40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文23-14:21 Lessons ; 21世紀の人類のための21の思考

こちらもドイツ出張中に読んだ本。かすかな記憶を頼りに感想文を書いておこう。

著者は世界的に有名なユヴァル・ノア・ハラリさん。サピエンス全史もホモ・デウスも読んでない。いつか読んでみたいとは思っている。

読み進めていくうちに驚かされるのが、いろんなことを本当によく知っているなということだ。日本の神道だけでなく、血盟団事件(感想文14-17)井上日召への言及を見て、驚愕する。著者はイスラエル歴史学者だが、日本についても大変詳しいのであろう(きっと他の国の歴史にも相当詳しいのだろう)。

さて、本書ではテクノロジーがもたらす脅威、そして自由主義の世界観と民主主義制度の欠点、さらにその二つが重なり合うとどのような結果がもたらされるか、その可能性が示されている。

もちろん怪しい予言の書ではなく、可能性が記され、出版され、多くの人の目に映った時点で、この可能性自体も変わっていくだろうし、そのことも著者は十二分に承知しているだろう。

気になる箇所を挙げておこう。私個人はテクノロジーとそれがもたらす未来が気になる。

テクノロジー革命は間もなく、何十億もの人を雇用市場から排除して巨大な「無用者階級」を新たに生み出し、既存のイデオロギーのどれ一つとして対処法を知らないような社会的・政治的大変動を招くかもしれない。(p.038)

速い話が、自動運転によりで運転手が不要になり、AI医師によって医師が不要になる未来の世界線だ。一般のドライバーよりも安全運転ができ、交通事故を起こさず、道を迷わず、しかも最もエネルギー効率よく、運転できるようになる未来はそう遠くない。普通のタクシードライバーよりも安心安全で信頼できるのであれば、あっという間に運転手は淘汰されるだろう。

AI医師も同様で、一人の医師がすべての病気を診断できるわけもなく、だからこそ〇〇科といった専門分野にわかれている。しかし、AI医師であれば専門を問わず、極めてレアな病気を診断し、個々人にとって最適な対処を見出すことができるかもしれない。これも一般の医師よりもAI医師の方が信頼できるとなれば、診察して処方箋を出すだけの町の病院は淘汰されるかもしれない。

生物工学とAIの普及の組み合わせという、この二つの課程の相乗効果は、一握りの超人の階級と、膨大な数の無用のホモ・サピエンスから成る下層階級へと人類を二分しかねない。(p.107)

既に凄まじい経済格差によって、でたらめな金持ちと、まともな衣食住を確保できない貧者がこの地球上で共存している。いや、両者が交わることはないから共存とは言いにくいかもしれない。

さらに進んで、でたらめな金持ちは超人(身体能力が高く、頭脳は優れ、寿命も長い)へと生物工学によって進化するのかもしれない。そうなると、進化のために多くの貧者に実験が行われるのだろう。

果たしてそんな未来がやってくるのだろうか。原理的にはできなくないだろう。ただ、超人化が一握りの人たちだけになるかというと、そうはならないのではないかというが私の考えである。

当初は富裕層向けのビジネスとして始まったとしても、いずれは技術が汎用的になり、似たようなビジネスを行う事業者が参入し、広く用いられるようになる。本当に有用ならそういった道を辿ることになるだろう。ただ、そうなると今の人類ではない人類へと皆が不可逆的に変わってしまうことになり、全く違う人類による全く違う生活様式へと変貌するだろう。

人間の愚かさは、歴史を動かすきわめて重要な要因なのだが、過小評価されがちだ。政治家や将軍や学者たちは世界を、入念で合理的な計算に基づいてそれぞれの手が指される巨大なチェスの勝負のように扱う。<中略>問題は、世界がチェス盤よりもはるかに複雑で、人間の合理性では本当に理解できない点にある。したがって、合理的な指導者でさえ、はなはだ愚かなことを頻繁にしでかしてしまうのだ。(p.236)

愚かな人間の愚かな選択が愚かな結果をもたらす。政治的指導者さえもAIが置換する日は来るのだろうか。

人間という種は、真実よりも力を好む。私たちはこの世界を理解しようとするよりも、支配しようとすることに、はるかに多くの時間と努力を投入するし、たとえ世界を理解しようとするときにさえ、たいていは、それによって世界が支配しやすくなることを願っている。(p.313)

人間は支配したがる。実際に世界を支配している(かのように信じている)。自然を作り変え、制御し、利用する。支配するのは自分自身にも及ぶし、そして他人にも及ぶ。こうして人間は新たなテクノロジーを使って、さらに別の人間(今の人間から見たら超人)へと変化していくのだろうか。

さて、本書の後半で、著者ご自身の自己観察とヨガへの傾倒についての記述を読んで、頭のいい人ならではの悩みに触れる。才気があふれ過ぎるご自身の脳みそとそれにフィットできない体をどうやって折り合いをつけていくのか、これはこれで面白いパーソナルな体験談の読み物でもある。

著者自身も自分を制御し、支配したがっている。そして人類の未来はどうなるのだろうか。ハラリさん自身の悩みと人類の未来がない交ぜになっている。精神世界の解明がさらに未来を大きく変えていくのかもしれない。