40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文10-88:ニッケル・アンド・ダイムド

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※2010年11月30日のYahoo!ブログを再掲

 

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前回読んだポジティブ病の国、アメリカ(感想文10-87)と同じ著者であるバーバラ・エーレンライクの本。本書の方が古い。

タイトルの、ニッケル・アンド・ダイムドについて、訳者のあとがきで説明されている。

ニッケルとはアメリカの5セント硬貨、ダイムは10セント硬貨を指す。アンドでつないで「取るに足りない」という形容詞にもなるが、ここでは動詞の受身の形で「少しずつの出費がかさんで苦しむ」または「少額の金銭しか与えられない」という意味となる。

ふむ。1ドル=100円とすると、5セント=10円、10セント=10円って感じかな。要するに小銭ってこと。しかし、この小銭すらバカに出来ない生活をしている人がアメリカにはたくさんいるのだ。

高等教育を受け、博士号を獲得し、ジャーナリストとして活躍しているエーレンライクさんが、アメリカの下流社会に飛び込み、住まいを探し、働き、生活する。企画としては、もはや進ぬ!電波少年的ノリだ。

これは命がけの「潜入」ルポでもなければ大冒険物語でもない。私のしたことは-職を探し、仕事をし、なんとか収支を合わせようとしただけで-ほとんどどんな人にもできることだ。

本書を読めばわかるが、これは単なる潜入ルポよりもハードでヘヴィでタフだ。大金持ちのボンボンが、社会勉強としてアルバイトを経験するというのとはわけが違う。少ない稼ぎで生計を立てるという、体を張った社会実験で、実践!ワーキングプアだ。

ウェイトレスとして働き、介護士として働き、掃除婦として働き、スーパーの店員として働く。ときには2つの仕事をかけ持ちし、何とか生活を維持しようとする(そもそもかけ持ちしないと生活できない!)。

どんな仕事でもとにかく雇われるまでに、性格診断があり、面接があり、薬物検査がある。さらっと履歴書を出して、じゃあ明日から来てねという日本のバイト感覚とは大きく異なっている。雇い主の視点では、雇われる人間は、前科があったり、薬物にフレンドリーだったり、そういう人たちが面接に来るのだ。

「社会賃金」とも呼ばれる貧困層への公的サービスをカットし、一方で、刑務所や警察への予算をどんどん増やしている。ここでもまた、抑圧のための費用が、必要なサービス拡大や復活を妨げる要因となっているのだ。

薬物検査には1万ドルもかかるが、その結果雇われる仕事の時給はわずか7~8ドル。完全に狂っているとしか言いようがない。薬物検査という抑圧のための費用が、本来なら雇用者が手に入れられる費用を圧迫している。

なお、現在のアメリカは、刑産複合体によるコーポラティズム(政府と企業の癒着主義)でよりシステマティックに富を収奪しているという説は、ルポ 貧困大国アメリカ II(感想文10-76)に詳しい。

そして、実際の労働は、どれもいかに労働者を効率的に働かせ、利益を増やすか洗練されたシステムが設計されている。肉定的にも精神的にも疲弊し、病気になったりして、生活が立ち行かなくなり、エーレンライクの実験は幕を閉じる。この繰り返しだ。

私たちは、何百万という低賃金で働くアメリカ人の貧困を「危機的状況」にあると見るべきだろう。

本書は、アメリカでは01年に出版されている。日本では06年だ。ワーキングプアという今となってはおなじみの言葉が、01年当時に実感を持って示されていたのには驚かされる。著者と同じように、ワーキングプアになってしまったら、そこから這い上がることはほぼ不可能であり、そしてちょっとした病気や怪我によってすべてを失ってしまうことは珍しくない。

今では私たち自身が、ほかの人の低賃金労働に「依存している」ことを、恥じる心を持つべきなのだ。働く貧困層の一員であることは、自分以外のすべての人に名も告げずに施し物をする、匿名のドナーだということだ。

エーレンライクの呼びかけからおよそ10年が経過した。大統領が代わったものの、サブプライムローンが崩壊し、アメリカの経済は危機的状況にある。しかし、アメリカが変わった気配はない。むしろ低賃金労働者への依存を濃くしている。

アメリカンドリームは遠い過去のものになってしまったのか。抜け出すことのできない貧民生活は、アメリカという国の暗い部分であるけれど、富裕層からは巧妙に見えないようになっている。キラキラしたアメリカのすぐとなりには、深い影が刺している。

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(感想文の感想など)

2019年に「私はこんまりが嫌い」 アメリカ人著名作家がツイート、差別的と批判され謝罪という記事があって、タイトルだけ見た記憶がある。

この「アメリカ人著名作家」がエーレンライクさんだったとは。今、御年78歳。ニッケル・アンド・ダイムドが出版されたときにはすでに50代後半だったのか。パワフルだな。

2020年のwiredの記事バーバラ・エーレンライクは楽観主義者ではないが、未来への希望は捨てていないではおそらく原文よりも情報量が少なくて何とも言えないのだけれど、お元気そうで何よりだし、未だにちゃんとご意見番として影響力を保持しているようだ。気難しい婆さんポジションかもしれないが。