40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文10-49:代替医療のトリック

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※2010年7月5日のYahoo!ブログを再掲

 

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好きなサイエンス・ライターを挙げろと言われたら、サイモン・シンと答えるだろう。

彼の三部作である「フェルマーの最終定理」、「暗号解読」、「ビッグバン宇宙論」はどれも面白く読んだ。特に暗号解読は秀逸だった。ワクワクさせ、知的好奇心をそそられる本に出会うことはそう多くない。サイモン・シンはいつも期待を裏切らない。

本書はそんなサイモン・シンの最新版。でもタイトルを見て驚いた。これまで数学や物理といったわりと硬い学問分野をターゲットにしてきたのに、なぜ代替医療なのかと。しかも、ビジネスとの接点も多く、危ない匂いのぷんぷんする危険地帯だ。サイモン・シンのような一流のサイエンス・ライターが手を出すようなエリアではない。インチキ医療ビジネスにインチキだというのは、存外勇気がいるものだ。

本書の存在を知ったきっかけは、ネイチャーの記事だ。斜め読みすると、どうもサイモン・シンは訴えられていたようだ。え?何?英国カイロプラクティック協会だって?サイモン・シンは何をやらかしたんだ?ということで気になって調べたら、この本の存在にたどり着いた。

サイモン・シンが訴えられていることに関する日本語の情報は少ない。名誉毀損と科学報道というところが最も詳しそうだ。やや複雑だけれど、要約するとサイモン・シンカイロプラクティックのインチキさを非難したら、協会から名誉毀損で訴えられて、何とかサイモン・シンの正当性が認められたけれど、そもそもイギリスの名誉毀損法がおかしいよね、ってこと。まあ、何はともあれ、裁判でサイモン・シンが勝って良かったよ。

さて、本書についてまとめてみよう。本書でターゲットとなっている代替医療とは、鍼、ホメオパシーカイロプラクティック、ハーブ療法だ。論理的かつ遠慮のない記述が、これで飯を食べている人たちの琴線に触れないわけがない。

印象的な箇所を抜粋しながら、整理してみよう。

医学の父として知られるヒポクラテスは、こう述べた。科学と意見という、二つのものがある。前者は知識を生み、後者は無知を生む。

辛辣だ。科学に基づいた医療こそが正しい医療という姿勢をヒポクラテスの言葉を借りて、最初に高らかと示している。

1805年のトラファルガーの海戦に先立ち、ナポレオンはイギリスに侵攻する計画を立てたが、英国海軍による陸上封鎖によってナポレオンの船は何ヶ月ものあいだ母港に足止めされ、計画は阻止された。フランス海軍を足止めさせることができたのは、英国の船では、乗組員に果物が支給されていたからだった。(中略)実際、リンドによる臨床試験の発明と、ブレーンによる壊血病治療法としてのレモン推奨が、イギリスを救ったと言っても過言ではない。

当時の船乗りや海軍を悩ませた壊血病の治療法の探索が、臨床試験の発見へとつながった。壊血病の治療法が分かっていたので、イギリスはナポレオンに侵略されずにすんだ。日本でも脚気の治療法がちゃんとなされていれば…。

臨床試験のやり方がずさんだったときには、鍼に肯定的な結果が得られていたが、臨床試験の質が高まるにつれて、鍼の効果のように見えていたものは消えていった。研究者たちが過去の臨床試験からバイアスを取り除けば取り除くほど、鍼はプラセボにすぎないことが示唆されるようになったのだ。 

こんな風に鍼は否定される。とはいえ、そんなにスムーズでないことは本書を読めば分かってもらえるだろう。

ホメオパシーの起源は(中略)18世紀末のドイツにおける、ザムエル・ハーネマンという医師の仕事にそのルーツを求めることができる。

続いてのホメオパシーは、日本ではそんなになじみがないかもしれない。「類似したものは類似したものを治す」という考え方のもとに発展した代替医療だ。発想は、毒を持って毒を制すに近い。物質を何百倍あるいは何千倍も希釈して、振って、砂糖粒に染み込ませたレメディを飲むというのが、その方法だ。

なんでこんなものが信じられているのか信じられないけれど、結構、イギリスでは伝統的に人気で、公的な医療制度であるNHSに組み込まれていたらしい。NHSについては、公平・無料・国営を貫く英国 の医療改革を参照に。

長くなりすぎると辛いので、そろそろまとめの部分に入ろう。

代替医療は安全だと思っている人は多い。一方、通常医療は医薬品の副作用や手術にともなう危険性があるとして批判されることが多い。しかし代替医療は本当に、通常医療よりも安全なのだろうか?

そうなんだ。代替医療は安全だというのは、大きな間違いだ。事実、カイロプラクティックでは死亡者も出ているし、鍼で肺に穴があいてしまった事例もある。

昔の医師は、患者にしてやれることがほとんどないなか、たびたびプラセボ効果を利用していた。しかし現代の医療は、検証され、効果の証明された本物の治療法を手に入れた。プラセボに頼った医療システムには二度とふたたび戻ってはいけない、というのがわれわれの強い思いなのだ。

プラセボ効果はぼくたちが思っているよりもはるかに大きな効果をもたらすことがある。しかし、現代には臨床試験があり、もはやプラセボ効果に頼る必要性は乏しくなっている。

大学の責任ある立場にある人たちは、今こそ優先順位を変えるべきだ。金のために学問の水準を犠牲にしてはならない。利益を最優先するという戦略は、先見の明がなさすぎる。短期的にはそれでうまくいっても、長期的には高等教育という制度の信頼性を傷つける行為だからだ。

実際にはプラセボ効果しかない代替医療について、その習得に大学が加担している。大学が利益を優先しているがために、学問の水準を落としてしまっている。産学連携と科学の堕落にあ るように、産学連携によって大学の高潔さが失われている状況よりも、インチキ学問を伝授しているこの状況の方がより深刻な事態に思える。

興味深いのは、安全で有効であることが証明できる代替医療はなんであれ、実は代替医療ではなく、通常医療になるということだ。つまり、代替医療とは、検証を受けていないか、効果が証明されていないか、効果のないことが証明されているか、安全でないか、プラセボ効果だけに頼っているか、微々たる効果しかない治療法だということになりそうだ。

本書の要旨はここに集約されている。代替医療は、医療を代替するものではない。代替できるんだったら、それはもはや医療なのだ。科学的な根拠はよく分かっていないけれど、安全で効果の高い医療は、代替医療ではなく、医療になる。世間にある代替医療は、安全性と効果に疑問があるからであり、その科学的なメカニズムが判明しているかどうかではないのだ。

さすが、サイモン・シンだ。きっちりとした調査と適切な理解を通じて、非常に真っ当な正論を示した。危険地帯を乗り越え、新たな地平を見出した。

本書は知的に興奮させられるわけではないが、医療の本質について考えさせられる良書である。医療を提供する側も、医療を受ける側も読んでおいた方が良いだろう。

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(感想文の感想など)

本書で全面的に否定されたホメオパシー。2019年7月17日のニューズウィークの記事フェイク医療「ホメオパシー」が危険な理由では、代替医療ではなくフェイク医療と呼ばれるようになっている。

私の周りでホメオパシーを勧めてくる人はいないが、私自身はカイロプラクティックには通っている。整体とマッサージとカイロプラクティックの違いはさっぱりわからないが、過労で(というほど働いているとは豪語しないが)肩や首がしんどい時に、マッサージしてもらっている。

疑似科学問題にあんまり深入りしたくないのだけれど、根拠のはっきりしない案件はまだまだたくさんある。ここ10年で登場したものと言えば、EM菌とNMRパイプテクターを思いつく。個人が勝手に信じて勝手に購入して、勝手に損をするのは勝手なんだけれど、学校教育とかマンションの大規模修繕に導入されると面倒くさいことこの上ない。信じている人にそれは科学的な根拠がないですよと説明しても受け入れてくれないだろう。だって信じているんだから。

集団で意思決定する際に科学的根拠は重要視されない。信用できる人が言っているから信用するみたいなことになってしまう。選挙も同じように悲惨な状況を作り出すこともある。

改めてサイモン・シンは偉い。裁判になることも覚悟してこういう本を出したのだから。何かを批判するのはめちゃくちゃ労力が必要で、全く関係のない誹謗中傷や事実無根でカウンターを食らうこともある。資金力で訴えられてしまうこともある。なんだか救いのない話になってきたな。