40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文16-16:ウイルスは生きている

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※2016年6月15日のYahoo!ブログを再掲。

 

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私が大学院時代に学んだ生物学の授業で、ウイルスは生物ではないと学んだ。

ウイルスに対する私の緩いイメージは、生物の細胞に入り込み、自己が有する核酸を複製する、非常に微小なメカだ。生物に比すると単純にプログラムされた、自己複製のみを至上目的とする物体だ。

生物と無生物のあいだや、生命と非生命のあいだ(感想文08-35)のように繰り返し問い続けられる、生物、生命、生きるということの本質的な謎だ。

さて本書では、ウイルスは生きていると主張する。そこには単なる生物という観点からだけでなく、広く生態系や進化という俯瞰的な視点を盛り込むことで、ウイルスが生物に与えている影響を最新の知見を踏まえつつ、丁寧に描いてくれている。

久々に生物関係の本で楽しいと感じた新書と言える。本書で気になった箇所を挙げておこう。

胎児を母体の中で育てるという戦略は、哺乳動物の繁栄を導いた進化上の鍵となる重要な発見であったが、それに深く関与するタンパク質が、何とウイルスに由来するものだったというのだ。

ヒトを含む哺乳動物は、体内に非自己である胎児を宿すという特徴がある。自己と非自己の境界線となる合胞体性栄養膜は、自己と非自己の細胞が融合しているのだが、その細胞融合に関与するタンパク質が、ウイルス由来なのだ。卵生でないこの仕組みは、ウイルスを活用して生み出されたものなのだ。

我々はすでにウイルスと一体化しており、ウイルスがいなければ、我々はヒトではない。それでは我々ヒトとは、何者か?動物とウイルスの合いの子、キメラということになるのだろうか。

挑戦的な問いかけであるが、既に示したように、哺乳類の基盤である胎生すら、ウイルスを取り込んで作られている。私たちのDNAには多くのウイルスの遺伝子を取り込まれている。ヒトが独自の進化を遂げたという認識は過ちではないが、そこにウイルスが介在しているという重要な事実を過小評価している。

レトロウイルスは細胞外に出るようになったLTRレトロトランスポゾンとも言えるし、LTRレトロトランスポゾンを細胞から出ないレトロウイルスという風に考えることも出来る。ウイルスは宿主に病気を起こす非細胞性の因子という属性から研究が開始され、転移因子はゲノムの中でその存在場所を変えるという属性に着目して研究がなされてきた。これらの関係は決して排他的になっておらず、重なってしまうことは論理的にあり得るのである。

ウイルス、転移因子、そしてプラスミド。これらの因子たちは、発見の経緯やよく研究されてきた典型的なメンバーの性質からくる印象の違いはあるものの、実際には一つながりとなっている。転移因子にしてもウイルスにしても、本質的に重要なことは安定して子孫(自己のコピー)を残すことであり、病気を起こすことや転移すること、それ自体では恐らくない。

専門用語をまずは整理してみよう。ウィキペディアなどを参考にした。

レトロウイルス:RNAウイルス類の中で逆転写酵素を持つ種類の総称。一本鎖RNA

レトロトランスポゾン:「可動遺伝因子」の一種であり、多くの真核生物組織のゲノム内に普遍的に存在する。自分自身をRNAに複写した後、逆転写酵素によってDNAに複写し返されることで「転移」する。

LTR:レトロウイルスに特徴的な、ウイルスゲノムの両端に位置する繰り返し配列。宿主ゲノムに挿入されると強い転写活性を発揮し、ウイルスゲノムの発現を促進する機能を持つ。ヒトゲノムに存在するレトロトランスポゾンにおいては、LTRの転写活性は抑制されている場合が多い。

プラスミド:細胞内で複製され、娘細胞に分配される染色体以外のDNA分子の総称。細菌や酵母の細胞質内に存在し、染色体のDNAとは独立して自律的に複製を行う。一般に環状2本鎖構造。

レトロウイルスとLTRレトロトランスポゾンは、細胞の外にいるのと中にいるのとでしか違いがない。ウイルスも転移因子もプラスミドも実体的にほとんど変わりがない。自己複製ができればそれで良くって、そのための方策が異なるだけなのだ。

寄生をめぐる昆虫同士の戦いの中で、寄生バチ側はポリドナウイルスを用いて寄生しようとするし、寄生側はAPSEファージを用いて、寄生者を撃退しようとする。さながら両陣営が戦闘機のミサイルのように、ウイルスを飛び道具としてバトルを繰り広げているかのようである。

ウイルスが分子兵器として利用されている例だ。昆虫の世界では寄生という戦法がたびたび使われる。奇妙な仕組みではあるが、そこにウイルスが介在している。

ウイルスがエンドファイトに感染することにより、エンドファイトの植物との共生能力が発揮されるという、ウイルス・真菌・植物の三者が関わった共生現象であることが判明したのだった。(中略)ウイルスの存在がエンドファイトのストレスに応答する遺伝子群の発現を活発にし、エンドファイト自体の耐熱性に寄与していることが示唆される。

エンドファイトとは、『植物の体内に共生する多数の微生物の総称』である。エンドファイトの存在を私は知っていたが、ウイルスというもう一つのステークホルダーの存在を知らなかった。このようにウイルスが宿主にメリットを与えていることもあるのだ。

パンドラウイルスは(中略)2563個もある遺伝子のうち2370個、なんとその93%にも及ぶ遺伝子が、これまでに知られているどんな生物の遺伝子とも有意な類似性がなかったと報告された。

本書で最も驚いたのは、パンドラウイルスの存在だ。インパクトのある名称もさることながら、その異形ぶりも際立っている。

大きさは一般的なウイルスの10倍で1μm。一般的なウイルスが持つ遺伝子の数は10くらいなのに、2500以上もある。しかも、90%以上もの遺伝子がこれまでに知られている遺伝子と似ていない。まだ研究が始まったばかりだが、一体何者なのか、非常に興味深い存在である。パンドラウイルスに詳しい本を読んでみたい。

(ウイルスは)時に細胞生物と融合し、時に助け合い、時に対立しながらも、生物進化に大きな彩りを添えてきた。

私自身の体が日々、ウイルスの侵攻に応対している一方で、既に私が生まれるずっと前からウイルスの遺伝子を取り込み、活用している。哺乳類も昆虫も植物もウイルスと一緒に進化している。

ウイルスは単独では生きているとは言えないのかもしれないが、確かに共に生きていると言えるだろう。私たちヒトも厳密には単独で生きることはできない。大きな生命の流れの中で、ウイルスが果たしている役割は決して小さいものではないし、無生物だと冷たくよそ者にできるほど、生物と距離があるということではないのだ。

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(感想文の感想など)

新型コロナウイルス感染の報道に関連して、テレビではウイルスと菌の違いについての解説をよく見かけた。

ウイルスは菌よりもさらに小さい、というのは一般的には正しい。とはいえ、ウイルスは多様だし、菌に至っては全く異なるアーキア古細菌)とバクテリア(真菌)が一緒くたにされてしまっている。

新型コロナウイルスは病原性のある真菌と比べて、だいたい10の1くらいのサイズというのが正しい伝え方ということになる。

本書で紹介されている巨大ウイルスは、そのサイズ感は真菌と大差ない。まだ発見されていないだけで、もっと巨大なウイルスだって存在するかもしれない。

感染症対策に関連したウイルスの情報はごくごく限定的だ。個別の生死や政府の感染症対策とは距離をおいて、ウイルスの構造や仕組みや進化の歴史を紐解いていくのはとても知的な好奇心をくすぐられる。と同時に知的好奇心をきっかけにして行われた研究の積み重ねが、ウイルスとの戦いに活かされているというのも忘れてはいけない。