40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文20-39:交響曲第6番「炭素物語」

f:id:sky-and-heart:20201028062651j:plain

 

原子番号1番の水素(感想文20-38)に続いて、原子番号6番の炭素についての本。
炭素については、炭素文明論(感想文14-11)がとても勉強になった。炭素なくして人類の歴史はなかったし、炭素によって歴史は大きく変動したというのは紛れもない事実だ。

本書は、炭素循環についての本と言える。炭素は、地球で多様な状態で存在し、地殻、海洋、生物圏、大気圏を循環している。植物だったり、化石燃料だったり、二酸化炭素だったり、鉱物だったりする。

炭素は確かに人類の歴史を大きく動かしたけれど、実際には人類史どころか、生命の歴史そのものを形作った元素でもある。本書では、炭素文明論よりもさらにスケールの大きな物語が描かれている。だからこそ、時間もサイズもスケールが途方もなく大きすぎて、イメージするのがとても難しいのではあるけれど。

さて、炭素が循環しているとしても、その現象を直接確かめるようなことはできていなかった。そこで生まれた巨大プロジェクトが深部炭素観測(DCO=Deep Carbon Observatory)だ。

各国の政府機関や財団つごう数十団体から総額500億円をもらえたDCOは、人類史上いちばん包括的で分野横断性の高い研究事業だったといえるかもしれない。(p.8)

500億円とはかなりのビッグプロジェクトだ。しかも、生物学や地学など分野を横断する。特に私が興味深く感じたのが、鉱物学という分野の存在だ。

土 地球最後のナゾ(感想文19-05)で、土が学問になることに驚いたが、鉱物も学問の対象になるのだ。しかもやってることが面白そうだ。

ビッグデータ鉱物学は、地球の鉱物界をつかむカギとなる。私たちは、5000種を超す鉱物の全体と、数百万にのぼる産地のデータベースをつくりたい。ビッグデータのマイニングで、発見の指針となる隠れたパターンを見つけよう。(p.49)

鉱物のデータベースを構築するという発想は私の中に微塵もなかった。なるほど。沢山の種類のある鉱物がどこで採取され、どういう状況で生まれるのかをプロファイリングし、ビッグデータ解析で調べていく。すると、未知の鉱物がこの辺だと発見できるかもとかがわかってくる。未知の鉱物の存在と発見条件を予見するのだ。面白いものだ。ほかにも鉱物生態学とか高圧鉱物学といった学問があるらしく、そういう研究人生も素敵だろうなと感心する。

地球の鉱物相は、おおむね必然の道をたどったけれど、偶然も大きく効いた。希少鉱物は、化学・物理・生物学的にありえないような道筋で生まれた。だからこそ、地球は宇宙のなかで疑問の余地なくユニークだといえる。もちろん、それはいいことだった。(p.88)

地球には沢山の鉱物があり、その分布が特異的である。となると、これが地球の個性であり、アイデンティティと捉えることも可能になる。地球に似た星が宇宙のどこかにあるかもしれないが、地球はユニークな存在なのだ、ということが人類の存在だけではなく、鉱物相からも主張できる。

最外層にある地殻と海と大気は、文字どおり卵の殻に似て、層構造のうちいちばん薄い。厚みはせいぜい数十kmしかなく(地球の半径は約6400km)、質量で地球の1%しか占めない。それでも最外層は、ほかのどこより化学の多様性が豊かだ。たとえば、ほかの層にまず含まれない希少元素は、ほとんどが最外層にある。(中略)深さ方向の元素分布は、地球のどこでもだいたい同じだとわかっている。(p.96-97)

エベレストが標高8,848m、マリアナ海溝の最深部が水面下10,911m。深い海も高い山もざっくりプラマイ10kmくらいだ。地球の直径から見ると、ごくごくわずかでしかない。

さらに面白いのが人間はどこまで深く掘れたかというと、わずか12kmしか掘れていない。つまり、地球の深部に全然たどり着いていないのだ。アンパンマンに登場するバイキンメカ「もぐりん」のように地中深く掘り進めるようなマシンは実在しない。もちろん本物のモグラだって深くて1mくらいしか掘らないらしい。

深いところを掘りまくるのは技術的にもコスト的にも厳しいので、火山の噴火によって表出するマグマの化学組成を調べることで、地球内部の状況や炭素循環の様子を調べていく。印象的だったのが火山学者は当然、火山の近くを研究フィールドにするので、噴火によって亡くなってしまうケースが多いということだ。命がけの仕事である。

月面に行き、太古の地球から月のほうへ飛んでいった隕石を見つけよう。実のところ私たちは、月面探査を再開する目的のひとつは、かつて「地球から降った隕石」の回収だとみている。古代の地球にあった大気をみつける……なんてワクワク感いっぱいの営みだろう!(p.106)

ジャイアント・インパクト説(原始地球に小天体が衝突し、地球や小天体の破片が集まって月がつくられたという説)で、他の惑星の衛星に比べて地球にとって月の重量比はかなり大きいのだ。説が正しいとすると、月には原始地球のかけらが含まれているので、それを見つければ大変面白い。

過去200年で人間は数千億トンの石炭や石油を掘った。化石資源の燃焼で年に400億トンほどの二酸化炭素が大気に入る。その量は、全世界の火山活動の1000倍も大きい。つまり人間活動は、地殻から大気へと出る炭素を激増させた。(p.133)

人類は化石燃料を掘りまくって、使いまくって、二酸化炭素をあまりにも急速にたくさん排出した。その結果、気温が上昇し、海水温は高まり、海氷が減少し、台風が大型化するようになった。

人間には地球の環境や気候を変える力があると説く人もいるけれど、酸素発生型の光合成細菌と、つぎに生まれた緑色植物は、ヒトよりもずっと激しく、地表近くの環境を変えた。(中略)生物のうちヒトが特別なのは、地球を変える猛烈な速さだ。(中略)一部の研究者が警告するようにヒトが地球にとっての脅威なら、最大のリスク要因は、かつてない速さの環境変化だろう。(p.259-260)

長い地球の歴史を見ていくと、地球環境を劇的に変化させたのは、光合成細菌とそれと細胞内共生(細胞内共生説の謎(感想文19-01)参照)した植物や藻類だ。長い生命の歴史でこれまた長い時間をかけて、多様な生命が暮らせる環境へと変えていった。そして今、人類が多様な生命(どころか自らも)が生きていけない環境へと変えてしまいつつある。

プラネタリー・バウンダリー(感想文20-16)説のように、環境の回復力を超える負荷を人類が与えてしまっているのであれば、そう遠くない未来に多くの生物が生存できない環境へと変化してしまうだろう。

炭素が地球の歴史を紡ぐとともに、人類の歴史を動かした。人類の歴史の終焉は地球の歴史の終焉を意味しないが、人類のいない地球の歴史を想像するのは寂しいものだ。