40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-04:チョコレートはなぜ美味しいのか

 

今のところ生涯を振り返って、ほとんど良い思い出のないヴァレンタイン・デー。その頃に図書館に行ったら陳列されていて気になって読んでみたのが本書だ。

今年のヴァレンタインで、当時中2である長男が手作りクッキーをクラスの子からもらったと、LINE通話で妻から聞いた。私は神戸の単身赴任の殺風景な部屋に一人きりだった。

長男の甘酸っぱい思い出であり、忘れられない人生の大切なイベントへの私の感想となる第一声は、「共学なんかに行かせるんじゃなかった」だった。私が学生時代にチョコもらえなかった要因を男子校と見なしている故の発言になるが、自分も中学は公立の共学校だった歴然たる事実への論理的破綻を見事に引き起こしている。認知的不協和。

他者に自身の鋭利さと怜悧さを感じさせるべく言動を意識してきたのに、己の学生時代の甘酸っぱい思い出の欠如が、未だに私を苛めるばかりか、思考力をも貶めてしまうのかと愕然としつつ、なぜあの長男がモテるのだろうかと悶々としながら床についたが、長い眠れない時間を過ごした。結婚し、子供もいる、40歳を過ぎたおっさんが、だ。

余計な話ばかりしている。だが、もうしばらく指の動くまま書き留めておきたい。

年を明けてからずーっと忙しく、会議のための会議や、会議の後の会議があり、とにかく会議会議で時間を奪われ、空いている時間は会議の準備に明け暮れた。昼飯も食えやしない。

本書は本当に久しぶりに読んだ本だった。そしてチョコレートなどの食べ物の物性物理学の世界を初めて知った。いくつになっても自分の知らない世界に触れるのは楽しいものだ。気になる箇所を挙げておこう。

チョコレートのあの食感をもたらすのは、原料であるカカオ脂(ココアバター)の性質にほかなりません。バターや植物油といったほかの油脂とは違うココアバター独特の性質や結晶構造に、チョコレートの美味しさの秘密があるのです。(p.22)

化学の本であるので、まずは用語を整理しておきたい。結晶(crystal)とは、原子、分子、またはイオンが、規則正しく配列している固体である。結晶の対義語はアモルファス(非晶質)である。

ココアバターとはカカオ豆の脂肪分であり、砂糖などと混ぜればチョコレートになる。しかし、そう簡単な話ではない。くちどけの良い美味しいチョコレートを「科学的に」作るには、ココアバターの結晶構造まで理解しなくてはならない。

もちろん科学的に理解しなくても美味しいチョコレートを作れる。しかし、より再現性が高く、簡便に、高効率に作ろうとすると、科学は極めて強い武器となる。

この歳になって、学問の広さと深さには脱帽するばかりだが、チョコレートの触感が結晶構造に依存するとは終ぞや考えもしなかった。結晶と言えば、寺田寅彦の雪の結晶の研究があり、ちょっと前ではタンパク質の結晶構造解析があり、最近ではペロブスカイト結晶を用いた太陽電池の研究開発が思い出される。

雪、タンパク質、鉱物、チョコレートに共通するキーワードは何か?と問われて、即座に結晶と答えられる方は極めて少ないだろう。なるほど。改めて考えると、身の回りは結晶に溢れているのだが、結晶として認識していないのだ。

油脂の構造や性質などに関する研究は、タンパク質の研究とくらべると、まだあまり進んでいません。逆にいうと、この分野にはまだまだ大きなフロンティアがあるということです。(p.23)

結晶の研究は、岩石や金属などの「ハードマター」を中心にして進展しました。固い物質ほど結晶構造がシンプルなので、それも当然でしょう。高分子やコロイド、生体膜や生体分子といった「ソフトマター」は物質の構成単位が複雑なので、研究が難しい面があります。(p.63)

柔らかい物質である油脂や高分子の構造や性質を調べるのは難しい。だからこそ、未開拓な研究領域がたくさん残っている。生体膜は最近注目されている分野でもある。

チョコレートの話の戻そう。

結晶はⅠ型からⅥ型に向かって変化するので、Ⅲ型がⅡ型になったり、Ⅵ型がⅤ型になったりすることはありません。だから、Ⅰ型からⅣ型までは不安定で、Ⅵ型がもっとも安定した状態になるわけです。(p.65)

チョコレートの結晶には6つのタイプがあって、6が安定している。ところが、人間の体温で溶ける、つまりはあの素敵なくちどけを達成するためには、タイプ5が良く、安定しているタイプ6では商品にならない。準安定な状態に留めておくのがチョコレートの商品としての価値を生み出す。でも物理的には安定していない。

どの分野であれ、何らかの「謎」があれば、それを解き明かす努力をするのが科学者の役目でしょう。それに、マヨネーズの油水分離は、マヨネーズだけの問題ではないはずです。その根底にあるサイエンスがわかれば、その知見はより広い範囲に応用され、さまざまな問題を解決に向かわせるでしょう。(p.137)

身近にある現象の物理的な原理原則に立ち返れば謎が生まれる。水と油が混在する状態をエマルションと呼び、マヨネーズはエマルションの食品である。水と油は混ざりにくい。でもそれがちゃんと均一に混ざった状態にすると食品になる。しかし、エマルションの状態は安定していない。時間が経ってもエマルションを維持させるにはどうすれば良いのか。

私たちはなんとなくわかった気になっている。日常的に口にしている食品にも謎はたくさん詰まっている。その謎に、物理現象の本質に、目を向けなくても生きてはいける。しかし、身近な物にも謎がたくさんあるのを意識するだけで、急に人生がときめいてくるのではないだろうか。

未だに知らないことばかりだ。そして分かったつもりになって生きている。無知の知。40代半ばを迎えつつあるが、自分の愚かしさを意識し、好奇心を維持したままで生きていきたい。