島だとイメージしにくいが、ほぼアメリカ合衆国の東西距離に等しい。同じ群島国の日本やフィリピンと比べても、はるかに長大である。<中略>歴史、文化の異なる少なくとも3000以上の民族が、700以上の異なる言語を話している。(32)
最新の基本情報も追加しておこう。日本の5倍の国土に約2.8億人が住んでいる。インドネシアの人口は世界第4位(インド、中国、アメリカの次)であり、平均年齢が若く、人口増大も相まって成長に勢いのある国である。
無数にある島、多数の民族と言語、それがインドネシア国家として成立している。あいにく今回はジャワ島にある首都ジャカルタにしか行ってない。広大なインドネシアのごく一部しか見ていないので、私のインドネシアについての知見は浅く狭い。インドネシアのあちこちを見たかったが、あいにく基本的な移動は国内線であり、気軽に飛び回れるほどの時間的余裕がなかった。今度はバリ島に行ってみたい。
バリ島とロンボク島のあいだに狭くて深い海峡がある。ロンボク海峡である。この海峡で生物分布ががらりと変わる。それを発見したのがイギリスの博物学者アルフレッド・R・ウォーレスである。(18)
進化論についてダーウィンとの先取権争いで一歩引いたウォーレス。生物学や科学史が好きであればその名を知っている人も多いはず。ウォーレス線の存在は知っていたけれど、そうかインドネシアで引かれてたんだね。こうして旅行して初めてきちんと理解することは少なくない。
インドネシアの国章ガルーダ・パンチャシラは、実に巧みに工夫された図面である。ガルーダはインドの神話に登場する伝説上の鳥で、ヴィシュヌ神の乗り物だという。(24)
ペルソナ・シリーズでお馴染みのガルーダ。そうか国旗に描かれている鳥はガルーダだったのか。インドネシアの航空会社はガルーダ・インドネシア航空であり、ガルーダは愛されている。ちなみにガルーダはヴィシュヌの乗り物らしい。ヴィシュヌもペルソナ・シリーズでお馴染み。さらに、今回訪れた国立博物館ではガネーシャの石像が多数あった。ガネーシャもペルソナでお馴染み。ペルソナのおかげでこうした謎の知識が磨かれている。
インドネシア、世界でも有数の生物多様性の高い国である。国土面積は地球の表面積のわずか1.7%を占めるにすぎないが、生育する生物種は、哺乳動物の場合12%、両生類と爬虫類に関しては16%、鳥は17%、魚に関しては37%を占めている。たとえば哺乳動物の種類は、500種を超え世界でいちばん多い。生物のもっとも豊かな国のひとつであることは間違いない。(43)
インドネシアには珍しい動物が多い。今回の旅ではジャカルタから車で約2時間(渋滞しなければ)の場所にあるタマン・サファリに行ってみた。インドネシア固有の動物であるコモドドラゴン、オランウータン、スマトラトラはもちろん、ラクダ、シロサイ、ライオン、シマウマなど明らかに東南アジアには存在しない動物も多数いた。広大な敷地に多種多様な動物が集められ、人工サファリに大量のインドネシア人が押し寄せる。国内に天然サファリがありそうなものだが、そんなインドネシアに人工サファリがつくられることがそもそもの驚きだった。
2010年の中央統計庁のセンサスでは、インドネシア国民の宗教はイスラーム87.2%、プロテスタント7.0%、カトリック2.9%、ヒンドゥー教1.7%、仏教0.7%、儒教0.1%、その他0.1%である。国民は身分証(KTP)に信奉する宗教を記載しなくてはならない。(157)
今回、世界で3番目に大きく、また東南アジアでは最大のイスティクラル・モスクにも訪れた。英語ガイドツアーにも参加し、スピーカーがない頃は巨大な太鼓でお祈り開始を知らせていたなどを知った。
通りを挟んでモスクの対面にはこれまた巨大なカソリックの教会カテドラルがある。互いに激しく争い合うこともなく、平穏に共存している。ジャカルタにはあんなに多くの人が住んでいるのに、喧嘩どころか強く主張する姿を見たことがない。車やバイクが我先にと争う時が例外なのだろうか。
(1965年)9月30日事件はインドネシア共和国史上最大の事件といえるだろう。兵士グループによる陸軍首脳部の殺害は、それだけでも衝撃的なできごとだが、事件後に起きた数十万人のインドネシア共産党員および支持者の虐殺、そしてスカルノ失脚からスハルト新秩序成立へと向かった体制転換は、インドネシア社会のみならずアジアの国際関係にも大きなインパクトを与えた。(187)
そんな穏やかなインドネシアにおいて過去には軍事クーデターが起きている。それが1965年に起きた「9月30日事件」である。今でも正確な実態が把握できていないが、数十万人(最大推計では300万人)の共産党主義者が虐殺された。インドネシア史上、最大の出来事である。
インドネシアは国土も人口も日本よりも大きく、そして急激に成長している国である。その成長途上をこの目で見る機会が得られたことは幸福だった。
世界は広く、知らないことは多い。そして知ろうとしないことや目に入らないこともたくさんある。旅をし、刺激を受け、視野を広げ、知識をアップデートし、認識を拡張する。成長と学習の機会はそこかしこにある。また旅に出たい。