久しぶりにまとまった時間ができたので、感想文を書いている。とにかく忙しすぎた。
本書の副題「天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史」にあるように、コンピュータとインターネットの歴史を描いている。続編であるⅡもあるので、いずれ読んでみたい。
コンピュータ開発のはてしない物語(感想文21-25)と重なる部分もあるが、本書は着眼点が異なる。本書が描くのはイノベーションの歴史であり、技術史ではない。どうやって発明が生まれ、実用化され広がり、そしてどのように世の中を変えていったのか、である。
本書の最重要ポイントなので長文だが引用しておこう。
人物のチームワークについて描くことが重要なのは、チームワークのスキルこそイノベーションの根幹であることが見落とされがちだからだ。私のような伝記作家の手によって孤高の発明家として描かれ、神格化された人物が主人公の本なら無数にある。<中略>今日の技術革新が形作られた経緯を理解するうえで真に重要で、しかも興味をそそられるのは、チームワークが生み出すものなのだ。<中略>私はイノベーションが現実の世界で実際にはどのように起きているのかを明らかにしてみたいと考えた。創意あふれる現代のイノベーターはいかにして破壊的なアイデアを現実のものとしたのか。その発想の飛躍を生み出した要素はなんだったのか。どんなスキルが最終的に有効であり、どのようにリーダーシップを発揮し、コラボレーションを進めたのか。成功と失敗を分けたのはなんだったのか。(p.19)
「チームワークこそがイノベーションの根幹」であるというのが本書の主張だ。世界中で実に多くの人間が研究し、日々無数の発明が生まれている。発明それ自体は珍しい現象ではない。しかし、そのうちイノベーションに繋がる発明はごくごく限られている。何が発明の生死を分けるのか。本書はチームワークを最重要ファクターとしている。
現代社会にインターネットとPC(やスマホ)は欠かすことができない。両者はデジタル革命そのものを象徴している。
デジタル時代の偉大なイノベーションは、ほとんどが、モークリー、チューリング、フォン・ノイマン、エイケンなど創造性に富む個人と、彼らのアイデアを実現する力のあるチームとが絡み合って生まれているのだ。(p.150)
くり返すが本書ではチームワークを重視している。逆に本書では同時期に開発されていたコンピュータの発明者であるアタナソフ(ABC)やツーゼ(Zuse Z3)への評価は手厳しい。気難しく、職人気質で、孤独を好み、秘密主義で、自信家で、そして地下で夜な夜な実験している、そんなイメージを発明家や研究者に抱いているかもしれない。(フランケンシュタインの影響かなと思って、フランケンシュタインを調べてみたら怪物の名前ではなく、博士の名前だった。怪物くんのフランケンやスリムクラブのフランチェンのせいだな。私以外にも誤解している人は多いだろう。)
仕事柄多くの研究者と接してきたが、先ほどの固定観念や偏見に満ちた博士像に近い方もいないわけではないが、あくまで例外的で、大多数はコミュ力が高く、お酒をよく飲み、自身の研究をとても上手にお話しされる(身だしなみに関心の低い割合は相対的に高い)。
現代の科学研究は一人だけで成し遂げるのは困難な課題が多く、誰かと組んだり、チームの一員になったり、あるいは自らチームビルディングするケースが多い。よってコミュ力が低いと研究に支障が出ることもある。
イノベーションにはふたつの側面がある。ひとつは新しいデバイスを作り出すこと、もうひとつはそのデバイスが広く使われる形を考え出すことだ。(p.288)
1万本以上の真空管を使い、総重量27トンにもなる巨大な電子計算機であるENIACだが、その後トランジスタが発明され、集積回路が生まれ、半導体産業が隆盛する。機能が向上し、小型化し、省エネ化した商品が次々と生まれ、PCや携帯電話が小さく、薄く、軽くなっていったのは私と同世代の方はみな実感しているだろう。
しかし、偉大な発明であるトランジスタも使われなければ意味がない。最初のキラーコンテンツはラジオだった。まさに破壊的イノベーションで真空管ラジオを駆逐し、市場を乗っ取る。そして同時代に新しい音楽ジャンルであるロック生まれ、新しい音楽であるロックと新しい商品であるトランジスタラジオが共栄していく。
ラジオの次にキラーコンテンツとなったのはポケット計算機つまりは電卓で、カシオ社が企業向け製品だった電卓の性能をあえて下げて、個人向けという需要を作り出す方向にシフトチェンジした話は電卓四兄弟(感想文17-43)をお読みになると良いだろう。
イノベーションには、母体となった組織が残っていることも多い。インターネットの場合は、それが特におもしろい形で表れている。軍、大学、民間企業という三つのグループのパートナーシップから生まれたからだ。<中略>第二次世界大戦の戦中から戦後にかけ、三つのグループは融合して鉄のトライアングルを形成していたのだ。産官学の複合体である。正確には軍産学と言うべきか。このトライアングルの成立に深くかかわったのが、MITの教授ヴァネヴァー・ブッシュである。(p.340)
幾度となく登場するヴァネヴァー・ブッシュ。物理学と工学の融合で第2次世界大戦を契機に、レーダー、ソナー、コンピュータ、原子爆弾などが生まれたコンバージェンス1.0の立役者でもある。詳しくは生命機械が未来を変える(感想文22-29)をご参照。
クロード・シャノンを見出し、ついでに優生学を抹殺し、軍産学の複合体を作り上げ、コンバージェンスを達成し、そしてイノベーションを巻き起こした。ヴァネヴァー・ブッシュがアメリカの産業の基礎を作ったともいえる。
改めてチームワークについて考えてみたい。性格や専門性や得意不得意が異なるメンバーを集め、チームにする。単なる人の集まりでなく、チームにしないといけない。多彩なメンバーが高いモチベーションをもって一つの方向に向かって頑張る。言うは簡単だが、実際に成し遂げるのはきわめて困難だ。
イノベーションの重要性がクローズアップされて久しい。しかし、どうやったらイノベーションが起きるのか、起こす確率をあげられるのか、はたまた狙って起こせるものなのか、未だに分からないことばかりだ。