40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文21-24:警視庁科学捜査官

f:id:sky-and-heart:20211118094816j:plain

 

著者は服藤恵三さん。服藤さんは、警視庁科学捜査官第1号となり、日本の科学捜査の基礎を築いた人物である。

本書では有名な事件がたくさん載っている。私が高校生から大学生の頃で、連日テレビで大騒ぎしていたのを思い出す。地下鉄サリン事件(1995)、和歌山毒物混入カレー事件(1998)、アジ化ナトリウム混入事件(1998)、ルーシー・ブラックマン失踪事件(2000)、新宿歌舞伎町雑居ビル火災事件(2001)などなど。

もし服藤さんがいなければ、解決までに時間がかかったり、今でも未解決のままだったりしたのではないかと思うほど、服藤さんご自身の活躍ぶりがこれでもかと描かれている。大変面白い一冊なのだが、和暦で統一されているのが唯一の欠点かな。

「警視庁科学捜査研究所 第一化学科 化学第一係 主事」。新人研修を終え、これが振り出しの肩書きだった。(p.57)

とあるように服藤さんは当初、科学捜査研究所、略して科捜研(かそうけん)に就職した。ウィキペディアによると『警視庁及び都道府県警察本部の刑事部に設置される附属機関』だそうで、各都道府県に必ずある。ちなみに似た名前の警察庁科学警察研究所科警研:かけいけん)は、『国家公安委員会の特別の機関たる警察庁の附属機関』らしい。

なるほど、警察には、警察庁、警視庁、警察本部の3つの異なる組織があるのだ。中央(とキャリア)、東京都、地方行政という構造。ヒエラルキーが透けて見える。

その後、服藤さんは警視庁科捜研から警視庁へと所属を変える。そして、

地下鉄サリン事件から1年が過ぎた平成8年4月1日、私は警視庁史上初の科学捜査官に任命された。役職は、捜査第一課科学捜査係の係長(警部)。従来の科捜研も、兼務になっていた。同時に、全国の府県警察にも科学捜査係が新設され、私は警視庁刑事局捜査第一課の専門捜査員にも指定された。(p.52)

そうして、1996年に科学捜査官第1号に任命された。科捜研の職員には捜査権がないが、警視庁所属なので捜査権がある。

犯罪の高度化が進み、従来の操作方法や能力だけでは対処できない場面が、そこここに現れ始めていたのである。科学的理論を捜査に活用する方法を具体的に示し、結果として見せ、判例を作っていく作業が必要だった。私はこれを「真の科学捜査」と名付けた。(p.91)

当時の科学捜査研究所は「真の科学捜査」をしていないと言っているに等しい。事実、当時の科捜研には博士号を取得しているものはひとりしかいなかったし、最新の科学や技術の動向をキャッチアップできていなかったそうだ。

平成15年10月1日、「警視庁犯罪捜査支援室」が6係30名体制で発足。私は室長を拝命した。刑事部刑事総務課の附置機関だが、名称に「刑事部」はついていない。組織犯罪対策部、生活安全部、交通部、公安部など、警視庁のすべての捜査部門を支援していくという決意から、あえてお願いした名称が採用されたのである。(p.200-201)

こうして2003年に犯罪捜査支援室発足し、服藤さんは出世するが、人生は上手くいかないもので、結局は思うようには組織の中で立ち回れなかった。ままならないものだ。

科学捜査の意味が大きく変わったのは、やはりオウム事件以降だった。化学兵器の使用や、インターネットを活用した各種情報の収集が可能となり、何でもありの時代がやってきた。(p.271)

本気かつ入念な悪意に取り込まれると、抜け出しようもないだろう。危険な場所やヤバい人たちに近づかないくらいしか、身を守る術が思いつかない。化学兵器やインターネット、さらにはAIも使われると、個人で太刀打ちするのは不可能だ。

雪ぐ人 えん罪弁護士今村核(感想文21-17)は、冤罪を雪ぐ苦悩と苦労が描かれていたが、警察側も犯罪に用いられる科学の高度化に対応していかなければならない。犯罪捜査も冤罪証明もともに科学性が求められるが、予算には歴然の差があり、不均衡だ。両者が真実に到達するためには、科学を合理的に活用する方法を模索していく必要があるだろう。互いに協力できればいいが、難しいだろうな。

さて、本書を読んでいて、Legal Dungeonというゲーム(私はswitchでプレイ)を思い出した。警察を題材とするインディーズ・ゲームで、韓国のゲームクリエイターが製作した。成果主義に大きく依存する警察組織の暗部を描いた作品で、韓国の実際の法律や事件に基づいている。

ほとんどテクストだけのシンプルなゲームだが、人間への冷めた視線と、システムが人をどこまでも残酷に変えてしまうという確信が通底している。程度の差はあれ、14種類あるエンディングはどれも後味と胸糞がとても悪い。しかし、苦々しさと禍々しさが入り混じった展開に純粋に驚かされる。この感覚はこのゲームでしか味わえないのではと思う。非常に優れた作品だ。

警察行政は絶妙なバランスの上で成り立っている。どこまで警察を信用し、科学を信用できるか。被害者にも加害者にもなりたくない。人生はままならない。一寸先は闇。警察に関する本を読むと、改めてこれまでの自分の人生は、たまたま幸運なだけだったのだなと思い知らされた。