40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文14-11:炭素文明論―「元素の王者」が歴史を動かす

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※2014年2月22日のYahoo!ブログを再掲。

 

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医薬品クライシス(感想文13-53)と同じ佐藤健太郎さんの著書。佐藤さんは最近のサイエンス・ライターの中でも非常に読みやすく、分かりやすく、そして魅力的な文章を書ける能力のある人だ。本書も炭素を中心として描いたその着眼点のみならず、様々な話題をうまく抽出し、詰め込み、工夫する手腕には感服してしまう。要するに面白いってことです。

それでは気になった箇所を挙げておこう。

地球の地表及び海洋-要は我々の目に入る範囲の世界-の元素分布を調べると、炭素は重量比でわずか0.08%を占めるに過ぎない。

少なくとも地表と海洋の重量比においては、炭素の存在感はほぼゼロに近い。しかし、そんな少量の炭素がまさに歴史を動かしてきたのだ。

炭素が本領を発揮するのは、この「化合物を作る」段階だ。今までに天然から発見された、あるいは化学者たちが人工的に作り出した化合物は7000万以上にも及ぶが、これのうち炭素を含むものはそのほぼ8割を占める。

身の回りにあふれる化合物の数々。そのほとんどに炭素が使われている。化学を習った人なら分かるように、炭素には手が4本あり、色々な元素と片手や両手をつなぎ、分子を作り出す。

新たな価値ある炭素化合物-新素材、医薬、兵器等々-が開発されるたび、人々の意識も経済の流れも大きく変化してきた。この世界の歴史は、炭素化合物の壮大な離散集合の繰り返しであるといえる。

感染症は世界史を動かす(感想文08-16)では、感染症であるペスト、梅毒、結核、インフルエンザがいかに世界史に影響を与えたかを描いている。確かに感染症の視点は面白いし、現在でも新型インフルエンザなどの脅威にさらされているのは確かだけれど、人間対ウイルスあるいは菌という構図にどうしてもなってしまう。一方の炭素化合物では、経済活動はたまた戦争というまさに人間対人間という構図になる。これが非常に面白い。

今回取り上げた化合物はどれも甘味を感じさせるが、(中略)構造的には全く似ても似つかない。(中略)糖は、生化学に残された重要なフロンティアなのだ。

身近な炭素化合物の一つに糖がある。砂糖の世界史(感想文09-52)も非常に面白い一冊だったけれど、より広い視点で見ると、大航海時代、植民地、奴隷制度、産業革命へと展開する砂糖の役割は、炭素が動かした歴史の一つにすぎない。興味深いのはヒトが甘味を感じる原理がよく分からないということだ。

ちょっと話が逸れるけれど、DNA、タンパク質ときて糖鎖は第3のバイオポリマーと言われている。生体内で多様で複雑な働きをして、単純に思えるDNAとタンパク質の世界を華やかにしている。少なくとも私が大学生の頃には生物学で糖鎖のことについて学んだことはないと思う。

フランスの中ポルトガル大使であったジャン・ニコは(中略)フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスの頭痛を治したことで評判となり、「ニコの薬」として知られるようになった。

これはニコチンのこと。黒王妃(感想文13-38)のカトリーヌ・ド・メディシス1519-1589)の頭痛を治したことで、今でもニコの名は現代に残っている。頭痛が酷いままだったらユグノー戦争(1562-1598)は避けられていたのだろうか

タバコの関税を40倍以上に引き上げるといった極端な政策を敷いたが、すでにタバコの味を覚えた民衆がいきなり禁煙できるはずもなかった。結局これは密輸入の急増を招いただけで、彼の在位中にタバコの消費量は逆に増えてしまったともいわれる。

ジェームズ1世(1566-1625)による極端な規制は、経済学で学ぶとおり価格の高騰を招き、闇タバコが増え、品質は低下したことだろう。禁酒法時代と同じようなことが、タバコでも起きていたことを初めて知った。

言ってみればアヘン戦争は、カフェインとモルヒネという「ドラッグ」の売り込みが合いが引き起こした戦争であり、より強力なドラッグを持ち込んだ英国が清を破壊した。

「清の紅茶=カフェイン」と「英国のアヘン=モルヒネ」を物々交換した結果、より中毒性の高いアヘンがより大きな需要を喚起してしまったということだろう。こういう視点は面白い。歴史の授業もこうだったらもうちょっと好きになっただろう。

20世紀に入り、社長や大学教授に尿酸値が高い人が多いという調査結果が出始める。そこで知能指数が特別高い人を調べてみると、なんと痛風患者が通常の23倍多いことも判明したのだ。

これを『尿酸天才物質論』という。初めて聞いた。尿酸値が高くて困っている人に慰めとして話してあげることにしよう。自分自身はまだ尿酸値が対して高くないので、きっと天才ではないんだろう。

この島は、何万年にもわたって海鳥の糞や死骸が積み重ねられてできた、「グアノ」で覆われていた。(中略)1859年にはグアノによる収入が国家予算の4分の3を占めるに至った。

舞台はペルーのチンチャ諸島。グアノという言葉も初めて知った。このグアノが肥料になり、莫大なマネーを生み出す。現代の石油みたいなもの。

ハーバー=ボッシュ法、化学工業史上最高の成功例といわれる。現在世界各国に存在するアンモニア合成プラントは、今では我々の食料に含まれる窒素の3分の1を供給している。

まあ、そんなグアノも枯渇し、アンモニア合成が望まれ、ハーバーとボッシュによって、合成法が生み出され、産業化する。その後、ハーバーは毒ガス開発などもするそうで、彼の人生についてもうちょっと知りたい。

二酸化炭素濃度増加の影響については、海洋酸性化という問題も指摘されている。(中略)今世紀末までに0.140.35ほど酸性に傾いてゆくと予測されている。

海洋が酸性化し、サンゴが死滅する。こういった現象を『海の砂漠化』と呼ばれている。これも初めて知った。知らないことばかりだなぁ。

近年、「低炭素社会」、「カーボンフリー」などという言葉に象徴されるように、何やら炭素は邪魔者、悪者であるかのように扱われている。しかし、炭素こそは生命・文明にとってのキープレイヤーであり、そこには現在よりもさらに多くの注目が注がれるべきだ-本書を書き進めてきたエネルギーは、そうした思いであった。

ふむ、確かCO2削減とか、どうも炭素にネガティブなイメージがつきまとっている。しかし、電子部品が無機物から有機物に置き換えられ、飛行機の機体までも炭素が活用されるようになりつつある。今も新たな炭素化合物が生み出され、産業が起こり、歴史は動いていく。地球の表層に炭素はほとんど存在していないが、歴史の中枢にはっきりと存在している。