※2008年12月8日のYahoo!ブログを再掲。
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病気になると、病院に行き、医師に診断され、薬を処方される。そういえば、半年ほど前に帯状疱疹になったときは、いくつも薬をもらった。今では薬局で薬の効用効果が伝えられ、これはこういう効き目があるのかと思いながら、カプセルだったり、粉状だったり、液体だったりする薬を飲む。
薬の名前と効き目(あるいは副作用)について、ユーザーたる病人は気になる。しかし、こういった薬が大勢の科学者の知恵の集積であることについて、意識することはほとんどないだろう。
本書では、薬を開発する科学者たちにスポットライトをあて、革新的な薬が、世に出る過程をドラマチックに描いている。患者を救いたいという科学者の信念が、経営者たちの心を動かすシーンには思わず胸が熱くなる。
実際にはもっとドロドロした思惑があったり、ややこしい人間関係があるんだろうけれど、こういうベタなプロジェクトX的なストーリーは、薬に対する見る目を変えてくれた。
これからは効き目だけでなく、熱い開発過程にも思いを馳せながら飲んでみよう。といっても、病気の時は、とにかく処方された薬を飲むので精一杯なんだけどね。
さて、本書では7つの薬が紹介されている。その中から、印象に残った3つをここで取り上げてみたい。
「第3章 本当に勝った人エインスリン ヒューマログ」は、人工的に製造されたインスリンの話だ。ご存じのように糖尿病になるとインスリンを注射しないといけなくなる。うちのじいちゃんも毎日注射していた。
そういえば、ぼくは大学院生の頃に糖尿病の研究もしていたので、インスリンのアミノ酸構造を何となく覚えている。A鎖とB鎖の二つのユニットから構成されていて、2本のSS結合で架橋されている。
DNA組換え技術によって、それまではブタの膵臓をしぼって作っていたのが、大腸菌が作ってくれるようになった。これはこれでものすごいことだ。
そしてヒューマログがすごいのは、自然のインスリンよりも、即効性のある人工的なインスリンであるということだ。人間の体に自然に備わっているモノが最良であると、ぼくたちはついつい考えてしまいがちだけれど、その固定観念を打ち破るすごい発明だ。
続いて「第6章 癌治療の扉を開く グリベック」。ぼくたちの体の細胞の中では、たくさんのタンパク質がリン酸化と脱リン酸化を繰り返し、機能を調整している。特定のリン酸化を阻害することで、特定の細胞をやっつけてしまおうというのが、そもそもの発想の出発点だ。
グリベックは、それまで骨髄移植などでしか治療できなかった白血病の薬だ。リン酸化を阻害するという方法で成功した世界初の本当に革命的な薬だ。
薬の世界でその誕生の意味は非常に大きかったが、マーケットは小さかった。開発に多大な労力を要するものの、儲けが少ないということだ。しかし、製薬企業の経営者は「儲け」だけを見ているわけではなかった。例え、儲けが少なくとも、「患者を救う薬を世に出すことは製薬企業の義務」だと、決断したのだ。
グリベックがFDAの審査をパスし、大量生産されるまで、本当に科学者たちは必至に働き詰めだったとのこと。
「すべての人が一生懸命に働いたのは、我々が何か重要なことをしていると知ったときに湧き起こる素敵な感情のせいでした。」
という一文は印象的だった。
さいごは、「第7章 世界一の薬はこうして生まれた リピトール」。世界一の薬というのは、世界で一番売れているという意味。コレステロールを下げるスタチン系の薬だ。そして、スタチン系を開発したのは、日本の遠藤章氏だ。
本書で紹介されている薬は、全て海外のビッグファーマであるが、1つの薬ができるその背景には、数多の研究成果が積み重なっている。ときたま、日本の成果も登場し、日本人の名前が出てくると感情移入しやすい。
今ではファイザーが販売しているが、開発したのは、ワーナー・ランバートという比較的小さな会社だった。そして、幸運にもあまりにそれが爆発的に売れたが為に、特許が切れた時に、逆に一気に売り上げが下がることも明らかだった。あまりにすごく売れたがために、会社はファイザーに吸収されることになった。開発した企業が存続できなくなるほどのインパクトということで印象に残った。
製薬企業では多くの科学者が働いている。しかし、自らが直接開発した薬の製造販売が許可されることはほとんどないそうだ。とはいえ、科学者の熱意が開発の駆動力となり、最終的に薬にならなかったとしても、研究の成果や知恵は集積され、未来の薬へと受け継がれていく。
うーん。薬にはドラマがあるんだね。
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(感想文の感想など)
そうだった。この年に、初めて帯状疱疹になったんだった。それから6年後に2度目を経験するのだけれど。
グリベックの開発についてはフィラデルフィア染色体(感想文18-46)も参考にどうぞ。