40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文12-13:戦艦武蔵

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※2012年3月3日のYahoo!ブログを再掲。

 

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ニコライ遭難(感想文12-08)に続く吉村昭さんの小説。そのタイトルのとおり戦艦武蔵が作られ、そして沈むまでの話だ。

淡々とした描写が続く。しかし、戦艦武蔵建造が当時ものすごい巨大プロジェクトだということが分かる。

作業員たちは軍の機密であるために、全貌を知らされることなく造船する。その描写を少し書き出してみよう。

それは、得体の知れぬ一種の怪物のようにすら思えた。

玉井所長をはじめ、4人の顔には血の気がうすれていた。これは、疑いなく従来の戦艦というものの常識を打ち破った劃期的な新式戦艦である。設計図をみても、軍艦というよりはむしろ厚い甲鉄でかためられ、おびただしい兵器でうずめられた要塞と言った方がふさわしいように思える。

小さな人間の群れの中で、おびただしい量の鉄で組み立てられた巨大な船体が、奇怪な生物のように傲然と横たわっていた。 

まさに怪物であるが、その誕生までにとてつもない苦労が伴っている。それは工員たちの技術的な問題ばかりではない。軍の最高機密であるために、いわれのない外国人が摘発されたり、現在の地位に対する不満を示すために設計図を隠した工員が逮捕されたり。巨大過ぎる怪物を誰にも知られないように創る(この漢字がぴったりだと思う)ことの難しさ、そして軍の機密という理由だけで極めて厳しく監督される不条理さを知った。

しかし同時に読者は不思議なものでそんな戦艦に愛着を感じるようになる。途方も無い苦労の果てに生まれ「武蔵」という名前もつく。武蔵のこれからの目覚しい活躍を期待せずにはいられないようになる。

だからこそ実際に戦艦を創った三菱重工の方の思いが切なかった。

すでに第二号艦とは全く縁のきれた民間会社の社員たちにすぎなかったのだ。

創ったらその後の管理はすべて海軍に委ねられる。生みの親との縁は完全に切り離される。切ない。

しかし、話はさらに切ないものになっていく。戦艦時代の終わりが迫っていたのだ。

ハワイ攻撃、マレー沖海戦で、日本海軍が自ら証明した航空主兵という教訓を、逆にアメリカ側が利用して、艦が航空機の攻撃にいかに脆いものであるかを、一層あきらかにしてみせた海戦であった。

舞台は海から空へと変わりつつあった。

そして、ようやくの実践で、武蔵は壮絶な最後を迎える。まさに怪物と呼ぶに相応しい力強さを示すが、戦艦時代が完全に過去のものになったことも同時に示した。

武蔵は今も東シナ海に沈んでいるらしい。深く暗い海の底で眠る怪物。海を走る要塞は誕生の苦労のわりにはあっけない最後を迎えることになった。

さいごに後書きから。

私は、戦争を解明するには、戦時中に人間たちが示したエネルギーを大胆に直視することからはじめるべきだという考えを抱いていた。そして、それらのエネルギーが大量の人命と物を浪費したことに、戦争というものの本質があるように思っていた。

慧眼だと思う。戦争はごく一部の狂気を持った人間が引き起こすものではない。把握できないほどの多くの人間が信じ、加担している。巨大な熱量が武蔵という怪物を生み出してしまった。人間というのは本当に恐ろしいものだ。これだけ争いをして、エネルギーを投入してもまだ足りない。人間の集団がもたらす膨大なエネルギーはあらゆるものを生み出してしまうのだ。

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(感想文の感想など)

2015年3月3日に米マイクロソフトの共同創業者で資産家のポール・アレン氏は、戦艦「武蔵」の船体をフィリピン中部のシブヤン海海底で発見したと発表した。

National Geographicの記事大富豪はどうやって戦艦「武蔵」を発見したかが詳しい。動画もある。現代のトレジャーハンターだ。

最近だと海プラ問題が騒がれているが、こうして巨大な軍艦がたくさん海の底に沈んでいる。とはいえ、もはや引き上げることは難しいし、そのコストを誰も負担したがらない。

海へのゴミポイ捨て問題は、共有地の悲劇の一例と言えよう。