40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文21-10:禍いの科学

f:id:sky-and-heart:20210401073631j:plain

本書の副題は、「正義が愚行に変わるとき」であり、原題はPandora's Lab: Seven Stories of Science Gone Wrongである。

本書では科学的正しさが大きな間違いを引越してしまった7つの事例を紹介している。これまで私の感想文との重複もあり、より詳しく知りたい方は、そちらをお読みになったほうが良いだろう。

1. アヘン:ハッパノミクス(感想文18-11)

2. マーガリン:関連する感想文なし
3. 化学肥料:毒ガス開発の父ハーバー(感想文14-14)
4. 優生学未熟児を陳列した男(感想文21-03)
5. ロボトミーロボトミスト(感想文09-64)
6. DDTの禁止:人類50万年の闘い マラリア全史(感想文17-34)
7. 著名な科学者の過ち:白い航跡(感想文16-40)

この感想文では、2.マーガリンと7.著名な科学者の過ちを取り上げたい。

心臓病の問題を解決するための道筋ははっきりしたかのように思われた。飽和脂肪酸不飽和脂肪酸に置き換えれば、問題は解決するはずだ。米国では、バターの代わりにマーガリンを使えと教えられるようになったが、あいにくなことにマーガリンには誰もが想像していなかったはるかに危険な種類の脂肪、トランス脂肪酸が含まれていた。(p.57)

本書で紹介されていたバターvsマーガリンの歴史は、心臓病のリスク要因として飽和脂肪酸が槍玉に上がり、バターではなくマーガリンなら大丈夫と言われたが、よくよく調べてみるとマーガリンに含まれる不飽和脂肪酸のうちトランス脂肪酸が真の心臓病のリスク要因だとわかり、急激にマーガリンの消費が減った、となる。

確かに、マーガリンは食べてはいけない食品の筆頭にされていたと、私も記憶している。ところがだ、そこで話は終わっていない。本書の続きを書いておきたい。

メーカーの努力により、今やマーガリンに含まれるトランス脂肪酸は、バターの約半分にまで低減されている。よって、トランス脂肪酸だけを指標にすると、マーガリンのほうが健康的だと言える。今となってはマーガリンは食べてはいけない食品ではないのだ。こういう知識のアップデートは大事だね。

続いて、7.著名な科学者の過ちについて。

ライナス・ポーリングが残したもののなかには、いいものもあれば、悪いものもある。彼は初めて量子力学と化学を融合させ、赤狩りや核拡散に抵抗した数少ない人間の一人だった。しかし、その後の人生でライナス・ポーリングは年間320億ドルの売上を生み出すビタミン・サプリメント業界の生みの親となり、地方の市に出没する押し売りや、100年前のいんちき薬売りと変わらなくなってしまった。(p.235)

ウィキペディアによるとライナス・カール・ポーリング(1901-1994 Linus Carl Pauling)は、アメリカ合衆国量子化学者、生化学者であり、量子力学を化学に応用した先駆者であり、化学結合の本性を記述した業績により1954年にノーベル化学賞を受賞している。

同い年生まれは、佐藤栄作ジャック・ラカン昭和天皇スカルノルイ・アームストロング、アーネスト・ローレンス、ウォルト・ディズニー

ポーリング博士のことは本書で初めて知ったのだが、その晩節の汚しっぷりから白い航跡(感想文16-40)の主人公である高木兼寛を想起させる。偉大な科学者が、晩節を汚すばかりか、誤った学説に基づいて広く社会に損益をもたらす。偉人を誰も否定できず、歯止めが効かず、老害化する。

ポーリングは人々にがんや心臓疾患のリスクを高めるだけでしかない大量のビタミンとサプリメントの摂取を勧め、デュースバーグは間接的にだが南アフリカで数十万人をエイズで死亡させ、モンタニエは治療効果が見込めず、有害性を持つ可能性すらある薬を提供して、子供たちをなんとかしたいという親たちの切なる願いを利用した。(p.243)

ほかの偉大な科学者による誤った主張の事例として、ピーター・デュースバーグ(1936- Peter H. Duesberg)によるエイズ否認主義(HIVがAIDSの原因ではない説)、ノーベル賞受賞者であるリュック・モンタニエ(1932- Luc Antoine Montagnier)は自閉症に抗生剤が有効とする説を唱え、多くの自閉症児に抗生剤が誤用された。

私は、科学ほど世界を記述するのに適した方法はないと考えているし、科学の発展が社会の健全性に重要な役割を果たすと信じている。非常に悩ましいのは、多くの人々は科学ではなく、科学者の人となりや科学者が語る言説を信じるのであり、科学者の語りが科学的であると無批判に信じ込んでしまう。それも致し方ない。科学者が科学的ではないことを語るとは思いもしないだろう。

他方で、読めないほど膨大な科学論文が発表され、短期的にその価値を判断できないし、また真偽のほどもわからない。低レベルな論文もあれば、高度過ぎてごく限られた同業者しか理解できない場合もある。

本書は科学に内在する問題点を7つの事例を用いて赤裸々に暴いているが、本書が科学そのものを毀損しているわけではない。科学ほど有効な方法は存在しない事実を前提にして、さらに一歩進んで科学者への無批判な態度や科学が抱える課題に意識を向ける重要性を示している。

科学が思考停止の装置として機能しないよう、私たちは気をつけなければならない。でも、繰り返すけれど、科学を批判しているのではない。