※2014年6月10日のYahoo!ブログを再掲。
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夫婦格差社会(感想文13-31)では、生涯未婚率が『2010年時点では男性20.1%、女性10.6%』という記載があった。私は既に結婚していて、あまりピンときていないが、一生涯で結婚しない(できない)人は決して珍しくなくなっている。タイトルにある生涯未婚率25%というのは、決して誇張された数字ではない。現実として4人に1人がずっと未婚のまま生涯を終える社会になりつつある。
さて、本書で気になった箇所を挙げておこう。
本書では、十分な介護を受けられない人たちのことを「介護難民」というように、家族のサポートを受けられない人たち-自分を必要とし大切にしてくれる存在がいない人たち-のことを「家族難民」と呼びたいと思います。
うーむ、重い。誰だって『自分を必要とし大切にしてくれる存在がいない人たち』として認定されたくないだろう。家族難民という言葉には、誰からも大切に思われていないという強烈な孤独感、寂寥感が込められている。想像するだけで恐ろしい…。
この言葉(※家族難民)は、いまの日本が直面する格差の実情-経済力のある人が家族をつくってさらに豊かになり、経済力のない人は家族を形成・維持できず、生活も困窮していく-を象徴しています。
橘木さんの夫婦格差社会では、高所得夫婦と低所得夫婦(あるいは低所得シングルマザー)の間に大きな格差があることを指摘しているが、本書ではさらに、そもそも結婚すらできない層があるということを強調していると言えるだろう。
NHKの『無縁社会』は、年間3万2000人が孤独死しているという現状を明らかにしました。(中略)2010年、50歳時点ででの男性生涯未婚率20%、女性10%という数字は、(中略)25年後、年間(中略)20万人以上の人が孤独死を迎える可能性を示唆している
誰にも看取られることなく、最期を迎える。自分が死んでも誰からも惜しまれない。自分の死に誰も関心を持たない。無縁死というのはそういうことだ。
現在の日本には、戸籍や住民票登録などの公的書類上は存命であるものの、生死の確認が取れない高齢者が大勢いるといわれています。その中には、子どもが親の死を隠して年金を不正受給しているケースも多数あると考えられます。
親の年金を当てにして生活している者にとって恐れることは親の死である。こういった死を隠す事例は生涯未婚率が高まるに連れて増えていくと考えられる。年金制度が抱える問題点の一つだろう。
ネットカフェ難民や年金の不正受給、高齢者虐待や高齢者犯罪、さらに孤立死-。いまのところ、これらの社会現象はシングル化によって起こった象徴的なものとしてとらえられています。
いずれも近年、社会問題化している。日本は高齢化社会と言われて久しいが、寿命が伸びたこと、長生きすることは、本来、喜ばれることのはずだ。高齢者が大切にされない社会は、その社会が冷たいというのではなく、その高齢者を大切に思っている人がそもそもいないのが問題の根幹にある。
希望難民ご一行様(感想文12-22)の感想文で次のことを書いた。
<<正社員になること、結婚すること、子どもを授かること。そのうち全てを手に入れることができた人は非常に幸運だと思う。不幸なのは自分たちの親の世代はそれらを得てきたということだ。今はその昔当たり前だったことが得られない状態になっている。だから社会的承認ではなく、簡単に得られる相互承認へと走る。>>
日本社会はすっかり様変わりしている。Line、Twitter、Facebookなど簡単につながることができ、相互承認を得ることも容易だ。私たちはつながっている。しかし、孤独だ。
仕事で認められず、結婚もできず、子どももいない。そんな人は珍しくない。4人に1人はそうなるのかもしれない。現在の資本主義のシステムはそういった『家族難民』を生み出すことによって、成立しているのかもしれない。
他方で今、日本は少子化対策として、移民の受け入れを検討している。移民制度については賛否両論ある。難民問題と移民問題が同居するという奇妙な現象が起きつつあるのかも知れない。
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(感想文の感想など)
2019年5月23日東京新聞夕刊によると「生涯未婚率」を「五十歳時未婚率」へと表現を変更するとのこと。国立社会保障・人口問題研究所の推計では2035年に男性が約29%、女性が19%になるとのこと。
息子2人は結婚できるだろうか。孫を見れるだろうか。