40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文22-08:ひなた弁当

東京駅で購入した小説。

超理不尽なリストラ 転落人生からの 大逆転 そのきっかけはどんぐり!?

という帯の宣伝文句に釣られて、読んでみた。

会社をリストラされて、野草や釣った魚で弁当屋を始めて、家族との関係も良くなり、万々歳的なストーリーで、気軽に読むには良いだろう。

でも、自らのセカンドライフの参考にはしにくいな。

主人公の娘のセリフを引用すると、

「大袈裟じゃないって。私、お父さんってサラリーマンの仕事しかできない人だと思ってたから。そんなお父さんでも、やる気になったら全然違うジャンルのことができるんだって判って、私もやっと、自分の人生のことを真剣に考えるようになったもん<以下略>」

ふむ。サラリーマンの仕事とは一体何だろう。とはいえ、特定の組織に最適化されてしまうと、その仕事しかできなくなるというのは、その通りだろう。

最適化したのに、その組織からお払い箱になってしまうと、別の仕事に適応しにくいので、仕事を見つけるのは難しくなる。とはいえ、やる気になったらなんとかなるというのは、私含めて中年男性の救いにはなるだろう。そのやる気をどうやって起こすかはまた別問題ではあるが。

本書で共感できたのは、どんぐりを食べた経験だ。私も小さい頃に椎の実(しいのみ)を食べたことがある。ずいぶん昔に亡くなってしまった祖父は、戦時中の食糧難の時期を乗り切るために、いろんなものを食べたらしい。結果、一緒に散歩すると、この野草は食べられるとか、自生しているむかごをいち早く発見するとか、そういう能力を見せつけられ、私も自然に身についたものだ。

ある日、祖父から食べられると教えられ、椎の実をそのまま食べた。えぐみもなく不味くはないが、栗ほど大きくもなく甘くもない。労力に見合わないと感じたものだ。今となってはどれが椎の実なのか判別する自信はない。懐かしい思い出だ。

本書では主人公が釣りもする。読んでると、無性に釣りがしたくなってきた。先日、次男と釣り堀に行ったが私は全く釣れなかった。次男は、針に練りエサをつけて、浮きも関係なく、糸を垂らし、目視で魚が食い付いたら糸を引き上げるという、動体視力と反射神経だけを頼りする独特の手法で挑んでいた。

釣り堀にいる昼間から酔っぱらっている感じの常連らしき高齢者男性に、「そんなんじゃ釣れないよ」と言われたのも束の間、独自の技法で釣り上げ「よっしゃー!」と歓喜する次男。自由で楽しそうだなと目を細める父である私。

また、奄美大島で釣りがしたい。カラフルな熱帯魚を調理して食べたい。

ん?カラフルな状態を維持して、ムニエル風に調理した熱帯魚を真空パックで冷凍しておく。これは「映える」理由で、もしや売れるんではないか。まあ、奄美からの輸送料金はバカにならないので、どこまで実現可能性があるかは眉唾だけれども。