40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文23-04:蜂と蟻に刺されてみた 「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ

昨年、国立科学博物館で開催されてる特別展「毒」に行ってきた。

www.dokuten.jp

大変面白い展示で、毒のサイエンスに魅了された。これまでに読んできた本に関連する展示もあった。毒と薬の世界史(感想文09-14)にあった毒を持つ鳥「ピートフーイ」、毒ガス開発の父ハーバー(感想文14-14)にあった毒ガス開発と妻の自殺などだ。

その中に昆虫毒の展示があった。そこで初めて知ったのが痛さの尺度(シュミット指数)だ。シュミットさんが考案した指数で、実際にされてみて痛さを評価したというのだから驚きだ。ちなみに2015年にイグノーベル賞を受賞している。

その展示でこの本の存在を知り、こうして図書館でお借りしてさっそく読んでみた。そしてシュミット指数とイグノーベル賞の存在でトンデモ学者に思われがちだが、シュミット先生は大変立派なサイエンティストであり、真摯に自然に向き合っていることがよく分かった。

私が小学生か中学生くらいだっただろうか、親と親戚とで夏場にお墓参りに行ってた。そのお墓は山の中腹にあって、3歳年下の弟が雑木林に侵入していった。兄である私は危険だから戻って来いと呼びに行こうとしたら、その雑木林から弟が飛び出してきて「逃げろ!」と言う。なんのことかわからず一緒に逃げたが出遅れた私は、背中に激痛を覚える。

口の中以外で痛いと熱いの両方の刺激をいっぺんに味わった最初の経験(最後であって欲しい)で、たまらず泣き叫んだ。Tシャツを貫通して皮膚には針が刺さっており、きっと蜂であろうと親戚に言われた。

故意にかどうかはさておき弟が蜂を刺激し、そのとばっちりを私が受けたのだ。往々にして人生で損をすることがままある。長男らしいエピソードともいえる。

シュミット先生はこの痛みを尺度にするために実に82種類もの蜂や蟻に刺されたのだ。しかも私が刺された蜂は一過性の痛みだけなので、どうやらレベル1に該当しそうだ。相対的に大したことのない痛みなのだ。

幸いにも、私はこれまで、地球上でもっとも美しく魅力にあふれる昆虫たち-刺針をもつ昆虫たち-とさまざまな冒険を重ねてきた。刺針昆虫たちの生活様式の多様さや、日々生き延びるための戦略の巧みさには、ただもう驚くばかりである。(p.7)

ハチはなぜ大量死したのか(感想文09-55)風の中のマリア(感想文14-52)以来の蜂に関連する本(蟻の本は初)。刺針昆虫の知らない世界へ誘ってくれる。

すばらしく良くできた装置だが、この刺針は、じつはごく普通の器官から進化したものなのだ。<中略>葉バチの産卵管が、やがて刺針へと進化をとげるのである。刺針もやはり、標的に穴をあける中空の管だが、卵を産み付けるためではなく、毒液を送り込むために使われる。(p.29)

初めて知った。オスは刺さない、いや刺せないのだ。なぜなら刺針を持っていないからだ。なぜ持っていないのか。それはメスの持つ産卵管が刺針へと進化をとげたからである。刺すのはメスだけ。刺された経験がありながら、刺した蜂の性別に思いが至らないとはなさけない。

ここで重要なのは、刺さないハチやアリがいる理由ではなく、そもそもアリ・ハチ類において高度な社会性が進化し得たのはどうしてか、ということだ。<中略>ハチ・アリ類において社会性が進化する上で重要なカギとなったのは、毒液が進化したこと、そして、刺針と行動にある変化が起きたことである。このような刺針と毒液の進化があったからこそ、強力な捕食者が立ちはだかるなかでも、ハチ・アリ類は社会性を進化させていくことができる。(p.48-49)

例外もあるがハチ・アリ類は社会性昆虫である。高度な社会性の進化へのカギは刺針と毒液の進化が関わっている。

訳者あとがきから引用しよう。

強烈な痛みを伴うのは防御用に使われる毒針だということ。そして、集団として守るべきものをたくさん抱えている種ほど、その刺針は痛く、毒液の毒性も高いということだ。たとえ近縁種同士であっても、単独性の種より、コロニーを形成する社会性の種のほうが、刺されると痛いと著者は言う。そして、実際に刺されてみて、自らその仮説を検証するのだ。(p.336)

「単独性の種より、コロニーを形成する社会性の種のほうが、刺されると痛い」ことを自らの体を張って検証する。毒性は計量化できるし、比較できる。痛みは定性的だが、同じ人が刺されたら比較できる。こうして痛さを4段階のレベルに分け、社会性獲得との相関関係を調べることができる。

科学は、目指すべきゴールではなく、探求プロセスそのものだ。<中略>感動や、興奮や、研究へと駆り立てる力は、ゴールを目指す冒険の旅から得られるものであって、ゴールに到達して得られるものではない。<中略>もっと嬉しいのは、研究資金獲得や共同研究のチャンスが増えて、未知の世界の探検をさらに続けられるようになることだ。(p.69)

大事なので繰り返すが、シュミット先生は偉大な科学者である。痛さを探求する中で、社会性の進化の関係の仮説が思い浮かび、痛さの尺度を作り、検証する。刺されたらもちろん痛いのだけれど、痛さと同時に新たな探求の道筋や新しい課題が見えてくるのだろう。好奇心や探求心が痛みの恐怖心に勝る人もまれにいるのだ。

毒針という武器があったからこそ、大型捕食者の攻撃をかわして、たくさんの蜂の子や花粉や蜜を蓄えることができるようになった。この大量の蓄えに目を付けた人間は、当初はミツバチを襲って略奪していたが、やがて、ミツバチを保護して飼育し、世界中に広めるようになっていった。(p.334)

人は蜂を学び、そして利用するようになった。ミツバチは人に保護され、集めた蜂蜜を人に与える相利共生関係が構築されている。甘い蜂蜜を愛し、刺される痛みに恐怖する。アンビバレントな感情が蜂の魅力の根幹になっている。