本書のタイトルにある「僕」とは著者のビル・ゲイツ氏である。マイクロソフトの共同創業者であり、米国の実業家、慈善家である。現在、気候変動、世界の健康・開発、教育などに関する慈善活動に専念している。ゲイツの推定純資産は1070億米ドル、現在のレートで約13兆8,260億円だ。
ゲイツ氏は眼が眩むほどの巨額を活用し、途上国の感染症問題や気候変動の解決に挑戦している。本書は気候変動について考えが示されている。そしてその考えはとても論理的であり、そして数字に基づいている。なるほどビル・ゲイツさんはこう考えるのだなと、書かれている内容だけでなく、考える道筋も参考になる。
気候変動について知っておくべき数字がふたつある。ひとつが510億トン。もうひとつがゼロだ。(p.9)
510億とは、毎年世界の大気中に増える温室効果ガスのトン数である。そして、ゼロとは、目指さなければならない数字である。そう510億トンをゼロにするのだ。
訳者あとがきより引用しよう。
本書では何より技術による解決策に焦点が合わされる。「テクノロジーのマニア」を自称するゲイツは、「問題を示されれば、それを解決する技術を探す。」(p.319)
気候変動を止めるためにどんな技術が必要か。ゲイツは多くのアイデアを出し、そして技術の現場を見に行く。そして単純に技術だけでは解決しないこともゲイツはよく理解している。
炭素ゼロのソリューションのほとんどは、それに対応する化石燃料の手段より高くつく。ひとつには、化石燃料の価格には環境破壊のコストが反映されていないため、ほかの手段よりも安く感じられるからだ。<中略>追加でかかるこのような費用を、僕は”グリーン・プレミアム”と呼んでいる。(p.84)
地球環境に望ましいからと言って、コストのかかるソリューションは選ばれない。その差をグリーン・プレミアムと定義し、クリーン且つ安いエネルギーを生み出すことが問題解決の鍵となる。
グリーン・プレミアムを減らすには、炭素を排出しないものを安くするか(これは技術のイノベーションが必要だ)、炭素を排出するものを高くするか(これには政策のイノベーションが求められる)、あるいは両方をおこなえばいいわけだ。(p.252)
炭素を排出するものを高くする、ミクロ経済学ではピグー税にあたる。これは論理的には有効な解決策の一つであるが、実際にうまくいくかは別問題だ。「黄色いベスト」と底辺からの社会運動(感想文20-23)にあるように、フランスの燃料税増税は黄色いベスト運動(暴動)を招き、死者が出て、増税は撤回された。単純な増税「だけ」では支持されない。政策のイノベーションが必要で、本書ではデンマークの事例(風力タービンの研究開発支援を固定価格買取制度と組み合わせ、のちには炭素税と結びつけた)が示されている。
非常に重要な点がひとつある。世界が払うグリーン・プレミアムを下げるのは、慈善事業ではないということだ。<中略>科学においてブレークスルーを起こし、新しい企業からなる新しい産業を生み出して、雇用創出と排出削減に同時に取り組めるチャンスでもあると見なすべきだ。(p.292)
この点もゲイツらしい。慈善事業ではなく、産業で問題を解決しようとしている。稼いだ大金で慈善事業をしているゲイツが言うのだから説得力がある。産業がもたらす力の大きさを熟知している。
さて、本書で初めて知ったがビル・ゲイツ夫妻は2021年5月に離婚したとのこと。でもビル&メリンダ・ゲイツ財団は存続し、活動を続けている。
日本でも地球の未来のために産業が行政が政治が変わっていくと良いのだけれど。