※2017年6月9日のYahoo!ブログを再掲
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炭素文明論(感想文14-11)以来の佐藤健太郎さんの本。会社の後輩に借りて読んだ本。佐藤さんは難しいことを分かりやすい文章で説明してくれる、そんな技量のある貴重な書き手だ。私には、非常にフィットして、読んでいて心地よい。
2015年に、大村智さんとウィリアム・C・キャンベルさんが「線虫の寄生によって引き起こされる感染症に対する新たな治療法に関する発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞した。大村さんのことは受賞して初めて知った。自分の不見識を恥じるばかりだ。同時に「マラリアに対する新たな治療法に関する発見」で屠呦呦さんも受賞している。両者ともオンコセルカ症とマラリラという顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)に対する貢献という共通項がある。なぜこれらが受賞に至ったのか、というのが本書の重要な着眼点である。
人間が生活する上で、今や薬は欠かすことができない。病気や怪我をした時に、薬に頼る。薬は、健康を維持し、QoLを高めることに大きく貢献している。
他方で、高額のがん治療薬「オプジーボ」が登場したように、最先端技術が応用されたがん治療薬、再生医療などは、新しい時代の薬や医療の象徴となるのかもしれない。
これまでにない全く新しい薬を作り出すことは極めて困難になっている。しかし、製薬企業はその巨体をごくわずかな商品で維持している。
臨床試験も専門の企業に任せてしまうことが多く、大手製薬企業は権利を買って製品を売るだけ、という医薬が増えてきました。いわば、製薬企業は「製薬」する企業から徐々に「医薬商社」にシフトしつつあるのです。(p.121)
なるほど。医薬商社としての製薬企業かぁ。薬は確かに儲かる。しかし、儲かる薬を生み出すのは非常に難しいし、成功確率は極めて低い。そのため、赤い罠 ディオバン臨床研究不正事件(17-07)にあるように他社製品との僅かな違いを誇大広告するようなことが行われ、臨床試験のデータを改ざんしていた疑いが起きている。
近年のノーベル賞は、貧困の解消や環境問題への貢献が重視される傾向があります。(p.212)
なるほど。真の科学技術の意義とは何か、そのことを改めて考えさせられる。
(オンコセルカ症やマラリラの治療薬開発による大村先生ら)3氏の受賞は、現代の製薬企業の方針に対する、ノーベル賞委員会からのアンチテーゼであったとも受け取れます。先進国の老人たちを数ヶ月長生きさせる薬を創り、何千億円を稼ぐ-そんな医薬創りが、果たして正しい姿なのか?と、問いかけているようにも見えます。(p.212)
辛辣な意見だが、正鵠を射ている。先進国の老人たちを数ヶ月長生きさせる薬。これは確かに製薬企業にとって儲けになるが、果たして何の意味があるのだろうか。世界中には未だ感染症で苦しむ人はたくさんいる。しかし、儲けにならないので、その問題を解決するために研究開発が行われることはない。
ネット環境が整備され、誰もがスマホや携帯電話を持ち、簡単につながり、簡単に情報が共有されるようになった今でも、多くの人はテロや戦争の被害にあい、殺され、飢餓に苦しみ、感染症は克服されない。
科学技術が金儲けの手段となり、その圧力はさらに強くなり、産業連携という名目で儲かる、儲かりそうな研究に強くシフトしていく。
日本はこれからノーベル賞不遇の時代を迎えることだろう。基礎的な研究を疎かにしてきたことの代償であり、国際社会の中での日本の科学技術のプレゼンスは確実に低下するし、実際に低下している。
もちろんノーベル賞が全てではない。しかし、日本がこれからどのような姿勢や考え方で研究開発を国家として進めていくのか、ノーベル賞委員会からのメッセージは示唆に富んでいて、傾聴に値するだろう。
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(感想文の感想など)
免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用により、2018年にノーベル生理学・医学賞を本庶佑先生が受賞したのは記憶に新しい。
オプジーボはまさに、先進国の老人たちを数ヶ月長生きさせる薬ではあったのだけれど…。がんと免疫については改て勉強したいところ。