40代ロスジェネの明るいブログ

2020年1月11日からリスタート

感想文18-11:ハッパノミクス

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※2018年5月2日のYahoo!ブログを再掲

 

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図書館で新冊コーナーに並んでて、表紙が興味深かったので借りて読んでみた本。

調べてみると原題は、NARCONOMICSで、narco(麻薬のスラング)+ecnomics(経済学)の造語となる。ほんの売れ行きに左右する日本語タイトルをどうするかについては、相当悩んだのかもしれない。日本では麻薬のスラングに相当するのは、ハッパになるのかもしれないけれど、なかなかに分かりにくいのではないだろうか。普通に麻薬の経済学とかにした方が良かったのかもしれない。

さて、2012年に30代になって初めてミクロ経済学を学んだ私にとって衝撃的だったのは、多くの経済学者はいったん広まってしまった麻薬を禁止するのは好ましくない、むしろ合法化するのが正しいと主張していることだ。

そして一旦、この世界(ミクロ経済学のことね)を知ると、広い、っていうかこんなところにもというフィールドにまでミクロ経済学的な視点で研究されていることを知るようになった。超ヤバい経済学(感想文11-20)ヤバすぎる経済学(感想文16-34)夜の経済学(感想文14-60)海賊の経済学(感想文11-37)あたりがそれに該当する。

本書は麻薬王向けのビジネス・マニュアルであると同時に、彼らに勝つための攻略マニュアルでもあるのだ。(p.16)

あいにく私は、麻薬王になるつもりも、麻薬ビジネスに手を出すつもりも、かといって麻薬取締官側でもない。単にミクロ経済学で麻薬についてのみ面と向かって描かれる本書の内容が気になって読んでみた善良で臆病な一市民である。そういう前提で気になる箇所を挙げておこう。

ボリビアでは、コカ農家は容認されている、というよりも称賛されている。大統領のエボ・モラレス自身も、もともとコカレロ(コカの栽培者)であり、かつてあらゆる法律を破ってコカ入りの袋をマンハッタンに持ちこみ、国連の代表者たちの前で堂々とコカの葉を噛み、コカの葉を非合法化する国際条約の撤回を求めたことがある。(p.21)

モラレス(1959-)は、今でも現役のボリビア大統領である。ウィキペディアによると、『コカ栽培農家の出身ということもあり、コカ栽培の促進も主張しているため、彼の反対者はしばしばモラレスはコカイン業者とつながりがあると主張するが、モラレスはあくまでも先住民の伝統的な生活必需品としてのコカの栽培促進を主張しているのであって、コカインの精製・密輸は許さない、としている。』とある。

また、外務省HPによると、経済政策に強い不満を持つ貧しい先住民族が暴動を起こし、大統領が退陣に追い込まれる。反政府運動の中心人物だったモラレスは、2006年から先住民出身で初の大統領になった。

ボリビアには行ったことがないが、なかなかに骨のある、っていうかキャラの濃い人間がトップにいるのだ。これぐらいでないと、反グローバリズム、反米政策を掲げることはできないかな。

せっかくなので、一般社団法人 日本ボリビア協会によると、『麻薬であるコカインの原料になるということから、全世界的にその栽培の撲滅が提唱されいてるが、先住民の文化にとっては、欠かすことのできない重要で有用な植物である。』とのこと。決してボリビアの大統領がクレイジーなのではなく、ボリビアの先住民にとってコカは重要な文化であり、アイデンティティですらあるということだ。

ボリビアに行ってみたいな。ふっさふさの毛虫が生息しているという印象しかなかったけれど。

2013年(中略)ニュージーランド議会は「精神作用物質法」を成立させ、脱法ドラッグ・ビジネスの論理を逆転させて。メーカーに商品の発売を許し、有害性が証明されたら禁止するのではなく、逆転の発送で、メーカーが承認の安全性を証明できたら販売を許可するという制度に変えたのだ。(p.174)

おお、ニュージーランドすごい決断したなと、本書を読んで感心した。じゃあ、実際に今どうなっているかというと、残念ながらすぐに法律が改正され、安全性の証明のための動物実験を禁止したために、実態的に製造の許諾を得ることが不可能になっている。そして、さらに精神採用物質の所持や使用に対してより厳しいルールに変えようとしている。

著者の思いとは裏腹に、現実世界では麻薬に対して厳しい目が向けられている。そしてまた、誤った麻薬対策が継続的に実施され、より悪い状態が起きている。難しいものだ。

1990年代と2000年代におけるオピオイド系鎮痛薬の処方の急増によって、数十万人のアメリカ人が(中略)危うい立場に追いやられてきた。(中略)こうした薬が一部の患者を耐えがたい痛みから救ってくれるのは事実だが、過剰処方の蔓延は薬物乱用が広がっていることを意味している。年間1100万のアメリカ人がこれらの薬物を違法に摂取しており、その人数はコカイン、エクスタシー、メタンフェタミンLSDの合計を上回る。(p.227)

米国で蔓延する「オピオイド系鎮痛剤の中毒」という記事によると、『中毒状態になっている者は190万人。死亡者は1999年から2014年までで16万5,000人に上る』とのこと。

蔓延の背景は、処方が増えると儲かる製薬企業と、そのキックバックインセンティブとなる医師が存在する。患者は痛みを和らげるのではなく、中毒性があるので、鎮痛薬に依存してしまう。こうしてアメリカでは医療から薬物汚染が広がってしまった。

普段、あまり考えない麻薬について、ミクロ経済学の視点、グローバルな視点、ビジネスサイド、規制側と、多面的に考える良い機会となった。

私はできることなら麻薬に関わりたくないし、友人や家族が関わらないでほしいと強く願っている。他方で、蔓延してしまった場合には、供給側を締め上げたり、いきなり禁止してしまったりという政策については反対する立場をとる。

人間の精神に作用する物質は、その関わりの歴史、研究開発、ビジネス、規制と多岐にわたる側面がある。改めてそのことを知り、麻薬だからダメというそれはそれで正しいけれど、きちんと考え始めるとかなり奥深いテーマであるということを思い知らされた。

とはいえ、自分の人生で貴重な時間を削ってまで取り組みたいというテーマではないんだけどね。現状を見ずに推進するのも、禁止するのも、賛同できないってことかな。

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(感想文の感想など)

ボリビアで大統領を4期務めたモラレス氏は、2019年10月20日の大統領選で当選したが、開票結果に不正があると疑惑が持ち上がり、翌月に大統領を辞任して、メキシコに亡命した。暫定大統領に就任したアニェス氏だが、2020年7月10日に新型コロナに感染したらしい。

カナダでは大麻が2018年に合法化されたが、思ったように市場は伸びなかった。オピオイド系鎮痛薬の牙城を切り崩せなかったということだろうか。